彼の言っていた事 ②
月に1〜2回、仲間内で行われているツーリング。って言葉ではそう言っているが、内容は殆ど暴走行為である。
そして今回も相変わらずのメンバーが4人集まった。当然だが、自分もその相変わらずのメンバーの内の1人である。
本当は後3人居るのだが、その3人は今回は予定が合わなかったようで欠席だ。
「えらく飛ばしてたね、お二人さんは。ちょっとスピード違反じゃ無いの?」
島崎がバイクから降りてきた2人に、皮肉混じりの挨拶を交わす。
「何言ってんだよ、ちゃんと法定速度は守ってたよ」
そう言ってヘルメットを脱ぎながら大嘘かましたのが、自分の小学校からの幼馴染である『マツ』だ。
中学の先輩から、中型免許を取った記念として中古のバイクを譲ってもらってから、突然走りに目覚めた系の奴だ。ぶっちゃけた話をすると、自分より明らかにセンスがあるのが少々腹立たしい。
「で、どのくらいのペースで走ってたんだ?」
自分はもう1人の方に話を振った。
その男はジェットヘルを脱ぎ、自慢の金髪オールバックをかき上げる。表情は涼しげだが、重量級のマシンを捩じ伏せていたせいか、額には薄っすら汗を滲ませている。
「展望台からこっち側に下ってきて、橋渡ってから、また上りの直線があるだろ」
「ああ、あそこね」
「そこで大体120くらいだったかな……」
「割と全開だなオイ!」
その速度を聞いてゾッとした。と言うか、そのスピードでメーター見る余裕がある方が凄い気がする。
高速みたいな道幅が広くてカーブの緩い道ならいざ知らず、こんな峠道でその余裕。それもそんなハイペースで。自分には絶対真似出来ない芸当だ。
「まあ、上りの直線に関しては、重さもあるけどトルクがあるこっちが速かったし、余裕もあったしな」
なんて余裕綽々で解説をしてくれているのが、このツーリングの主役的存在であるナンちゃんこと、自分の中学の先輩にあたる人、『南』だ。
なんでナンちゃんが主役なのか。その理由は至極単純で、仲間内で一番速いからである。
1年程前に、遊びでストップウォッチを使ったタイムトライアルをやったのが事の発端。ナンちゃんが叩き出した驚愕のタイムに、その場に居た全員がどよめいた。
そしてそのタイム触発され、数名が本気でそのタイムを更新しようと集まって走り始めたのが、今ではこのツーリングとなっている。
「よし、じゃあタイヤとエンジン暖めつつ、展望台まで移動するぞ」
毎度のごとくナンちゃんの掛け声と共に、今回も楽しいツーリングが始まった。
〜〜〜〜
結局今回も、誰1人としてナンちゃんのタイムは更新できず終了した。
俺はと言うと、キャブ不調で自分のベストにも遠く及ばす。後半は走らずに、ただボーッとしていただけだった。
そしてナンちゃんが帰りに「ラーメン食いに行こう」、なんて言い出したので、昼食とも夕食とも言えない時間帯に、みんなでラーメンを食べる事になった。
微妙な時間帯であった為、割と人気店ではあるのだが、店内は閑散としており、3つしか無いテーブル席も簡単に座れた。
「「「チャーシュー麺大盛、ネギとニンニク多めで」」」
まるで申し合わせたかの様に声がハモる。てかお前ら、よく食うな……。
とは思いつつ、実は自分も結構腹ペコで、「すみません、同じのをお願いします」なんて注文をしてしまったのだから、我ながら呆れる。
「はいチャーシュー大4つ、ネギニンニクマシで!」
男性店員は威勢の良い掛け声と共に厨房の方へと戻っていった。
「いやー、もうお腹空きすぎて」
「マジで腹ペコだよ」
「確かに、私も腹ペコ」
思えば昼食も食べずに走ってたっけ。ナンちゃんやマツもそうだけど。
島崎だけはコンビニのサンドイッチやらおにぎりやらを買って持って来てたらしく、ちょくちょく間食をしていた。なので腹ペコのはずは無いのだが……。
「はあ、今日はいけると思ったんだけどな」
なんの脈絡も無く、突然喋り始めたのは島崎だ。
「ナンちゃん、やっぱりズルでもしてんじゃ無いの?」
「ふっ、どうした急に」
「だってあのタイムは流石に無理だよ……」
マツも「確かに」と、頷きながらナンちゃんを見る。
