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11月1日  運命の人に出会うこと。六

※※※※※※ 女子同士のカップルに対して、無邪気に差別的な発言をする若者が出てきます。フラッシュバック等の心配のあるかたは読み飛ばしても大丈夫です ※※※※※※


「うおおおぉーっ!」



 保健室のドアを閉め、他に誰も休んでいないことを確認。

 カーテンで仕切られたベッドにダイブして、叫んだ。めっちゃ叫んだ。

 3つ並んだベッドのうちの、いちばん窓際がボクの定位置だ。



 陰キャ代表どころか、学校という社会に適合できていないボクには祈子の可愛さを噛みしめて保健室のベッドでごろんごろんと転げ回るしかできないのであった。可愛さの波状攻撃。キャパオーバー。無理。とてもかわいい。


「うわああああ可愛いいいぃ可愛いよぉおおボクの恋び、あ、祈子があまりにも可愛いぁいいあいあ!!!」


 枕に顔を埋めてジタバタするボクに、黒木沢先生は呆れ顔をしている。

 昼休み前に早々に食堂仕出しののり弁をつついている。十二個入りのミニシュークリームをおかず的にツマミながら弁当を食べているのは、保険医としてどうなんだろう。栄養とか食育的に。


「あんた、我を失ってそうな叫び声ですら自意識に邪魔されるタイプなのね。言いなさいよ、『恋人』って」

「うぐぅ……がばいいよぉ……」

「無視かぁー」


 それきり黒木沢先生はのり弁と対峙、ボクは枕と格闘。

 少し落ち着いて枕から顔を上げると、黒木沢先生はすでに食事を終えてコーヒーを飲みながら窓の外を眺めていた。


「っつーか、あんた体育の欠席数、大丈夫?」

「え? ああ、はい。座学もありますから」

「実技は極力パス、だっけ。スポーティな見た目なのにねぇ」 

「……見た目、関係なくないです?」


 短く刈り込んだ髪は、たしかにスポーティと呼ばれてしまうかもしれない。ボクが男なら、そんなことは言われないくらいの耳がわずかに隠れる長さなのだけれど。


「体育は……着替えは、ちょっと」

「そう」


 黒木沢先生のことをボクが信用する理由はこれ。

 着替えはちょっと、という言葉の先を彼女は決して促さない。否定も肯定も追求もせず、ただ「そう」と言うだけだ。これはいつでもそう。おそらくは、彼女のスタイルであり矜持と呼べるものなのかもしれない。

 保健室の先生だけではなく、先生という人種はまるで自分があらゆる問題を解決できるみたいに振る舞う。生徒の悩み事を無遠慮に聞き出しては、解決も出来ずに適当に捨て置く。引きずり出された悩み事が生徒の中で行き場を失って、心をチクチクとむしばむのに。


 少なくとも、このモサモサした見た目の保険医はそういう人種じゃない。

 それはとても、いいことだ。

 ボクが黙ると、黒木沢先生はとっとと仕事に戻ってくれた。



(運命の人、かぁ……)


 ボクは天井を見つめる。

 そんな重々しい言葉、ボクにふさわしいものなのだろうか。だって、ボクは祈子と恋人同士であることを蓮奈以外には言えていない。もちろん、家族にも。祈子は祈子の家族に何度かボクを紹介してくれようとしてくれたのだけれど、ボクはそれを拒んだ。


 ……怖かったからだ。


 ボクらの他にも、青蘭女学院内にはカップルがいる。

 正確には、いたらしい。クラスで誰かが噂をしているのを、耳にしたことがある。

 円満カップルとして名高かった彼女たちが別れたらしい、という噂をクラスメイト達はこう言った。



『まぁ、でも。お遊びだよね、女の子同士だし。ホントのカップルじゃないっていうかさ』

『トイレでキスしてたの、やばかったもんね』



 ボクはそれを耳にして、足がすくんだ。

 別れたカップルの当事者たちが、『ホントの』レズビアンなのかバイセクシャルなのかは知ったこっちゃないけれど、恋路がついえたことを、あんなふうに嘲笑されるなんてあんまりだ。


 祈子とボク。

 あまりにも釣り合わない、二人。


 ボクは絶対に、祈子との関係を知られないようにしようと思った。

 だって、ボクらの世界にはボクと祈子だけいればいいと、あのときのボクは信じていた。


 けれど、事件は起きた。

 祈子は、事故で記憶を失った……らしい。

 それを知らされたのは、本当に青天の霹靂で。

 姫宮蓮奈という権力者と懇意にしていなかったら、もしかしたら何も知らされずに記憶を失った祈子と相対することになっていたかも知れない。


 だけど。

 ボクと祈子が、もし男女のカップルだったら?

 交際を、家族に祝福されていたら?

 もし、ボクにもうすこしだけ勇気があって……ううん、もし、もっと、ボクらを取り巻く世界が違った形をしていて……。


 もしも。もしもの、その先で。

 彼女の病室に駆け込んで、恋人である祈子のそばに堂々といれたボクもいたかもしれない。

 そう考えると、とても悔しい。




「……はぁ、祈子ぉ」




 何度でも、ボクは祈子に一目惚れする。

 そして、祈子は何度でも、ボクを違う世界に連れて行ってくれる。


 前回は、彼女という恋人のいる明るい世界。

 今回は──。


 もうすぐ、昼休みだ。

 祈子は、ボクをクラスメイトと一緒に食べる昼食に誘ってくれた。

 前回の出会いの時には、ボクと祈子はふたりっきりで交流を深めた。でも、今度は違う。



「……やばい、緊張してきた」



 ずっと、一匹狼でいたボクだけれど。

 祈子の頼みなら、昼食を誰かと食べることもしてあげたいと、思っている。

 だって、祈子はボクの天使だから。

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