彼女が乗っていたもの ②
傷心中の親友を無視して、1人で走りに出掛けたことにバチが当たったのか、それともただの偶然か……。
コンビニで休憩をしていると、見知ったバイクが、更に言うと自分が最も苦手としている奴がやって来てしまった。
コンビニの駐車場に入ってきたバイクの車種は『KAWASAKI 750turbo』、通称ナナハンターボ。今このバイクを中古で買おうとすれば、余裕で300万は下らないだろう。そんな旧時代のエポックメイキングマシンを、なんと親戚からタダで譲り受けたと言うのだから羨ましい限りだ。
しかもこのターボ、ワンオフのパイピングや強化アクチュエーター、ブローオフバルなど含め、目に見えない至る所にまで手が加えられた、文字通りのモンスターマシンである。
本人曰く、縦貫道で200キロ出したと言っているが、これだけのスペックのバイクなら、まんざらホラ話では無いだろう。それよりも公道で200キロまで出す腕と根性の方が異常だと自分は思っている。
ここで自分は考えた、如何に奴との接触を避けるか。
何処かに隠れるか? いや、自分のバイクがある。いくら隠れても、バイクがある以上は自分がこのコンビニにいる事はどうしてもバレてしまう。
バイクに乗って逃走を図る? いや、もっと無理だ。絶対追いかけられて、追い付かれる。そしてこの霧の中で競走するのはもっと無理だ。
と、あらゆる手段を考えたが、どれもこれも非現実的で、自分の貧困な発想では使える物は一つも思いつかなかった。
「だから自分は大人しく、ここでじっとしてる事にした」
「うんうん、素直でよろしい!」
自分の横で、声にならない笑いを必死で堪えていた。そして何故か満足気な表情に無性に腹が立つ。
仲間内ではいじられキャラでは無いのだが、コイツだけは唯一自分をいじり倒してくるのだ。
「で、最近どうよ? 私が顔出してないから、皆んな寂しがってるんじゃ無いの?」
「アブない奴が1人減って皆んな安心してるよ」
「またまた〜、素直じゃないんだから」
「ホントだっての……」
本当に……、ナンちゃんだけならまだしも、コイツまで本気になられたらたまったもんじゃ無い。それこそヒートアップして、また誰か事故するに決まってる。
軽くため息を吐き、冷めたコーヒーを飲み干した。そして空になった缶をベンチの上に置く。辺りが静かなせいもあり、コンッと軽い金属音が普段より大きく聞こえる。
「マッツンがやったって聞いたけど……」
やっぱり話は知ってるのか。多分ナンちゃんか、ゲンさんあたりから聞いたんだろうけど。
そう、マツが事故を起こしたのだ。4人でツーリングした次の日の事である。単独事故で、怪我も殆ど無いのが不幸中の幸いだ。
「派手に転んだらしい。後ろ走ってた島崎が言ってたけど」
「怪我は?」
「ヘルメットもプロテクターもしてたし、打撲と擦り傷程度。バイクの方も派手にこけたにしては軽傷だよ」
これに対しても「ふうん……」と、素っ気無い返事で返してくるが、明らかにホッとした様な表情だ。なんだかんだでマツのことは心配だったのだろう。
「じゃあバイク治り次第、また走れるね」
しかしその言葉に対して、自分はゆっくりと首を横に振る。
「もう一度走るか走らないかで、マツのやつ、彼女と大揉めしてるんだよ。軽くですんだからって、事故は事故だしな」
「ん? でもさ、もし走らないにしてもバイクには乗るんじゃないの?」
「ああ……、うん。言っていいのかどうか」
恐らく言っちゃ不味いだろうけど。
「なによ、口止めでもされてるの?」
「まあな……」
少し躊躇ったが、もしかしたらコイツならマツの力になってくれるかもしれない。僅かにそんな思いが心を過り、自分は友人との約束を破った。
次の日から大雪で、これが今年最後のツーリングとなった。そして鳩宿京子と自分との最後のツーリングでもあった。
〜〜〜〜
結論を言うと、マツは彼女と別れた。
友人達は口を揃え「ナンちゃんが原因だ」と言うが、根本的な原因は、この数人しか知らない小さな事故からであって、ナンちゃんは別れる最後のきっかけに過ぎない。
そして同時期、自分も機を伺っていた。これもきっかけはナンちゃんが作ってくれた。今でも不思議に思うのが、事が起きるひと月程前から、予感みたいなものを感じていたのだ。