02.気まずくなる時ってあるよね(1)
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「あ!」
相談室へ戻ってきた私はドアの前に立つ人影を発見。それまでの暗い思考を強制的に中断させられてしまった。
何とそこにいたのは、昨日酷い態度を取った相手であり、推しでもあるオルヴァーだ。恐らくは相談室の主である私を待っているのだろうが、待つ姿でさえ様になっている。
ただ――今は推しと団欒を楽しんだり、昨日の非礼を詫びる体力がない。精神的に摩耗しているからだ。
どうするべきか考えている暇は、残念ながら与えられなかった。感覚が鋭いオルヴァーはすぐに私の存在に気付いて顔を上げたからだ。無視するなんて失礼にも程があるので、引き攣った笑みを浮かべた私は片手を挙げて挨拶する。
「こんにちは……」
キッと睨まれてしまった。もしかして、若干怒っている? そりゃそうだろうが。用件は何だろうか、アリシアの件か、はたまた昨日の非礼を怒られるのか。どちらにしてもやや気が滅入る内容ではある。
結局の所、オルヴァーのパーティはそのパーティで全てが完結している。偶数でバランスもよく、種族もある程度揃っているせいか価値観の違いなどという理由で喧嘩する事もない。互いが互いを尊重しあっている為か、まとまってクエストへ行く頻度も少ない代わりに自由にしているせいで、衝突も少ない。
ゲーム内で最もバランスの取れたパーティなのである。そこにはヒロインでさえ入り込む隙はなく、ついでにアリシア=オクルスであったが為にオルヴァーのシナリオはこれまたパーティ内で全部解決しているという訳だ。
そんなの完全に他人で且つモブである相談員にどうしろと。自分達で話し合って解決してくれ、以外にアドバイスのしようがないぞ。
「よう。……お前、酷い顔色だぞ」
朝から色々起こり過ぎたせいで容量オーバーしているのは事実だ。そしてそれが顔色という形で出てしまっているであろう事に苦笑する。しかも指摘してきたのはあのオルヴァーだ。人の顔色など、物理的にさえ伺わないだろう厳しすぎる彼。
それにしたって、最初と比べて本当に丸くなった。まずそもそも、用件以外の立ち話をしているのが非常に進展している証だ。奴は他人に対して事務的な用件以外の話をしないのはデフォだ。
「あ、ああ、いや、ちょっと朝から色々とあって」
「色々……?」
「残党の件で拠点が分かったから乗り込む云々、とかかな。メンバーは誰を連れて行くんだろう……」
「へぇ。面白そうだし、付き合ってやってもいいぞ」
「えっ、どうしたの急に。これ私、やっぱり死ぬのでは……?」
「残党処理如きで生死の話にするな。大袈裟だ」
大袈裟などではなく、割と本当に起こる可能性のある話だ。しかし、おかしな事はまだまだ終わらなかった。
「とにかく、お前の顔色は本当に悪いぞ。医務室に行くか、診療所に行った方が良い。土気色だ」
「ど、どうしたの私なんかの体調を気遣って……。オルヴァーさん、変な物でも食べた?」
「食べてない。お前と一緒にするな」
「そうだよね、こうだよね……!」
「外に出るには付き添いが必要だな。仕方無い、俺が同行しよう」
「ねぇ、ねえってば! 色々とおかしいって!!」
やはり私は今日明日、死ぬのだろう。死期が近い人間に対して寄り添う動物、というのが世の中にはいるらしいし。尤も、オルヴァーは幻獣種なのでアニマルではないのだが。
戦々恐々としながらも、恐ろしい推しから距離を取る。こんなの、友好度を上げたって言われない。というか、ヒロインは健康優良児なので体調を崩したりしないのだが。
恐怖に引き攣った顔をしていたのだろうか。そんな私を見て、オルヴァーが肩を竦める。
「シーラのやつが……」
「ど、どうしたの? 恐ろしい事でも言われたの?」
「お前に当たりが強いから、避けられているんじゃないかって言い出して」
「別に避けてなくない?」
――いや、そういう風に見えてもおかしくはない。
基本的に推しへの好意を隠す事が出来ないオタクである私は、オルヴァーその人をかなり優遇して扱っているという自負がある。それは友人に接すると言うより、神への崇拝に近いと言えるだろう。
それが急に昨日のような態度を見せれば、確かに唐突に嫌われたのだと思ってもおかしくない。とはいえ、そんな事を気にしているオルヴァーというのは――
「待って待って待って、何ソレ解釈違いなんだけど……。モブの顔色窺ってるオルヴァーさんは、うん。解釈違いだわ……。ワンチャン、ヒロインにだけは許すレベル……」
「何だって? お前、時々何を言っているのか分からないぞ。もっと分かりやすい言葉を使え」
「そうだよ、これこれ。もっと私を罵るべきだと思う!」
「……」
ミジンコを見るような目で見られた。けれど、私はそれに大きく頷く。何を血迷った事を言い出したのか、本来のオルヴァーというキャラクターはこうでなければ。彼に限らず個性の強いサツギルのメンバーへの萌えはヒロインへのみ向けられる特別性だ。
そしてその優遇がモブに向けられては、端的に言うと価値が下がる。モブ如き私に優しさの片鱗を向けるオルヴァーなど解釈違いも甚だしい。普通に怒鳴っていてくれて構わない。
そう、私は面倒臭いオタクなのだ。解釈違いで簡単に死んでしまうので、取扱いには気を付けて欲しい。




