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11月1日  運命の人に出会うこと。三

「……騙すなんて、最低だよね」


 朝のざわめきが増してきた校舎。

 その片隅でボクが日記を睨み付けて佇んでいると、ポンと肩を叩かれた。

 それと同時に、澄ました声。


「マコト様。ごきげんよう」

「……姫宮」


 姫宮蓮奈ひめみや れんな

 冷徹女。

 理事長の孫にして、学年一の才女。

 高校入学組しょみんのボクと違って、初等部からの筋金入りのお嬢様。

 天上の池に咲く、高嶺の花。

 そして、ボクの唯一の友人だ。


「相変わらず他人行儀ですねぇ? わたくし、泣いてしまいましてよ」

「似合わないお嬢様言葉はやめなよ」

「……いちお、お嬢様が『素』ってことで通ってんだけどね」


 姫宮は肩をすくめる。

 急に砕けた口調こそが、彼女の『素』だ。飾り気のない無駄のない言葉を好んでいる。

 完璧なお嬢様スマイルを貼り付けている姫宮より、こっちの姫宮のほうがボクは好き。


 姫宮は日頃から完璧なお嬢様を学院内で演じていて、だからこそ心を許せる友人の数は少ない。入学当初、姫宮蓮奈に興味を示さなかったボクは、彼女に面白がられて「友人」認定されてしまった。ボクみたいな不器用な人種は、姫宮にとっては物珍しいのだろう。


「で、『予言者日記』の初日の首尾はどう?」


 この悪趣味な日記を押しつけてきた本人は興味津々の様子。


「……わかんない」

「ちょっと見た感じ、上々じゃないの? 機嫌良さそうだったわよ、彼女」

「そう、かな……ボク、色々、しくじっちゃって……彼女、嫌な思いしてないかな……」

「あはは、珍しくウジウジしてるわね」

「……。当然だろ。ボクは、」


 罪悪感を洗い流すように、大きく息を吸い込む。

 その事実を、噛みしめるように舌に乗せる。





「──ボクは、祈子の恋人なんだから」


 ……そう。月ヶ丘祈子はボクの恋人だ。

 そして、事故で記憶喪失となった少女だ。

 訂正。記憶喪失の超絶可憐美少女だ。


 本当は彼女とは初対面なんかじゃない。

 高校一年のときに彼女とボクは出会った。

 ほどなくして、恋人になった。


 ボクは女の子にしか恋をできない。

 そして、彼女もそうだった。


 当たり前だけど、女の子だから誰でも言いわけじゃない。

 僕らは出会って、惹かれあった。「運命の人」なんていうロマンティックな表現を祈子がしていたことが気恥ずかしくもあり、驚きだけれど……つまりは、そういうこと。

 奇跡的に彼女は、ボクを彼女の「運命の相手」に選んでくれた。

 初めての、恋人だった。

 天使みたいな美少女が、心優しく聡明な月ヶ丘祈子が、ボクの恋人になった。

 ボクは夢みたいな一年間を過ごした。


 ……それなのに。

 祈子がボクに何も言わずに学校を休んで、三日目になる昼休み。

 姫宮蓮子がボクに一冊のノートを手渡してこう言った。



『二年蘭組、月ヶ丘祈子。彼女は事故に遭って記憶喪失になった。この学院のことは何も覚えてないらしい。理事長と保護者の協議の結果、来月から転校生として登校させることにしたから──この日記に沿って、月ヶ丘祈子に接してちょうだい」


 伝統あるお嬢様学校というのは、常識とはかけ離れた力学が働くことがあるらしい。

 理事長の命令で、同級生たちは月ヶ丘祈子に対して『初対面』として接することになっているそうだ。記憶喪失によるハンデを最小限にするべく、まったくの新天地で生活をはじめる設定にしたいのだとか。



 そして。

 ボクに与えられた役割は、祈子の書き記したやたらと抽象的な日記に沿って彼女との恋をやり直すこと。


 彼女にとって鮮烈な(はずだ、と願いたい)記憶を再演することで、記憶を祈子の脳みそからサルベージする……という目的らしい。


「ボクの顔を見て、祈子が『お待ちしておりました』なんて言うから、もしかしてって思ったんだけどさ……やっぱり、初対面みたいな反応されちゃったよ」

「気を落とさないでよ、何がきっかけで思い出すかわからないらしいし」


 そのための『予言者ノート』と、小芝居だ。

 ボクは思わず溜息をついた。

 恋人が他人になるなんて、耐えがたい。


「うん……でも姫宮、やっぱりこのノート悪趣味だよ」

「そ? いいじゃない、『予言者日記』。わかりやすいでしょ」

「……端的に言うと、ダサいよ」

「……」


 姫宮蓮子は凍りついた。

 思ったことをそのまま口にしても、ボクのことを嫌わない彼女にボクは少しだけ甘えているのかもしれない。


「……ごめん、あの、そんな怖い顔するなよ姫宮。踏んづけられた獅子舞みたいな顔だなんて言わないからさ」

「べ、別に怖い顔などしていませんことですわよ? というか、今すごく失礼なことおっしゃられませんでしたことです?」

「ハチャメチャお嬢様言葉になってるよ」

「……。こほん」


 咳払いと共に、姫宮は冷徹女に戻る。


「まぁ、あなたがやる気になってくれたのならいいわよ」

「祈子を騙しているのは、あまり気分がいいものじゃないけど……でも、それで祈子の記憶が戻るなら」


 愛しい恋人のためなら。

 世界で一番可憐な少女のためなら。

 ボクはなんだってやる。やってやる。


 ふざけたネーミングの『予言者日記』には、ボクと祈子が歩んだ日々が書かれている。

 というか、ボクにまつわることしか日記に書き記されていない。照れるやら、悲しいやらだ。


 『予言者日記』には、様々なことが書いてある。


 距離が縮まる日々。

 デートのまねごと。

 告白。

 夜の水族館。

 クリスマスの焚き火。


 はじめての、お泊まり。


 ──それから、夏の花火大会。これが最後の思い出だ。


 本当は、すべて高校一年のできごとだった。

 ボクは今年、祈子との日々を再演する。



 月ヶ丘祈子を、取り戻すために。


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