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輪廻巡る月夜の果てに  作者: 中沢文人
ワルツ
95/131

円舞曲


「瑠璃也、(きみ)さ」

「…?ラーマと、アダム?どうしてこんな」

「まさか、君。僕が、僕らがわからないなんて、思ってないだろうね?」

「なんの…事だ」


とぼけた顔と声音で瑠璃也は向き直る。対しラーマとアダムの表情は剣呑そのもの。なにに対して怒っているのか検討がついているというか、現在進行形で身に覚えのある瑠璃也にとっては冷や汗ものだ。


「君、魂を捧げただろう。君、もう人間じゃ、ないんだろう?」

「はっ、冗談は――」

「冗談だと、そう言うのかい?その笑えない冗談を嫌っていたのは君自身のはずじゃなかったのかな?」


言葉に詰まる。後ろめたいことがあるのは瑠璃也のほうで、ラーマはそれを問い詰める形だ。


「もう一度立場をはっきりさせよう、瑠璃也。君は『地球の使徒』。『アウール』に見初められた、『アウール』の化身。そして僕は『地球の巫女』。『アウール』の意思を汲み、それを人類の大きさにして発信する」

「あ、ああ。それで?それが今更何だって言うんだ」

「まだわからないのかい?その『アウール』に、君の存在の欠片が混ざってきてるんだよ」

「……」

「君、本当はもう…人としての意識が薄くなってきてるんじゃないのかい?」


剣呑な顔から一転、ラーマの顔は寂しさが入り交じった心配する顔となっている。

瑠璃也はそのラーマの心配を心の底から受け止め、だが、拒絶した。


「大…丈夫、だ」


その一言で、突き放すように歩き出そうとする。大丈夫。大丈夫と。自分に言い聞かせるように。だが、それでもラーマは。


「僕は…僕は!!君が大丈夫だってこと、信じきれてないよ…君の大丈夫って言葉が、信じきれない!!」


背後に重く、衝撃が走る。腹部に回されたか細い腕。背中を包む温もり。

人の温かさがよく伝わる。そして俺はそれに…応えられない。この体に感覚はもう…ないのだから。感じることはできても、覚えることはできないのだから。


「すまん…ラー――」


そう、腹部に回された腕をほどこうとしたところで


「ごちゃごちゃうっさい!!」

「――ごおふ……み、翠沙さん…なん、で」


突然みぞにねじ込まれた右腕。その衝撃は、無くなっていたはずの痛覚すら復活させていた。


「女の子が本気で泣いて大丈夫かって聞いてるんだ!別に、男だからってわけじゃないし、そんな大昔の考えを押し付けてるわけでもない。けど、たとえそれが相手を傷つけないためのものだとしても、格好つけたいんだったら最後まで格好つけろ!!なーにが『大…丈夫』だ大丈夫なんて言うんだったら最初から最後まで大丈夫なとこを見せつけろ!それができないならさしのべられた手をとって、 支えられながら転んでも、疲れたら休みながらで進めばいいの!中途半端に格好つけるな!余計に格好悪くて見てらんないよ」


…なんか、最近というか。翠沙に殴られて喝入れられてばっかだな。けれどそのおかげで大分、そう…大分、大丈夫になった。溢れる気力はそのままに。滾る万能感はそのままに、以前のような人間味を取り戻せた気がする。


