04 現状確認
地下都市に出ると、沢山のNPC達が住民として生活している。資源サイクルやインフラは内政ゲームが好きな†ヴェノム†というギルドメンバーが自動で回るように組んでくれている。
ただ、ゲームの頃とは違って、街を歩いていると住民達は驚いた顔をして飛び退いて道を開けた。警備として配置しているチンピラ風の男達も驚いたように道を開けた。
警備ロボットや物資を運ぶモノレールやホバーシップ達を眺めながら、この世界が現実のものになったのかと達成感を感じさせた。そして、自分たちはここの住民達を食わせていかなくてはならないのかというプレッシャーや責任感が頭をもたげた。
まあだが、そこまで気にすることではない。
インフラは完全に整備されているし、何より冒険ができないほど切羽つまるギルド管理なら最初からギルドは作ってない。
街を一通り回るには1日では無理があるので後回しだ。若秋には待ち合わせの連絡をしている場所に向かった。
『さぁ!さぁ!始まりした! デヴァステイティングレース、選手入場です!』
待ち合わせのスタジアムでは【デヴァステイティングレース】という何でもアリのマシンレースが毎日行われるのだ。
元々は手持ち無沙汰な素材を使って作ったマシン達を使わないまま倉庫に突っ込んでいたら、ギルドの商業担当だったやつからレース競技場作って競馬みたいにして儲けれる! と熱弁され若秋と作り上げたのがこのスタジアムだ。
レースは8台のマシンを使いスタジアム内を10週するシンプルなものだが、スタジアム内のコースは様々な障害物があり、それが周回する毎に変わるので観客を飽きさせることなく楽しませる。
さらにこのレースの醍醐味は妨害が許されている。他のマシンを全滅させたり、スピードに物を言わせ一位をキープしたまま逃げきったり、他のマシンのパワーに寄生して最後に破壊して一位になったりと、戦法は何でもいいのだ。
レーサーへの殺害は許されていないが、それ以外は自由だ。
スタジアムの受付にIDを掲示して中に入ると、わざわざ係員が出て来て案内してくれた。
ギルドメンバー全員には特別席が用意されており、ギルドマスターはその中でも最上位の部屋で観賞できる。
まあ、私はそこまでこだわってないので特別席はお任せしていたのだが、若秋が同じ部屋にしてくれていたようで、最上位の部屋に通された。
内装は若秋らしく、赤と金を基調とした豪華でかつ煩くない。目の前の窓からは試合が見れるようになっており、観客達からもギルドメンバー達の席が見える作りになっていた。
なかなかこないギルド幹部クラスの席に座ると、観客達もざわめいた。
『おおっと! 今回のレースになんと! 副ギルドマスター、どら焼き様が来ております!!』
ナレーションが急に自分のことを呼んだものだから、びっくりしたが、立ち上がり腕をあげて挨拶を済ませた。
それにより、また観客席がいっそう熱を持った。
『それでは! レース開始まで、5,4,3,2,1 スタァートッ!』
ナレーターがスタートを宣言するとコースで待機していたマシンで一気に発進する。エンジンの駆動音は響き、滾る者達の歓声が上がる。
『さぁ! 最初のコーナーを曲がったのは5番スピードスター!! 続くのは8番スカヴェンジャー!! あぁっと! 3番リトルデビルの後ろタイヤが1番ヤキニクテンゴクに破壊されたぁ!! いきなりの破壊行為だぁ! 』
金属と金属がぶつかり合い、パーツが吹き飛ぶ音が響き、応援チーム達の口笛や歓声が沸き上がる。
スタジアムの天井に浮かぶモニターからは各選手達のアップ画面が撮されたり、順位や破損部位までが出る。
「現実化してもここは変わらないな」
そんな呟きはレースの騒音に消えていった。
レースも佳境に入り、最終コーナーに2台のマシンが競っていく。
『さぁ!最終コーナー!5番スピードスターと7番シルバーホークの接戦だぁ! お互いにマシンはスピードタイプです!さぁさぁ!どっちだ!どっちが勝つんだあ!!』
接戦していた2台を後ろから追い上げていたマシンがロケット砲が発射し、2台とも爆発させた。
『あぁっと! まさかのここで1番ヤキニクテンゴクが後ろからの砲撃で2台まとめて撃墜したぁ!!』
そのままマシンはゴールし、嬉しそうに機銃を祝砲代わりに撃っていた。
『今回の優勝はぁ!1番!ヤキニクテンゴクだぁ!!』
ワッと観客は沸き上がる。優勝したレーサーを見ながらモニターを閉じると、ちょうど若秋が入ってきた。
「どうだい? 街の様子は?」
「どうって? かなりリアルだな。本当に現実化したみたいだ。そっちは?」
「うぅん! 素晴らしいね! 僕の美しい嫁達が愛を求めてきてね!つい滾っちゃったよ!!」
「そうかい、そりゃ良かった」
ゲーム時代から若秋は変わらない。吸血鬼の能力で得たハーレムを楽しんでいたのだろう。
「それで? マップ作成はどうよ?」
「うん、ちょっと調べたんだけどギルドのモノとして認識されていたものは全部あるんだ。例えば妖都の外にぐるっと置いてある森とか鉱山とか」
「じゃあイベントボス達も?」
「全員いるよ、機械兵士達もね」
「そりゃ良かった! ギルドの戦力に欠員がいたらそこが綻びになりかねんからな!」
若秋は嬉しそうに言った。
「ところで、外の空気でも吸いにいかないか?」
「危険じゃないか? 現実化した世界とは言え俺達は人間じゃない。現地人からすれば魔物だぞ」
