昼休み、一緒にごはんを食べること。一
「そろそろ、入っていいかなぁ……」
廊下でもじもじしていると、ぽんと肩を叩かれた。
「祈子?」
「残念、私よ」
振り返ると、蓮奈がいた。
学校で唯一の、ボクの友人。
蓮奈はすでにセーラー服姿で、体育の授業の名残もない。
髪型も完璧でブローしたてみたいだ。
「やぁ、蓮奈」
「体育の単位、大丈夫なのかしら」
「先生みたいなこと言わないで」
「友達として言ってるの。同じこと言ってても立場は違う」
「……あ、そ」
「…………。着替え、もうみんな終わってるよ」
蓮奈は静かに言った。
ああ、そうか、とボクは思う。
蓮奈はボクに、わざわざそれを教えるために待っていてくれたのだ。
「ありがと」
「どういたしまして」
「いつも、助かる」
「ええ」
なんでもないことのように、蓮奈は髪を掻き上げる。
彼女のそういうところに、ボクはたまに救われたような気持ちになってしまうのだ。
──ボクが体育を休む理由は、着替えだ。
女子校には女子しかいなくて、だから更衣室というものがない。女性の体を持った同級生達は、同じ空間で着替えても問題ないはずだというロジック。
でも。
ボクは、女の子に恋をする。
女の子の体に、興奮してしまう。
無防備に着替えをして、ともすれば下ろしたてのブラジャーを見せ合ったり、ぷにぷにと腹のお肉をつつきあったり、ときにはふざけて胸を触り合ったりしている、気の置けない友人同士の休み時間。
ボクだけが、違う。
ボクだけが、彼女たちを違う眼差しで見つめてしまう。
ボクだけが、彼女たちに欲情してしまう存在だ。
みんなが安心しきっているなかで、ボクだけが彼女たち無垢な赤ずきんを食らえる狼なのだ。
もう何年も前から、着替えの時間や大浴場では、そんな罪悪感にたまらなくなってしまう。自分が汚らわしい罪人だと思えてしまう。
ボクは体育の時間になるまえに教室を去って、やっと自分を許せる気がするのだ。
もちろん、統計的に考えれば四十人と少しのクラスにはボクと同じく同性を性的対象にすることのできる人は存在する可能性がある。
着替えにドキドキする「程度」、見て見ぬフリをすればいいという考え方だってある。あらゆる意識が過剰だ、と。
でも、ボクはそれを許せない。
生活をどうにか送る上で、この先も同性の体とはかち合うし、そのたびにボクは罪悪感に苛まれるかもしれない。だけれど、できるうるかぎりボクは無害な存在でいたいと願わずにはいられない。
きれい事だって、知ってるけれど。
他人と関わるのは嫌いだ。
個人を識別してしまえば、もしその子の着替えを目にしたらよこしまな妄想をしてしまうかもしれないから。
顔を覚えてしまえば、ボクはその子によからぬ欲望を抱いてしまうかもしれないから。
……今頃。
祈子も着替えをしてるのだろうか。
いや、まださすがに授業中か。授業内容はポートボールだっけ、テニスだっけ。再び、消毒液の匂いのする枕を抱いて、窓の外を見る。校舎に囲まれた中庭状の校庭とは逆サイドに開けた保健室の窓には、黄金色に燃える紅葉が日差しに揺れていた。十一月の頭とはいえ、激しく運動したら汗ばむくらいの温かい日差しが、祈子に降り注いでいたのだろう。
じっとりと汗ばんだ白い肌。
その汗をぬぐって、ブラウスに着替える祈子を想像する。
「……う」
きゅう、とお腹が切なくなった。