円舞曲
「後ろ!」
翠沙の掛け声で瑠璃也はフッと反転、背後から襲いかかってくる月操獣を切り伏せた。
ラーマとアダムを仲間に迎えて以降、その旅はこれまでより格段に快適になった。翠沙の抱き癖の矛先がラーマに一時的に向いたというのが瑠璃也としては最大の恩恵だったと思っている。まぁ1週間ほどしたら小さくて抱きづらいとかなんとか言って、結局瑠璃也に戻ってきたのだが。
旅をして約一年半。内一年と五ヶ月は大した手がかりもなく世界を巡っただけだった。しかしこの約一ヶ月、ラーマが仲間に加わったことで、劇的に状況が変わった。いままで手がかりすら見つけられなかったものが、『黒』の拠点と思われる施設を強襲することに成功している。まぁ事前に察知されているのか中はもぬけの殻だったりするが、先程まで居た、とわかるほどには近づけている。
そんな中で『黒』がなんの目的で世界を混乱に陥れているのか徐々に分かってきている。『黒』はどうやら世界の人口を減らしたいようだった。そして瑠璃也は『黒』が瑠璃也達を邪魔に思っていると感じている。しかし未だに緋音をさらった目的が判明していない。
「お疲れ~。今回はなんか数が多かったね」
「そうだね。最近は襲撃の回数も多くなってきた」
ラーマも慣れてきたのか、すっかり歴戦の戦士のような雰囲気となっていた。それもそのはず、大陸を移してから目に見えて襲撃の頻度が上がっているのだ。三日に一回がいいとこだったはずが、数字が入れ替わって一日に三回と、かなりの頻度だ。見張り番を立てなくてはならないほどだった。
そんな瑠璃也達がいるのは北アメリカ大陸。三ヶ月ほど前に大規模な攻勢を受けて、人口のほとんどを『M』とし壊滅状態にある大陸だ。道路は閑散とし、大陸全土を覆うように『死』の臭いが漂ってくる。ユーラシア、アフリカ、オーストラリアも似たような状況だ。未だに南アメリカ大陸が襲撃を受けていないため、瑠璃也達は『黒』を待ち伏せしようといま、車を走らせている。
しばらく荒野を走らせていると、遠方に大規模な集団を見かけた。『M』か、月操獣か。このままだと確実にぶつかると判断した瑠璃也は全員に戦闘の準備をさせた。
だんだんと近づいてくる距離。ここで瑠璃也はまず、月操獣ではないと判断した。統制の取れた動き。整った装備。もしこの大部隊が『M』だとしたら瑠璃也でも骨がおれるほどだ。瑠璃也は全力で逃げの姿勢に入ろうとする。だが。
「ん?あれは…」
見覚えのある顔を見つけた。それは部隊の先頭で、どうやら部隊を指揮しているようだった。それに気づいた瞬間、車のドアがガチャリと開く音がした。
ゾッとする背筋。内部に敵を侵入させてしまったのかと焦りを覚える。しかしその侵入者は律儀に『お邪魔します』と言ってきたのだ。しかも、聞き覚えのある声で。
「待て、知り合いだ」
臨戦体勢に入っていたラーマとアダムをなだめる。翠沙も瑠璃也と同じでそれが味方だと判断したようで、冷たいお茶の用意をしていた。瑠璃也は未だに姿の見えないその侵入者に、すこし苦笑いを混ぜた口調で語りかける。
「タチが悪いぞ、遠士郎」
「このご時世ですから。お久しぶりです、瑠璃也君、翠沙さん」
「ああ、久しぶりだな」
「久しぶり、桐谷くん」
ようやく姿を見せた遠士郎は戦闘着に着替えていた。それを見て、やはり前方の部隊はもう一人の友人が指揮しているのだと確信した。
「それで、こちらのお二方は?」
「道中で一緒になってな。女の子の方がラーマ、ラーマの兄のアダムだ」
「そうですか。初めまして、瑠璃也君の親友の桐谷遠士郎です」
お互いに少しだけ挨拶を交わす。だんだんと大部隊に近づいていたためだ。そして完全にぶつかったとき、部隊を指揮する者が手を上げ待機命令を出した。瑠璃也は車のドアを開け、その人物を迎え入れる。
「久しぶりだな、重三」