「…今度こそ大丈夫だ、ラーマ。アダムにも心配かけたな。ただ…」

「ただ?」

「ちょっと…吐きそう……」

「あ、ごめんやっぱり強めに殴っちゃったよね!?」


翠沙が瑠璃也の腹部をさする。先ほどまでの気迫は霧散し、いつも見せる柔和な翠沙へとなっていた。それに瑠璃也は、すこし苦笑いをする。


「…はは、翠沙。積年の恨みか?」

「まさか。月を恨むことはあっても、るーくんを恨むことなんてあるはずないよ」

「それにしては右フックと言いこれと言い、少し…当たりが強すぎんか」

「いまのるーくんになら、その理由もわかるはずでしょ?」

「……ああ。いつかの、『私にはその資格がない』っていう言葉の意味も、今なら理解できるよ」

「…やっぱり、記憶、あるんだね」

「たぶん、最初から最後までの、な」


毎度のことながら、地球の最後が近いとき、もしくは瑠璃也と地球の同化が著しいときに瑠璃也の『地球の使徒』としての力は発現、そして記憶も取り戻せる。

しかし記憶のどれを漁っても、このように翠沙と肩を並べて『地球の使徒』として覚醒した世界はなく、また絶体絶命の状況でない世界もない。

この世界は絶好の、チャンスと言える。


「ま、じっちゃんに殴られるよりはマシか」

「あはは…おじいちゃんが聞いたら比べてみるかとか言いそうだね」

「おじいちゃん?って、誰のことだい?」


大分調子が戻ってきた瑠璃也。ちょうどいいと、瑠璃也はラーマに旅の間の肴としてラーマに話をする。

ほんの数時間の旅に、数億年の旅の話を。




「ここだ」

「ここ?」


瑠璃也達は南アメリカ大陸の、ある泉の奥。祭壇を思わせる洞窟まで来ていた。


「それで僕たちはこうしてついてきたわけだけど、なにかできることはないかい?」


ラーマが瑠璃也に聞くが、瑠璃也はしばらく考えたあとに別にないかなと伝え、外で邪魔が入らないよう見張っていてくれるかと頼んだ。

日はすっかり落ち、辺りは宵闇で包まれている。宵闇を照らすは満月。忌々しい月がもうすぐで、真上に来る。


「それじゃ始めるか、翠沙」

「そうだね」

「翠沙、首にかけてるそのじっちゃんの鱗、貰えるか」

「…うん」


首にかけていた紐をほどき、瑠璃也に白亜の鱗を渡した。瑠璃也はそれを握りしめ、目をとじてしばらく集中した。十分くらいしただろうか。瑠璃也はその鱗を地へと落として、その『権限』を、解放した。


――権限解放:『地球の使徒』


地から力の奔流が溢れる。髪を靡かせ、瑠璃也は見届け人、翠沙に。伝言を頼む。


「翠沙、ラーマとアダムに、ここまでありがとうって、伝えておいてくれ」

「…うん」

「それと、重三と遠士郎にも、苦労をかけたなって」

「……うん」

「ああ、あと天王寺にも。成長したなって、でも緋音はやらんぞって、頼む」

「うん…うん…」

「星柳には…隕石、大分効いたって」

「………うん」

「じっちゃんにはそうだな…酒の飲み過ぎには気を付けろよって」

「うん……」

「緋音には、知らなかったとは言え、ごめんなって。どっかで詫びは絶対するって」

「うん…伝え、とくよ…」

「最後に…翠沙」


瑠璃也の体も、すでに半分が光となって消えかかっている。その光景はどこか幻想的で。巻き上がる瑠璃也だった光が、悲しげな翠沙の顔を映し出す。涙が光と入り混じり、天へと昇っていく。照らされて隠すことのできない顔を翠沙と瑠璃也は見合わせる。

瑠璃也はどこか、恥ずかしがって。翠沙はどこか、むず痒くて。


「たぶん、これが最初の足掛かりだ。これから翠沙には大きな苦痛と苦労が待ってると思う。でも、覚悟は決まったんだろ?」

「…うん。もう、るーくんだけじゃない。世界を救うって、私が好きな皆を救うって、決めたから」

「そう、か。なら、俺が保証する。掴んだ未来は決して、悪いものにはならない。だから翠沙、お前はさ。後ろを向いて、こんだけ頑張ったんだからできるって、前だけ見ないでさ。俺を、導いてくれ」

「…うん、そう、するよ」

「最後に!!最後に……あぁ、ごめんな。今生の別れってんのじゃないってわかってんのに、なんか、涙がとまんない…」

「あ…はは…。私も、だよ」


互いに互いの、涙の流れていない泣き顔を見て笑う。翠沙が自分の目の前で泣くところを瑠璃也はあまり見ない。翠沙はそもそも、瑠璃也が泣いたところをあまり見ない。

それがお互いにおかしくて、笑ってしまう。けれど別れはもう、すぐそこに。


「なぁ翠沙」

「ん、なに、るーくん」

「突然だけど、変なこと、言っていいか」

「るーくんが突然変なこと言うのなんて、慣れっこだから。いいよ、言っても」

「愛してる、翠沙。結婚、してくれ」

「――っ!?ここ、で…ここで!!それを言うのは卑怯だって!ぜんぜん変なことじゃ――っ!!」


翠沙の体が翠沙の表層意識(・・・・)に反して、不意に動き出す。

それは胸まで消えている瑠璃也の肩へと腕を回して、唇を…そこにはない唇に、重ねた。


「……体が、勝手に動いて」

「……答えは?」


意地の悪い顔をした瑠璃也が翠沙の深緑色の瞳を見据えて言う。翠沙はその瑠璃色の瞳で見捉えられて、逃げることができなかった。

どうしようかと頭の中をぐるぐるさせる。しかしなにかを口にするその前に、無意識に、言葉が漏れでてしまっていた。


「……はい、結婚、します」

「はは…恥ずかしい、な」


再び重なりあう唇。互いの唇に互いの唇の感触はない。感覚で、感じで。勘じで、口づけを交わす。

巻き上がる二人の涙は混じって、一つとなっていく。


しばしの静寂の後。閉じていた目を翠沙は、恐怖の中。慣れたはずの恐れの中、開いた。しかし何度瞬きしても、何度目を擦っても瑠璃也の姿はどこにもなかった。

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