「イヤ、だってお前ら、俺がタイム測った時にその場に居ただろ」
ナンちゃんのその返しに2人は言葉を詰まらせる。そりゃそうだろう。なんの不正もないのを、他でも無い、自分の目で見ているのだから。
ストップウォッチにしても、走りながら本人が計ったなら不正のしようはあるが、それも第三者が行なっている。てか自分が計った。
「まっ、ちょっとしたコツだよ。タイムなんてそれで簡単に縮まるよ」
「だからそれを教えてよ〜」
島崎は不貞腐れながら水を一気飲みする。
しかし騒がしいのも食事が始まる前までで、4人共、いざラーメンを食べ始めると無言になった。そもそも食事中にしゃべる様な連中でも無いし、その上全員腹が減っていたって事もある。
何度も言うが、島崎は間食を何度もしてるから、腹ペコな訳が無い。しかしまあ、腹ペコ状態があいつのデフォルトなのかもしれない。命が惜しいので本人には言わないが。
ラーメンを食べ終わり、今回のツーリングは終了。店の前で解散となった。マツは西方向に、島崎は東方向に、それぞれ軽く別れの挨拶をし、良い音をさせながら(世間一般では騒音と言う)走り去っていった。
自分も家に帰ろうとバイクに跨ったのだが、突然ナンちゃんに呼び止められた。
「どしたよ?」
別にナンちゃんに呼び止められる事自体は、珍しい事でもなんでもない。大体こういう時は、合コンの数合わせに呼ばれるか、バイクのパーツを探して欲しいかの2択である。
それとも、ただ世間話、もとい自慢話を披露したいか……。
「「……」」
しかし何故かナンちゃんは話を切り出して来ない。いつもなら「なあ、ちょっと聞いてくれよ」など言って、速攻で絡んでくるんだが……。
「お前ぐらいだよ。速さを全く気にしないヤツは」
突然話し始めたと思ったらコレだ。全く訳がわからん。
「ほら、他の奴らは目え据わらせてさ、しゃかりきになって走るだろ。特にあの2人は……」
あ〜、なんとなくナンちゃんの言いたい事はわかってきた。ようはマツと島崎の走り方が気に食わない的な話しだろう。
「でもそれ言うなら、自分も似た様なモンだと思うけど? 結構無茶してるし、自分でもヤバイと思う瞬間あるし」
しかしナンちゃんはキッパリと首を横に振り否定してくる。
「いや、違うな。それでもお前は事故らないよ。たぶんとしか言えないけど。」
まあ、全てにおいて100%は無いだろうけど、それでも「事故らない」は言い過ぎな気がする。自分だって一歩間違えば簡単に事故なんて起こす、または巻き込まれる可能性があるのだ。
「事故る奴には独特の雰囲気があるんだよ。お前にはそれが無いからな。これもたぶんとしか言えないけど……」
事故る奴の雰囲気ねえ……。
「じゃあマツや島崎にはあるのか? その、雰囲気っていうの?」
「あるな」
即答かよ。
「少しだけだけど、事故りそうな予感と言うか……、雰囲気はある。特にマツは」
これまた意外というか、てっきり島崎の方が事故りそうな感じなんだけど……。どうやらナンちゃんの目には、そうは見えていないらしい。
「マツは控えめに言って、かなりセンスあるし、上手い方だと思うけど? どっちかってと、ヤバイ走りしてるのは島崎だと思うけどな」
自分がそう言うと、ナンちゃんは「ふっ」と、鼻で笑う。しかし見下した感じでは無く、本当に自然に込み上げた笑いなのだろう。
「よく覚えとけよ。センスとか、上手い下手は、事故る事故らないとは殆ど関係しないからな」
いやいや、大いに関係してるだろそれは。下手な奴は事故るし、上手い奴は事故らない。それはバイクだけじゃ無い、乗り物全てに当て嵌まることだ。
「じゃあナンちゃん自身はどうなんだよ?」
「そりゃ難しいな」
ナンちゃんの笑顔が少々曇る。
「俺がどんな雰囲気出してるか、自分では見えないし」
ナンちゃんはその言葉を残して、愛機に跨り帰っていった。
『事故る奴の雰囲気』、この時の自分にはよく分からなかった。
例えて言うなら薔薇の香りがする香水を嗅がされても、本物の薔薇を見て、それを嗅いだ事のある人間でしか、その香りが本当に薔薇なのか判別出来ない。同様にこの時の自分には、事故る奴とそうで無い奴の区別がつかなかったのだと思う。