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輪廻巡る月夜の果てに  作者: 中沢文人
プレリュード
9/131

前奏曲

被るところは変化させています。それは読者様を飽きさせないためであり、また登場人物の工夫です。

前奏曲


チリリリリリと鳴る目覚まし時計の音を消す。いつもより早起きしているが、やはり目覚まし時計の音が鳴る時間を体が覚えているのだろう。もはや習慣づいた行動だ。


「おにいちゃーん!朝だよー」

「あぁ、いま降りる」


瑠璃也は慣れた手つきでネクタイを締め、階段を降りてゆく。昨晩は早めに寝ていたので今日はいつもよりも2時間ほど早く起きれたほどだ。頭は冴えきっている。


「あ、お兄ちゃん降りてくるの早かったね。いつもより早く起きたの?」

「2時間ほど前にな。そういう緋音こそ少し早くないか?」


瑠璃也の妹、緋音は朝食の準備を終え、エプロンを脱いでいるところであった。早起きしなければ見られない光景だが、瑠璃也は別段珍しげにみることもない。エプロンを脱ぎながらも振り向き様にリボンを咥えて髪を結んでいるところを見る限り、悠長に髪をセットする時間もないようだ。


「うん、生徒会でやることがあってね。早く学校に行かないといけないからお兄ちゃんと一緒にご飯食べられないって思ったんだけど、大丈夫そうかな?」

「あぁ、そうだな。一緒に食べようか」


そうしていつもより早い時間にいつも通り朝食を食べる。日常と化したものはもはや貴重でもなんでもなく、しかしだからこそ欠け替えのないものということを知らない。


食事を済ませた瑠璃也と緋音は荷物も持たず早々に家を後にする。今日が入学式だからだ。授業もなければ中高一貫校なので目新しいこともない。あることといったら新入生がいるのと教室の場所と席が変わったくらいで、新入生に贈り物をするほどの知り合いがいるわけでもない瑠璃也と緋音は完全に手ぶらだ。


「あ、るーくん、緋音ちゃん、おはよー」

「おはよう翠沙。タイミングがいいな。いま出るところだ」

「翠沙お姉ちゃんおはよ!」


朝の迎えであろう瑠璃也の幼なじみで彼女の翠沙がタイミングよく家の門をくぐってきた。瑠璃也と緋音は少し早い時間だが翠沙はいつも通りの時間だ。そしていつものように3人で登校する。


「今日から2人も高校生だね~いいなぁ。私ももう少し産まれるのが早かったら一緒の学年だったのに…」

「私は緋音ちゃんが妹でよかったと思うな。だってこんなに可愛いんだもん!」

「ちょっと、翠沙お姉ちゃん苦しいよ~」


翠沙が緋音に抱きつくが、その胸が緋音の頭を埋もれさせた。軽く凶器だ。緋音はじたばたともがくが、しかし翠沙が離さない。なんとかそこから抜け出した緋音は息を途切れ途切れにさせながらも翠沙に一言文句を言った。


「もう!翠沙お姉ちゃん、もう昔みたいにハグするのやめて?昔よりも格段に胸がおっきくなってるんだから窒息して死んじゃう!」

「えぇ~。緋音ちゃん、ちっちゃくてついつい衝動が抑えられないんだけど、もう潮時かぁ」


こういう時に余計な一言を入れるとなにがあるか分からないというのは世の男性の大半だろう。そんな大半の1人である瑠璃也はもちろんこの会話はスルーだ。


「お兄ちゃんからも翠沙お姉ちゃんに何か言ってよ~」


しかしこの様にしてふられるとどうしようもない。


瑠璃也は仕方なく、なけなしの脳ミソを使い無難な言葉を紡ぐ。緋音からの批判が飛ばず、かつ翠沙に嫌な気持ちを抱かせない言葉だ。


「ノーコメントで」


そう、臆病な瑠璃也は逃げたのだった。




「そうそう。今日は習い事無いんだよね~」


緋音が不意に話題を出した。その一言に瑠璃也は驚く。


「そうなのか?てっきりいつも通りに今日もあるのかと思っていたが」


瑠璃也は翠沙と緋音のスケジュールを大体把握している。というのも幼いころから一緒に暮らし、そのほとんどが同じスケジュールだったためだ。今日の習い事は女性ということで2人はまだ習うことがあるようで続けているのだが、瑠璃也は男性なので家に決められた習うべき事は全て終わっている。


「なんかね、理由はわかんないけど無くなったんだって。だから今日は3人で帰ろ?」


と提案する翠沙。高等部と中等部へ別れていると言っても校舎は同じで、違うのは校舎の東側か西側かだけだ。東側が高等部、西側が中等部だ。よって別れていても一緒に帰るというのは難しくない話なのだが。


