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書き残しておきたい事……  作者: アーリー
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彼の言っていた事

 高校3年の冬休み。本来学生なら受験の追い込みシーズン真っ只中の筈だが、自分には関係無い話だ。


 しかしその日自分は、朝のアラームが鳴る前にベッドから飛び起きた。着替えを済ませ、出かける支度を始める。


 そして食卓の上に置いてある、昨夜買っておいた菓子パンとコーヒー牛乳を腹におさめて家を飛び出した。


 先に言っておくが普段はこんな早起きはしない。何も無い休日などは、昼までベッドの上なんてザラにある。


 今日だけ何故こんな早起きをしてるかと言うと、特別な予定があるからだ。


 これも先に言っておくが、彼女と待ち合わせ、なんて青春漫画的なシチュエーションでもなんでも無いので、そっち系を期待しないでほしい。


 自分に彼女は居ない。てか出来たためしが無い。


 玄関扉を出た自分は、一目散にガレージへと向かった。目的のヤツはガレージの奥。隅っこでひっそりと、銀色のカバーを被っている。


 丁寧にカバーの紐を解き、上に引き抜くようにカバーを剥ぐと、バイト代を全て注ぎ込んだ愛車がその姿を現す。


 自分はいつも通り燃料コックをひねり、チョークを引く。イグニッションオン、セルを回すとエンジンは一発で目覚めてくれた。


 周期的なメカニカルノイズと心地よい振動が、グリップを介して体に伝わってくる。


 しかし、一昨日交換したばかりのキャブの調子が悪いのか、それともただ目覚めが悪いのか……。エンジン音が妙に重たい。


 若干の不安を感じながら、念のためにキャブのセッティングが出来るだけの工具を鞄に詰め込み、自分は家を後にした。





 ーーーー





 目的地到着!


 とは言っても、ここは家から10分程度走ったところにある観光有料道路である。過去に二輪の交通事故が多数起こった為に、現在は土日祝日は二輪車通行禁止となっている。


 しかし逆に言えば、平日は二輪の天下でもある。何しろ交通量が殆ど無くなるからだ。その上四輪で走りに来ている連中も、平日だけは二輪を優先してくれるのだから余計と有難い。


 現在時刻8時15分。ゲート開放が8時だから、まだ15分しか経っていない。


 これは自分が一番乗りでは? なんて思って入場ゲートを抜けると、麓の大駐車場には見覚えのあるバイクが停まっていた。


 そして、その見覚えのあるバイクの傍でしゃがみ込んでいる背中にも見覚えがある。赤と黒のツナギ、背中に大きく『HRC』のロゴマーク。


 先客さんは何やらタイヤに食い込んだ石を指でほじくり出しているのか、フロントタイヤに爪を立てるような仕草をしている。その後ろ姿はどうも近所の野良猫を連想させる。


 それにそのデッカい野良猫、何やら気分が良いのか、そわそわしながらバイクのタイヤを色々な角度で眺めている。


 集中してるのか、全くこちらに気付く様子がない。どうせ走ったらすぐに石を拾うんだから、やるだけ無駄な気がしないでも無いが……。


 そんな事を思いながら、更に近付いて様子を伺う。


 流石に5メートル程近づくと、エンジン音でこっちの存在に気が付いたみたいで、顔をこちらに向け、彼女はゆっくりと立ち上がった。


「おはよ。つかぬ事聞くけど、何やってんの?」


 とりあえず何をしてたのか、純粋に疑問をぶつけてみた。


「見て分からない?」


 分かる訳がないし、分からないから聞いてんだよ。まあ、あえて予想するなら、タイヤの溶け方とか、ブレーキの具合を見てたのだろうけど……。


「私はタイヤとの会話を楽しんでました。そんな事も分からないとは……」


 彼女はわざとらしく肩を上げ、首を横に振る。その仕草がいちいち癪に触る。


「お前な……、マジでバイクごと張っ倒すぞ」


 女性に使っていいような言葉遣いでは無いが、自分は彼女を女性とは見ていない。


 そうそう、紹介をしておく。彼女の名前は『島崎』。ここを走っていて知り合った仲で、同い年という事もあり、お互いよく話すようになった。


 こんな話をすると「気になってるのか?」や、「好きなのか?」なんて突っ込んで来る脳内御花畑も居るだろうから、先に言っておく。自分は島崎に対して、異性として好意を持ったり、恋愛感情を抱いたりは一切無い。


