表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

狭間の森番ウサギ

大事なカメラ

作者: 鈴川ちほ

私には大切なものがある

今はもういないお兄ちゃんのカメラだ

写真を撮るのが好きなお兄ちゃんだった

お兄ちゃんを忘れないため、だから私も写真を撮りはじめた

目の前に広がるのは、まるでお伽話に出てくる妖精の森

森の中だというのにふわりと光っていて、きらきら、ふわふわとよくわからないものが浮いている

後ろを振り返ると空と区別がつかないほど澄んだ湖らしきものが広がっている

見たところ足場は無い


つまり、めっちゃくちゃファンタジーな場所ってことだ


それで何を言いたいかと言うと



「ここ、どこぉぉぉおお!!!」



力いっぱい叫ぶようなところにいつの間にか居たってことだ




疲れてるんだと視界をシャットダウンして、ぐりぐりとこめかみを両手で揉む

しばらく揉んでからぱっと目を開けてもやっぱり変わってなかった

…現実逃避なんてするんじゃなかった


わたしはただ朝日を撮ろうと思っただけなのに、なんでこんなことに…っ

確かにまだ辺りは暗くて進み辛かったかもしれない

けど何回もシャッターチャンスと景色を求めて登った山だ

それにそんなに高くも険しくもない、初心者でも楽々の山のはずだ

それなのに__

それなのになんでこんな!



はあとため息をついてしゃがみ込む

背中の鞄が重い


朝日が出てきたーって喜んで進んだ結果がこれだ

しかも来た方向のはずの後ろは水ばかりで戻ることはできない

前に進もうにも、こんな現実ではありえないような風景の中を進めるほど楽観的でもない

保証がないのだ


「……詰んだ?」


ぞっと背中を冷や汗が伝う


戻れないの?

写真撮りに来ただけなのに?

まだしたいことあるのに?

ていうかまだ19だよ?人生これからのはずだよ?

え。まじで?


はあ~~…

頭を抱えて溜息を吐いてもなにも気分は晴れない

むしろ気持ちに押し潰されそうだ



「__よし!」


ダメもとで、進もう

ここに居るよりかは、どうなるかわからないけど進んだほうがマシになるかもしれない


うん、進もう


強く正面を見据えて覚悟を決め一歩を踏み出す



「これこれ、お嬢さん

 そっちに進んではいけないよ

 <>になってしまう」


…え?


「え?」


一歩踏み出した変な体制のまま、声がした足元を見ると真っ白なウサギがいた


「ウサギが、しゃべった…?」

「ただのウサギじゃないぞい

 この入り口の云わば番人なのだ」

「ウサギが、しゃべった…」

「ふぅむ、人間とはこんなにも言葉が通じなかったものかな」

「…っ混乱してるんです!

 なんで喋ってるんですか!

 しかも入り口って、ここどこなんですか~!」

「むぅ、うるさいのだ…」


耳を抑えてぷるぷると丸まるウサギ

かわいい

じゃなくて!


「大声出したのはごめんなさい

 でも私、家に帰りたいんです

 迷ってしまったんです

 帰り道を教えてもらえませんか?」


ふむ、とウサギは片耳をピンとあげた


「お嬢さんはどうして、どうやってここに来たんだね?」

「私写真を撮るのが趣味なんです

 朝日を撮ろうと暗いうちから山に登って、朝日だと思って明かりが見える方に進んだらここに来てしまったんです」

「ふぅむ…その山とここが繋がってしまったのだな…

 お嬢さん、ここはあの世とこの世の狭間の裏側

 簡単に言ってしまうと彼岸のような場所なのだ

 人間では無く動物やその他の物のための、なのだけど

 お嬢さんが進もうとしたその先は、次に何に生まれるのかを振り分けられる場所なんだぞい

 もっとも人間が入ってしまうと<>になって未来永劫迷い続けてしまうことになる」

「あの、さっきも言ってたけどよく聞き取れなくて

 何になってしまうんですか?」

「む、人間にはうまく聞こえないのか

 ()、[]。

 言い方はいろいろだが、まあ流れに乗るしかない意思のあるモノ

 そんな感じだろうね」

「流れに乗るしかない意思のある、モノ…」

「そうなってしまうと、世界の流れが少し詰まってしまう

 時々迷い込んでくる者がいるからこうして番をしているのだ」


つまり、ずっとずっとさまよい続けるしかない、けれど意思があって、てことはすごく辛い存在ってことなんだ

そんなのになりたくない!


「戻るには、そうだねえ…

 お嬢さん、君には何か大切なものはあるかい」

「大切な…

 それって物理的なもので、ですか?」

「何でも構わないよ

 恋人でも、記憶でも、物でも、感情でも、なんでも」

「…それって、選ぶとどうなるんですか?」

「その存在がお嬢さんのナカから消えることになるね

 あくまでもお嬢さんの代償だからね、存在自体が消えるのではないよ

 ここは彼岸だから、戻るには代償が必要なんだ」

「つまり、忘れるってことですか」

「簡単に言うとね」

「もし、もしも、大切じゃないものを代償にしたら…?」

「僕という存在にウソなんて意味はないよ」

「そう、ですか…」


大切なものを忘れてしまう…

気持ちが消えてしまう…


何を選べばいいの


「まあ、よく考えることだ

 ここは狭間の裏側

 時間の流れなんて大したことではないのだから」


そう言ってウサギはくぁっとあくびをして丸まってしまった


大切なもの

でも無くしても大丈夫なもの

そんなの、分からない

でも__


「…ねえウサギさん」

「なんだい」

「私決めました

 私、写真を撮りたい気持ちを差し出します」

「いいのかい?

 感情だと、ずっと取り戻せないことになるのだ

 そのカメラを代償にしたほうがずっとずっと賢いやり方だと思うぞい」


ウサギの視線はじっと鞄の中のカメラに向かっている

そっと鞄から出して、私もじっと見つめた


「このカメラは…

 これは、亡くなった兄が使ってたものなんです

 これに替えはないんです

 だから代償にはできません

 写真を撮るのは、兄を近くに感じたかったからで

 このカメラが無くなってしまっては全部意味が無くなってしまうんです」


兄の唯一の形見ですしね

言ってカメラを撫でてそれから片付けた

ウサギを見るとなにやら頷いている


「ふむふむ…

 どうやらお嬢さんの”写真を撮りたい”という感情もどうやら大切なモノのようだ

 うん、それを代償として認めてあげるぞい!」

「ありがとう、ございます」


大丈夫

カメラさえあれば、私は大丈夫


「じゃあお嬢さん、二歩下がってそれからゆっくりと目を瞑るのだ」


一、二…そして、ゆっくりと目を閉じた

頭の中にウサギの声が不思議に反響しながら響く



『代償は頂いた』

『今一度現世に戻してあげよう』

『ここでの記憶は残らない』

『代償は戻らない』

『代償は思い出せない』

『代償は再度持てない』

『それでもよければ目を開けて』

『そうすれば__』





目を開けると、いつも登っている山にいた


どうしてここにいるんだろう

こんなに暗いのに

…げ、まだ5時ちょっとじゃん


「なんでこんな朝早くに山にいるんだろう…」


呟いて帰ろうと山を下りようとすると、背負ってる鞄からずしっとした重さを感じた


「?なんか入れたっけ

 あ!お兄ちゃんのカメラ持ってきてる

 うわ~ほんと謎なんだけど!

 大切にしてるのに!」


兄のたった一つの、大事なカメラが、なぜか鞄に入っていた____



挿絵(By みてみん)

@自作イラスト

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