「あ、ごめん翠沙お姉ちゃん。今日生徒会で入学式の後片付けとかあるから少し遅れるの。良かったら先に帰ってて」


立場が違えば帰る時間も違う。特に緋音は中等部の生徒会長ということもあってやる仕事もたくさんあるのだろうし、緋音自身が面倒見の良い性格なので困っている生徒のことを手伝ったりとなんだかんだしているのだろう。


「っとと。ごめんあともうちょっとで学校だけど、少し時間おしてるから先に行くね!また後で!」

「おい!そんなに急ぐと転ぶぞ…って言わんこっちゃない」


急ぎ、振り返りながら走り出そうとした緋音は何かに(つまず)いたのか転んでしまう。緋音はあまり運動神経も良くなく(まぁ悪くもないのだが)、たまに転ぶことがある。低身長、面倒見のよさ人当たりのよさなどの性格面、さらにこのドジ属性とやらも相まって学校では神聖なる天使妹と呼ばれているほどなのだが。


「いたたたた…転んじゃった」

「大丈夫か?怪我はないか?」

「うん。タイツにも穴は空かなかったみたいだから大丈夫!じゃ、先に行ってるね!」


とこのように不思議と怪我をしないのだ。




教室に入ると来る時間が少し早かったのか人影はまばらであった。いつもより1時間程度早く来ているのだから当たり前だろうが、しかし驚くべきはそれでも来ている少数だろう。まぁ今日は瑠璃也達もその少数に入るのだが。


瑠璃也は翠沙と同じクラスであった。中学1年、2年、3年と同じクラスであったがまさか今年もそうであるとは。薄々勘づいてはいたがやはり学校側が仕組んでいるのであろうか、と瑠璃也は考えてしまう。


「よ!瑠璃也。今日はいつもより早いな。今年もお前と同じクラスだとはな。遠士郎も、よろしく頼むぜ」

「いつもいつもどうして校門前でばったり久和君と会ってしまうのでしょう…まぁ3人とも、よろしくお願いしますね」


そして仕組んでいるのかと疑ってしまう要因2号と3号、もとい中学生活3年間ずっと同じクラスであった久和と桐谷が教室に入ってきた。ちなみに、桐谷は中学からの親友だが、翠沙と久和は小学校も同じで、久和とは小学生からの付き合いだ。そして、翠沙も久和も小学生活6年間、ずっと同じクラスだったりする。本当に仕組まれているのではないか、とか高校生活も3年間3人一緒なんだろうなと勘繰ってしまう瑠璃也。


それからしばらく3人で駄弁った後、(これまた中学3年間同じクラスの)委員長の号令により皆体育館へと集まるのであった。




祝辞やら来賓紹介やらはどうしてこんなにもつまらないのだろうか。いっそ寝てしまいたいが、早寝をしたせいで寝溜めゲージは0に近く、2度寝感覚でもいつもより2時間早く起きてしまったせいで頭は冴えていてできそうもない。早起きは3文の得、というが、得ではなく損だろう。本当は早起きは3文の得があるではなく早起きは3文しか得にならないという意味だったりするのだが。


そう瑠璃也は内心愚痴る。横目で周りを見渡せば久和は爆睡しているようだ。桐谷も目は開いている…かどうかわからないが寝ている気配はする。桐谷自身、特技の1つが目を開けながら寝ることと言っていたが、影が薄いので寝ているかどうかもわからないほどなのだ。翠沙の方を見てみると、さすが優等生というほどに背筋を伸ばして真面目に聞いている様子。他には寝ているのが大半で、真面目に聞いているのは委員長などの極少数であった。その極少数に入ってしまったという事実に瑠璃也は少し悔しがる。


「中等部生徒会長より、新入生歓迎の挨拶です」

「はい。中等部生徒会会長の黒藤緋音です。新入生の皆さん、おはようございます。この度は、厳しい受験に打ち勝ち、この黒藤財閥系列、綾嶺(あやみね)高校にご入学、おめでとうございます。皆さんははれて、今日から綾嶺高校の生徒となります。綾嶺高校の生徒という自覚を持ち、社会を作る一員となれるように、共に励んで行きましょう。以上」

「中等部生徒会長、黒藤緋音様、ありがとうございました」


壇上に立ち堂々と挨拶をする緋音にいつもと違う印象を受けた瑠璃也は動揺してしまう。いつもは抜けているのに、生徒会長という役で公然に出る緋音はその抜けた感じが一切ないのだ。兄としては嬉しくも、どこか寂しい印象を受けるのであった。

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