 ただ純粋に、走るのが好きな仲間の1人。共通の趣味を持った友人だ。そんな付かず離れず、不即不離の距離だからこそ長い交友関係を持てたのかもしれない。


 話してみると、どうやら島崎もついさっき来たようで、これから1往復する所だったらしい。それなら2台で連んで走ろうとなり、自分と島崎はバイクに跨りヘルメットをかぶり直した。


 丁度自分がヘルメットの顎紐をかけようとしていた時だった。山頂の方から微かにエンジン音が反響してきたのだ。


 ほぼほぼ反射的反応と言ってもいいだろう。自分はヘルメットを脱いで、そのエンジン音に耳を凝らす。


 もしヘルメットの顎紐をかけ終わっていたら、そのまま走り出していたに違いない。わざわざ外して、またかけ直すなんて面倒だからだ。


 島崎も自分と同じ様な状況だったのだろう。ヘルメットのを小脇に抱え、聞こえてくるエンジン音に耳を澄ましている。


「どうする? 割と飛ばしてそうな音だけど、変な所ですれ違うのもアレだよな……」


「うーん、仕方ないか。1台麓まで下りて来るだけなら、5分もかからないし」


 とりあえず走り始めるのは、今走ってる誰かが走り終わってからだな……。


 ん、でもちょっと待てよ!? よくよく聞いてみるとこの音は……。


「これ一台じゃ無いね。2台走ってる」


 島崎も気が付いたみたいだ。


 誰だ、こんな平日の朝っぱらから、全開でバトルしてる非常識な奴らは!?


 ちょうど山頂の展望台を通り過ぎたのだろう。エンジン音が一層クリアに聞こえて来る。


「この距離でこんなに聞こえて来るって事は、2台とも相当な爆音ね……」


 お前のバイクも、他人のこと言えないぐらい爆音だけどな。自分も他人の事言えんけど。


「4ストの音だけど割と高音なのと、もう一台は低音で……。車種なんだろうね」


 確かに一台は抜ける様な高音、と言うか爆音。そしてもう一台は特徴のある重低音。この時間で2台でバトルしてるってなるとだ。


 心当たりがある。考えるまでも無く、2人の人物が脳裏に浮かぶ。


「多分だけど、派手な爆音響かせてんのはペケジェーアールだ。そんでもう一方の低音は大排気量のSOHCエンジンの音だな。多分ボンネビル……」


 あくまで自分の勝手な予想だけどな。それでも十中八九当たってるだろ。島崎も「ああ」と言いながら軽く頷く。


 エンジン音はある程度まで下って来ると、急にトーンダウンする。恐らく麓近くの民家に配慮しての事だと思うが、あの爆音では何処走っても誰かしらの迷惑にはなっている気がする。


 そして低回転走行で、2台のバイクが峠から下りて来た。予想通りペケジェーとボンネビル。


「これで今日は全員?」


 声を弾ませ島崎が自分に聞いてくる。その島崎の顔は、「はやく走りたい」と書いてあるかの様だ。


「だと思うけど。一応ハトにも声掛けたけど、アイツは来ないだろ……」


 とりあえず全員集合……。2人共やけに気合が入ってるのが気掛かりだけど、まあ無茶はしないだろ。


 今日はこの4台で楽しくツーリング……、になる予定である。本当に予定通り楽しく走れるかは疑問だけども。


 この時点で自分達は、交通事故の本当の怖さを知らなかった。全くと言っていい程に……。

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