「大丈夫さ。それにお前スペアがあるだろ。俺だって吸血鬼だ、簡単には死なん」
「雷咆のメインロケットエンジンの噴射を種族特性だけ縛り大会で真正面から受けて1秒で即溶けしたバカは誰だったかな?」
どら焼きが笑うと、若秋は恥ずかしいのか額を押さえた。
雷咆という空中戦艦がある。宇宙でも航行可能想定で設計したためエンジンも噴射口もデカイ。
若秋らは昔、完成を祝して1人ずつ雷咆の主力エンジンの噴射を真面目から何秒耐えるかのおバカな耐久大会をしたのだが、大見得を張ったギルドマスターの若秋が最下位を取るという伝説を残しているのだ。
『マッピングが完了しました』
「お?」
「む?」
ホログラムに写し出された3Dのマップはギルドの外側を事細かに写し出されていた。妖都の外側は深く生い茂る森や鉱山、燃えるような赤い山脈、暗くじめじめした沼地が広がっていた。
ここまではいつものままだ。
ギルドの外側にはさらに森が広がっていた。いつもならこのあたりはゴツゴツとした岩山が広がり、耐久力があって倒すのが面倒な岩亀竜達が生息していた。
森のスキャン結果によれば生息しているモンスター達はレベルにして1から5程度、たまに10がいるかいないかだった。危険性もかなり低い。森を抜けると草原が岩山まで続いていた。岩山には街も見えた。街までは流石に距離があり、ドローンでは調査はまだ難しい。
「うーん、一先ずはってとこかな。この街までドローンは飛ばせないし、文明レベルがわからん」
「まあ見た感じゲームの時とあんまり変わってないみたいだが?」
「大正時代の和洋折衷ギルドのふりして地下都市を近未来ディストピアもどきにしてるウチみたいな可能性だってあるだろ」
「なるほど、たしかにそれはあり得るな」
一応はゲームの世界は近世のヨーロッパ、もしくはそれ以前の文明レベルを基本としていた。だが、それを逆手に取り、古墳の中に巨大な砲台を隠して戦闘時には圧倒的な防衛力を見せたギルドや遺跡に見せ掛けた巨大生物の甲殻だったりと見た目を騙すギルドが現れはじめた。
その為、無人探査機や偵察機でギルドや街をあらかじめ調べることは基本になっていた。
「まあ、ウチは元からゲームの世界でもトップクラスだったんだ。ある程度の無茶で崩れたりはせんさ。今はとりあえずこの世界がどんなものか、ナマで見てみようじゃねぇか?」
若秋はそうまとめると、外を見に行かないかと誘った。
妖都の飛行場の滑走路がベコリとへこみ、中からヘリコプターのような乗り物が現れる。スラッとしたボディに4枚のブレードがバラバラと回りだし、独特の音を生み出す。妖軍の初期に量産した移送、攻撃を兼用できる機体である。名前は『リーパー』だ。
普通のヘリコプターと違うのは光学迷彩や消音飛行機能だ。ステルス性に長けており、他のギルドから見つからないように荷物を輸送する時や偵察をまだドローンが開発する前にはこの機体でやっていたものだ。ドローンの発明により偵察としては廃れたが便利なので未だに現役なのだ。
『エンジン正常、只今より離陸します』
機械兵士のパイロットが操縦をしてくれる。
「これより偵察に向かう。範囲は作成したマップの外周近くだ。」
『了解。作戦行動開始します。』
ヘリが飛び立ち、妖都を離れていく。外周は遠いが、景色は楽しかったので全く気にならない。
鮮やかな赤い山林の上を通るのはとても綺麗だったし、霧の沼地ではそこにいる怨霊達がカブをくりぬいて作ったランタンを持って霧の中を迷わないように先行してくれた。
岩山は本当に岩だけで少し興ざめな部分もあったが、岩に擬態したモンスター達を見つけるのは楽しい。
「やっぱウチのギルドはデカイなあ」
若秋がそうぼやくのも無理はない。そもそも《妖軍》の強さはその軍事力もだが、この広さにある。ヘリコプターで地形を無視していても全部回るのに軽く6時間以上かかる。レイドをされないための対策でもあった。
「まあ一番じゃないけどな。広さだけなら人間プレイヤーの《地球》が一番だ。」
「あいつらか~あいつらもこっち来てるのかな」
若秋は眉をひそめる。
ギルド《地球》は地球出身者のみ入ることを許されたギルドで、とあるNPCの国一つをまるごと乗っ取りギルドホームにした強大なギルドである。
人数が多いのでギルド内も活発であり、様々な中小ギルドを傘下に納めている。
ただ、こいつらは差別意識がべらぼうに高い。
地球出身のプレイヤーにはフレンドリーなのだが、他のコロニー出身となった瞬間に侮蔑の目を向け、その国の中ではPKすら素晴らしい事として報酬が出る。あとはプライドが高い故にか態度が悪いことで有名なギルドだった。
「まあ、来てたら来てたでまた滅ぼせばいいさ」
どら焼きは笑った。そう、ケンカを売るなら壊滅的に。逆怨みして来るなら徹底的に。《妖軍》は彼らに甘くはない。
かつて《妖軍》にケンカをふっかけた《地球》は一夜にして壊滅状態にまで陥ったことがある。まあ、持ち味の人海戦術で一気に復興していたが、彼らが溜め込んでいたレアアイテムや素材は根こそぎ奪った。
「まあそうだな。お! あれが森ってやつか? 」
若秋の指差した方角に広大な森が広がっていた。
そこから先は自分達が知らない、元の世界、ゲームとはまったく違う現実化した世界。なんて素晴らしいのだろうか!
二人はこれから起きるであろう出来事に期待を膨らませずにはいられなかった。