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05.珍しいお客さん(2)

 ***


 客足が落ち着いたのは、午後3時を過ぎた頃だった。

 気怠いような時間帯なのは誰もが同じなのか、喧騒は遠く、周囲は静まり返っている。やる事が無いのであればロビーにでも顔を出してみるのもいいな、とぼんやりとそう考えていた。


 そんな時だ。

 相談室のドアが軽くノックされる。すぐさまドアがオープン、という事も無かったのでギルドでは珍しい礼儀正しさが滲み出ているようだ。


「はい。どうぞ」

「やあ、邪魔をするよ」


 ――この声は……!!

 脳が警鐘を鳴らす。声には酷く聞き覚えがあるし、良い思い出が欠片もない相手だとすぐに思い至る。あの爆破お兄さんでさえ、助けて貰った恩があるというのに、彼に限ってはほぼ怪我をさせられたと言っても過言ではない思い出の数々ばかりが思い浮かぶ。

 警戒態勢に入ったのを分かっているのか、まるで興味が無いのか。大した反応を示さない彼――サイモンは当然のように目の前の丸椅子に腰かけた。


「カーテンは要らないから、開けて貰っていいかな?」

「……いえ、このままで大丈夫です」

「酷いな。僕は真剣に相談をしに来ているのに。もう少し、親身になって貰いたいものだよ」

「……はあ」


 流石に鬱陶しすぎるので、溜息を吐いてカーテンを開ける。途端、胡散臭いが整った顔立ちが視界に飛び込んできてしまい、もう一度溜息を吐いた。


 彼の言動に関しては何も信用していない。

 超危険人物である事は最初から知っていたし、最近のDLC魔物事件も奴が絡んでいないとは断定できない。というか、絡んでいるはっきりとした証拠が出なかったから犯人にされていないだけの人物と言えばそれが近いだろう。


「それにしても、さっきまで凄く混んでいてなかなかここまでたどりつけなかったよ。成程、3時頃が空いているんだね。うん、覚えた」

「――それで、相談内容は?」

「僕と話をするのは嫌かい? そうだね、この後も誰か相談に来るかもしれないし本題に移ろうか。君が持っているそのタブレット、僕に譲ってくれないかな?」

「……は?」


 それまでの世間話が嘘のようにさらっと告げられた言葉。反応が遅れたのを、よく聞こえなかったのだと解釈したらしいサイモンは同じ言葉をもう一度繰り返した。

 何度でも言うが、この端末は個人情報の塊だ。

 欲しいならどうぞ、という訳にはいかないのである。


「いや駄目に決まってるでしょう。個人情報なんですって。昨今はコンプラ厳しいんですよ?」

「コンプラ? それはよく分からないが、欲しいと思っているのは僕ではなく主だ」

「はい? ちょっと何を言っているのか分からないのですが」

「大丈夫さ。君はその板を僕に渡してくれれば、それでいい。そうしてくれた方が楽だしね」

「駄目ですって」

「うーん、そうか。駄目か……」


 言いながら、サイモンが椅子から立ち上がる。あまりにも自然とその場に立ち上がったせいで、また反応が遅れた。彼は何かアクションを起こす時に呼び動作がない。唐突に行動し始めるし、前振りもないしでついていけないのだ。


「――いやあ、ごめんね? 新しい部屋をギルドマスターにでも用意してもらっておくれ」


 それはどういう意味なのか? 聞くまでもなかった。

 椅子から完全に立ち上がったサイモンが、相談員と相談者を仕切るアクリル板に手の平をぴたりと付ける。


 瞬間、板に亀裂が奔り、すぐに砕け散った。薄いとは言え、それなりの強度がある壁だったのにほとんど意味を成さない。これは衝撃系の魔法だろう。主に、鉱石の採掘等に使われる魔法だ。

 そこでようやく我に返り、同じく椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がる。


 ――荒事!? 噓でしょ、ここギルドだよ!!

 荒事のスペシャリスト達が集うこの施設でまさかの大胆な行動。理解が出来ないが、サイモンと正面からやり合って勝てる見込みはゼロだ。戦うのではなく、タブレットを持ってロビーにまで逃げなければ。

 否、もっと大きな音を出して助けを求めなければ。ロビーまで距離があり、その前に捕まる可能性が高い。


「――勿論、こうなるだろうと思って人払いをしておいた。この相談室が爆散するくらいの物音でも立てないと助けは来ないだろうね」

「……!!」


 そうだ、そうだった。

 サイモンは周到な性格の持ち主で、二度手間を基本的に嫌う。こんな一度失敗したら二度と同じような手は使えない場面で、その程度の対策を怠る事などあり得ない。


 タブレットが入っているバッグを手に持ち、じりじりと後退る。

 相談室から出る為にはサイモンの背後にあるドアから退出する他無い。つまり彼の横を通り抜けるという難しすぎる経路しかないという事。

 また、初動で仕切り板は粉砕された。今私と彼を遮るものは机くらいしかなく、それも板が消えたので飛び越えるのも可能だ。身を護る手段が皆無である。


「さあ、それを渡しておくれ。ああ、中身だけで良いから、その可愛らしい鞄は持っていて構わないよ」

「そういう問題じゃない……! どういうつもりですか、ギルド内でこんな騒ぎを起こして」

「僕だって大人しく生活していたかったのだけれど、神のお告げで仕方なくね。我々は神の奴隷なのさ」

「一つも意味が分からない……!!」


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