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輪廻巡る月夜の果てに  作者: 中沢文人
ワルツ
94/131

円舞曲

○◎●


「A隊後退!B隊は全力で抑えろ!!」


花火のように鮮烈な光が激しく飛び交う。黒蜥蜴を囲んで、世界の戦力は一致団結している。

ああ、なんで、こういうときだけ。

私は心からそう思った。世界が団結するときなんて、いつだってそう。いつだって、るーくんが敵になったときだけ。『黒』が世界を脅威に晒してるこの世界の昨日でだって、首脳陣は肥えた腹の探りあいで忙しなかった。

なんで世界の危機に対して争いなんてしてるのか。なんで世界の危機に対して手を取り合わないのか。


「D隊砲撃用意…てぇぇぇぇ!!!!」


るーくんが手を繋ぎ合おうとしたら足を掬って、真摯に向き合わずに。世界の危機だっていうのに、自分のことしか考えなくて。


「C隊拘束用意!最初の隕石が直撃してから100秒後に開始!」


利己的で排他的でどこまでも自愛。それが人類だって、人なんだって、分かってるはずなのに。


「拘束完了!D隊は砲撃続行、出来る限り弱らせろ!E隊は3秒後に過重能力開始!」


なんでこんなに、団結してるの?真に望んでるときにはしなくって、して欲しい訳じゃないときにはこうやって。


「N隊とG隊準備出来ているな?奴が地に触れた瞬間凍結開始……今!!」


だけど、こうして団結できるって知ってるから。


「良くやった!そのまま地に固定しろ!」


そんな希望があるって、わかってるから。


「よし、これでいいか翠沙ちゃん!いっちょ、あの頭のいいアホを俺らの代わりにぶん殴って目ぇ覚まさせてやってくれ!」

「――うん…ありがとう、みんな!!」


そんな希望があるって、わかっちゃってるから。


「いつまでもうじうじしてないで起きろ、るーくん!!」


それを、信じてしまうんだ。


●◎○


☆☆☆


暗く深い海の底に沈められたような感覚がこの身を包んでいる。

大きな流れが生まれては過ぎ、生まれては過ぎ。それはどうしようもできない。

あぁ、緋音を殺した。その事実だけが全身に重くのしかかってくる。

それが緋音のクローンだったなんて、そんなのは関係ない。緋音は緋音だ。俺が殺した事実は変わらない。

激情のままに、激流を生む。ぼんやりと映る視界には、俺を囲んでいる人類軍。

恐怖を宿した目で、俺に立ち向かってくる。それはこの海底から沸き出る泡沫に映る光景と、そっくりだ。

沸き出る泡沫は過去の記憶。消えてく泡沫は未来の記憶。視界に映るは、今の記憶。

全身を隕石が殴打し、体が束縛され、重力に捕らわれ、氷によって地に縫い付けられる。

人間、協力すればこんなものだ。俺をこうやって拘束できるほどの可能性を秘めている。そのはずなのに、どの世界でもこうやって協力するのは俺が人類を敵にした時だけ。ひどい話しだ。

ああ、眠い。緋音を殺してしまった俺が、いまさらどうだって言うんだ。このまま深い海の底で、激流に打たれて心を休めていたい。緋音を殺してしまった俺なんかに、存在する意味なんて無いはずなのだから。なのに…なのに!!どうして、お前らは!!どうして翠沙、お前は!!俺を一人にさせてくれないんだよ!!


『いつまでもうじうじしてないで起きろ、るーくん!!』


誰がうじうじなんてしているか!!

いま、るーくんがしてるんだよ!!

お前に俺の、なにが分かるってんだよ!!

私がるーくんの、なにが分からないっていうの!?

実の妹も救えずにのうのうとクローンを作らせて、それを殺してしまった俺のなにが!

はぁ!?まだそんなことでそんな海藻みたいな真似してんの?

海藻っ!?おま、なんだと!!

不幸自慢なら相手が悪いよ、るーくん。るーくんなんかより、私のほうがずっとひどい目にあってるし、私なんかより緋音ちゃんのほうがずっとひどい目にあってる。それこそ、実の兄に切り殺されたなんて些細なこと、緋音ちゃんは気にしないよ

些細なことなわけないだろ!?