「よ!元気してたか、瑠璃也?翠沙ちゃんも久しぶり」
「久しぶり、久和くん。これ、久和くんの分」
「お、サンキュー!」
と、翠沙が入れたお茶を受け取って机に置いた重三。瑠璃也一行と対面するように遠士郎と重三が座っている形だ。
瑠璃也はまず最初に気になったことを聞く。それはもう十中八九、重三が率いていた部隊のことだ。
「あれはなんだ?」
「地球防衛連合軍の俺の部下達。これ以上『黒』に好き勝手させないように、南アメリカ大陸を守るってことでな」
「もう手遅れな気もするが」
「そりゃ言っちゃいかんよ。それで、瑠璃也達はどうしてここに?」
「『黒』が緋音を拐って、俺らは『黒』を追ってるって連絡はしただろ?」
「なるほどな。ま、高確率でここを襲撃するわな」
重三が暗い顔を見せる。『黒』はなぜか、瑠璃也を避けるように大陸を襲っていて、瑠璃也がいる場所は大概襲われた後か大分前だった。それゆえにこの旅のなかで地球防衛軍と接触することはあっても、そのなかでもかなりの地位にいるであろう重三の部隊とは一度も顔を合わせていなかった。
つまり、重三は常に最前線で部隊を率いていたということだ。ということは、この現状、重三は何度も大陸を守り切れなくて撤退を繰り返しているということになる。
「ちょうどいい、か。重三。協力しよう」
「マジか!?いいのか?」
「ああ。どうせ俺たちも『黒』と当たることになる。別々に当たるよりも一緒のほうがやり安いだろ?」
「もちろん!…だが、部隊の全員を納得させないといけない。一度俺と模擬戦をしてくれないか」
「俺とだけでいいのか?」
「ああ、それで全員納得させる」
「そうか。それじゃ、1時間後に」
「おう!邪魔したな」
「それでは失礼します」
そう去ってく重三と遠士郎に渡されたコップの中身は、一ミリも減っていなかった。
一時間後。瑠璃也と重三はそれぞれ向かい合う形で、百メートル間を開けて位置に着いていた。重三の流れ弾を防ぐように、遠方から見守る部隊には防護障壁が、翠沙達にはアダムの障壁が展開されている。開始の合図は重三の任意で、銃はいつかの夏休みに使った訓練用、もしくは遊戯用の銃、そして銃弾だ。
搦め手はこの障害物のない荒野では使えない。真っ向勝負、重三の有利な条件だ。
パンッと空薬莢で合図が鳴る。その瞬間に瑠璃也は大きく側宙を四連続、繰り返す。その間に瑠璃也も攻撃しておいたが、その場にはすでに重三の姿はなかった。そして瑠璃也が先程までいた場所には一瞬で二十発もの弾が通過した。しかもその弾丸はいまもまだ、移動する瑠璃也を追ってきている。
「銃撃戦は不利なんだけど、な!」
肉薄する瑠璃也。重三は銃撃戦だけでなく肉弾戦も一級品だが、少なくとも銃撃戦よりはマシだと瑠璃也は考えている。近づくのは容易ではなかったが、なんとか迫る銃弾をかわしきることができた。
右側面から胴に蹴りを一発。重三は迫る脚を潜って瑠璃也の軸足を崩しに掛かる。瑠璃也はその攻撃を跳んで回避し、一回転、右ストレートで殴り掛かる。しかし重三は瑠璃也の拳を平手で受け止め、さらにはそのまま背負い投げを図った。空中にいた瑠璃也は踏ん張れないと見るや背負い投げをそのまま受け入れる。が、そこで終わる瑠璃也ではない。地面に打ち付けられる寸前、両足で大地を踏みしめ、重三を背負い投げ仕返した。だが重三も重三で瑠璃也が可愛らしく背負い投げされるとは思ってもいなかったので、重三はそのカウンターに反応しきって、投げられるときに大きく跳ね、空中で瑠璃也の体を脚で捕縛し体を捻り、寝技に入る。だが瑠璃也も重三がそんなに柔ではないと分かっていたのですぐさま拘束を解いて三メートル離れた。
「衰えちゃいねぇな、瑠璃也」
「それはこっちのセリフだ、重三」
お互いにお互いのことを信頼している。本番はここからだ。




