円舞曲
囲んでいたのは四足歩行型の獣。最近では見飽きた犬のような獣だ。その厄介なところは操られている癖に集団行動が得意で、連携して獲物を狙って襲いかかるところ。しかし流石にもう何十回も襲われているとなればその対処も効率的になっている。
まずは翠沙が先頭の獣を弓で射抜いて出鼻を挫き、瑠璃也が突る。出鼻を挫かれた獣は残された狩猟本能のままに、群れから離れた個体を狩りに群がるが、飛びかかってきた獣を瑠璃也は慣れた手つきで処理する。こいつは危険だと生存本能ではなく狩猟本能で判断した獣は離れた位置の翠沙へと向かうが、翠沙にたどり着くまでに全て射抜かれる。
もはや何度も繰り返したことだが、今回はそれだけでは終わらなかった。いつもは七~八体くらいの一つの群れが襲いかかってくるのだが、今回はどういうわけかその群れが複数あるようで他の群れが先ほどの攻防で警戒心を懐いたのか様子見するように瑠璃也達を見ていた。
そこで瑠璃也達は気づく。ここから少し離れたところで、戦闘音が聞こえることに。しかもどうやら、襲われているのは人。しかも圧され気味なよう。瑠璃也と翠沙は目を合わせ、同じ気持ちだということを確認した。
戦闘現場に行くとそれはそれは、絶体絶命のピンチであった。崖っぷちとも言うだろう。襲われているのはアラブ系だと思われる二人…いや、もともとは六人だったのだろうが、恐らく仲間だった四人が敵に、そう『M』となっていた。残る二人は犠牲になった四人に先に逃げろと言われ逃げたのだろうが、その英雄的行動虚しく敵に殺られ操られて追う側へと回ってしまっているのだと瑠璃也は判断した。相手が力のある超能力者だったら厄介だなと思いつつ瑠璃也は二人の前に出る。二人はどうやら男女、顔が似ていること、男のほうが女の方より顔立ちが大人びている、がまだ若いことから男が十七歳、女が十四歳くらいの兄妹だと予想した。
女のほうは戦闘に向かないというか旅に向かないような装飾の多い服を着ていて、男の方は逆に女の護衛と呼べるような服を着て武器も持っている。女は座りこんで手を握り合わせてなにやら祈りを捧げているような様子。男は仲間に攻撃をしたくないのか焦りを顔に浮かべ、手が震えていた。
とりあえず瑠璃也は男に攻撃されないように一度大きく声をかけ、二人を背に、敵に立ちはだかった。
「黒藤瑠璃也だ、下がってろ!!」
「――っ!!感謝する!」
兄妹とおぼしき二人は大人しく離れたところに引き下がり、翠沙が二人を守るように立つ。それを感じ取った瑠璃也は翠沙を呼び、翠沙もその意図を読んで行動した。
「翠沙!」
「いくよ!」
翠沙が日本の矢を別々の方向へと放つ。その矢と矢は縄で繋がっており、放たれた矢は操られた四人へと迫った。しかしそれだけでは縄で捕縛できないため、瑠璃也は矢を念動力で操って四人を縛り上げた。敵の超能力で抵抗されはしたものの、どうやら『M』となっていても瑠璃也ほど強い超能力を使えるわけではなかったようだ。あとはじっくり料理するだけ。瑠璃也と翠沙は残る月操獣を片手間に処理した。
戦闘が終わると、男が感謝を伝えてきた。
「助けてくれてありがとう。しかも危険なはずなのに、『M』となった俺達の仲間を殺さずに捕らえてくれるなんて。…もしやラーマ、まさか?」
「…うん、そうだ、そうみたいだよ!やった…やっと祈りが届いたんだ…」
女の方の名前はラーマと言うようだ。祈りというからには、見た目とやっていたことから察した巫女かなにかという予想は対して外れていないようだった。
「僕はラーマ。ラーマ・エンユ。助けてくれてありがとう。こっちは兄のアダム・エンユ」
「アダム・エンユです」
「そうか、俺は黒藤瑠璃也」
「私は白江翠沙、よろしくね。ところで二人はどうしてこんな危険なところに?」
軽く自己紹介を済ませ、翠沙が本題に入る。先ほど祈りが届いたとか言っていたがそれはどういうことだろうか。
「僕の主である『アウール』の御告げでね。ここに救世主である人物が通りかかるから、助けてやって欲しいって」
「なるほどな。それで祈りって?」