月操獣に食われて殺されるよりはまだいいんだよ?るーくんにはそんな経験ないからわかんないだろうけどね。内臓じゅるじゅる吸われて脳ミソ侵されて自分がどんどん無くなってく感覚、わかる?まぁるーくんにそんな経験させないようにしてるからわかるはずないんだけどね

……すまん

わかればよろしい。緋音ちゃんの首をちょんぱしたことに罪悪感を覚えるのはいいけど、そのあとがてんで駄目。るーくんならもっと上手くやるはず。やれるはず

……そう、だな

できるでしょ?なんたって、私の、私たちのるーくんなんだから

ああ、できる。やってみせる

そう。なら早く目、覚まして。みんな待ってるから

ああ、重三達にも、大分迷惑かけたな

あ、そうそう、そうだそうだ。大分迷惑かかってるんだよね。それで私、ぶん殴って目を覚まさせろって言われてるんだった

……ま、迷惑料って言うんだったら甘んじて受けよう

言ったね?それじゃ遠慮なく、全力で殴るよ!!


そして浮上するはずの俺の意識は、視界に映った翠沙の右フックで刈り取られたのだった。


★★★


瑠璃也が目を覚ましたのは一晩経ってからのこと。部隊員には黒蜥蜴の正体を隠しているが、重三ら瑠璃也に近しい者たちには明かさないわけにはいかなかった。

まぁ事情を知らない者たちが端からみたとき、翠沙が黒蜥蜴を殴って消し飛ばしたと見られているからその正体まで深く言及されてはいない。

目を開けた瑠璃也の視界には、心配顔の翠沙と、重三。その心配した顔が、瑠璃也が目覚めたことを確認した瞬間に大きな安堵へと変わった。


「っくぅ、効いた」

「ご、ごめん…強く殴りすぎたかもしれない」


まだ痛む左頬をさすりながら体を起こす瑠璃也。


「重三達にも大分迷惑かけたな」

「ほんっとだよまったく!俺らの代わりにとか言ってなかったらみんなして1発ずつ殴らせてもらうとこだぞ!」

「はは、勘弁してくれ。翠沙の右フックがこんなに効いてるんだ。その上でお前らに殴られたとなっちゃ、しばらくは動けそうにないぞ」


瑠璃也が目覚めたという知らせを受けて集まった面々を見て、瑠璃也は申し訳ない気持ちになる。まぁ当然だ。全人類を敵に回したような大迷惑をかけたのだ。まぁ、罪悪感はそれ以外の面でも持っているが。


「すまん、迷惑かけた。ただその分、俺は俺の力を理解できた。これからは迷惑かけた以上の働きを見せられると約束する」


その後、また『黒』の対策会議が行われた。まだ人類に『黒』の脅威が取り払われたわけではないのだ。ただ、黒蜥蜴こと瑠璃也への対応で部隊が疲弊しているのも事実。しかしその会議に同席した瑠璃也が自信満々に、俺と翠沙だけで十分だと言ってのけたのだった。


「そりゃ、あの黒蜥蜴の力をそんまま使えるってんだったら心強いけどよ。そんな上手い話があるのか?しかもそれだけで南アフリカ大陸全部を守れるとは考えられないんだが」

「あれは俺の力の上澄みのようなものだ。意思を以ていまの俺の全力を行使した場合、たぶん星を滅ぼせるほどの影響があるだろうな」

「そりゃすげぇけどよ。でも、大丈夫なんか?そんな強い力を制御するのはいくら瑠璃也と言ってもキツイんじゃないのか?」

「大丈夫だ。まぁ手持ち無沙汰になるのは落ち着かないだろ?適度に防衛体制を保って待っててくれ」

「あ、ああ。気をつけてな」

「大丈夫だ。もう迷惑かけたりはしないさ」


大丈夫。そう言い残して瑠璃也は翠沙と共に拠点を出る。しかし拠点を出た瞬間に、その背中を呼び止める者が居た。

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