「文字通りだよ。どうか僕らが殺される前に、運命の人に会えますようにって世界の意思にお願いしていたのさ」
「運命の人?」
翠沙が聞く。翠沙はいつになく真面目な顔でラーマを見ていた。
「そうさ。この地球を救う救世主。それが僕が授かった御告げの、運命の人だ」
「そうか。それで運命の人ってのにはもう会えたのか?」
瑠璃也のその一言に、微妙な雰囲気が流れる。ラーマとアダムのえっという顔。そして、翠沙のじとーっとした目。瑠璃也はなにがなんだか分かっていない。そんな瑠璃也に、翠沙が助け船を出した。
「もう、るーくん。よーく考えて?」
「ん?……ああ!そういうことか」
「うん、そうそう」
瑠璃也がひらめいたと言う風に顔を輝かせて左の手のひらを右拳でぽんと叩いた。やっと気づいたかと翠沙が安心したのもつかの間、瑠璃也は思い至った想像を口にした。
「翠沙、弓師から救世主へジョブチェンジだな!」
「…はい?」
決して自分には世界を救うほどの力があるとは自惚れない男。人一人の力で世界をどうこうできるとは考えもしない男。自分は多くの人の支えで成り立っていると考えている男。それが瑠璃也だった。そんな瑠璃也に翠沙は呆れた顔でため息をついて、ラーマに目配せをして説明を促した。
「運命の人というのは君だよ、黒藤瑠璃也。君にはその力がある」
うんうんと頷く翠沙。しかし続いたラーマの言葉に、翠沙は内心荒れ狂う嵐を抑えつけるのに必死になった。
「君は『地球の使徒』という、僕の主『アウール』に選ばれた人間なんだ」
まさか、ここで『地球の使徒』という言葉を聞くとは思いもしなかった。
翠沙は頭を働かせる。何気ない一般人の、まぁまぁ特別な巫女だと楽観視していた翠沙は、認識を改めた。
瑠璃也を『地球の使徒』だと選ぶ。そんな存在は地球しかいない。そしてそんな地球を主だと言うこの少女ももしかしたら…
「ラーマちゃんも『地球の使徒』なの?」
「そんな、まさか。僕は『アウール』と意思疎通できるただの女の子さ。例えれば僕は、『アウール』の縮声器のようなもの。僕自身に一般人以上の力はないよ」
「だから俺が護衛についてるってわけ。本当はあの四人も護衛だったんだけど…」
「なるほどな。それで俺が『地球の使徒』って、どういうことだ?」
どうやらこの世界の瑠璃也は、地球との繋がりが思った以上に薄いようだと翠沙は安心した。
瑠璃也が過去の世界の記憶を持っていない時点で地球との繋がりが薄いということはわかっていたが、まさか地球が『地球の使徒』という繋がり以外の手段で瑠璃也に接触しなければならない、しかもこんな不確実な方法でしか接触できないなんて。
瑠璃也と地球の繋がりが深ければ深いほど、瑠璃也は地球の思い通りに動いてしまう。つまり、地球を第一とした行動をとり、その果ては自身を犠牲に地球を残して人類滅亡という最悪に近い結果だった。だから瑠璃也と地球の繋がりは薄くないといけない。緋音が求めるのは瑠璃也の幸せ。竜也が望むのは孫らの幸福。和也と未稀が欲すのは我が子が生きる未来。翠沙が救いたいのは瑠璃也と緋音だけだった。
「世間を騒がすウイルスが月からもたらされたというのは知っているだろう?『アウール』はこれを月からの侵略の初期段階と言っている」
「月からの侵略?地球に意思があるのもにわかには信じられないが、月がなんで地球を侵略するんだ?」
「とりあえずここで話すのはすこし危険だから、私達が移動手段に使ってる車にこない?」
たしかに、ここでは先ほどまで月操獣がいて、現に襲われていたのだ。危険性は十分にある。と、そのまえにラーマとアダムにはやることが、やらなければいけないことがあった。
「いままでありがとう。目的は果たせた。君達には多くのことで助けてもらっていたね。安らかに眠るといい」
「あの世であったら、またバカ見たいに騒ごう」
アダムが超能力で『M』となった四人を燃やした。ウイルスを完全に死滅させるにはこれが一番正確だ。そして炎というものは浄化という機能をもつとも信じられている。浄化の炎で浄化された魂は穢れなく、あの世へと送られただろう。