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輪廻巡る月夜の果てに  作者: 中沢文人
ワルツ
83/131

円舞曲

△▼


栗栖ちゃんはこの後用があるとかなんとかで帰ってしまったので、翠沙お姉ちゃんがやっと本題に入ってこれた。


「緋音ちゃん、実は、なんだけど」

「やっぱりなんかあって来たんだよね。どしたの?」


顔を俯かせる翠沙お姉ちゃんの頭を胸に寄せて、軽く撫でていく。やっぱり翠沙お姉ちゃんの髪は綺麗だ…っと、見とれてる場合じゃない。


「それがね…るーくんがまた変なこと言い出して」

「うんうん、それで?」


お兄ちゃんが変なことを言い出すのはよくあることだとしても、私も翠沙お姉ちゃんもそれに慣れきっちゃってるから変だと思うのは余程のことだ。だから私は身構えられた。身構えたうえで、意味が分からなかった。


「緋音ちゃんをアイドルにしてみるかーって」

「はへ?」

「緋音ちゃんをアイドルにしてみるかーーーーって」

「ど、どういうこっちゃ」


なんで、私が、唐突に、アイドル?プロデューサーはお兄ちゃん?


「栗栖ちゃんも天王寺君も頭いいでしょー?その栗栖ちゃんと天王寺くんだけじゃなくてさ、入試成績順の上位陣のほとんどが緋音ちゃんファンクラブの会員メンバーでさー。しかも栗栖ちゃんなんて緋音ちゃんと同じ学校に行きたいがために日本国籍とったって聞くじゃん?そんなに影響力高いんだったら大々的に売り出せばイケるんじゃね?って感じで緋音ちゃんアイドルにしようってさーるーくんが」

「意味わかんないんだけど」


なるほど、これは混乱してきた。たしかに変なことだ。これでもたぶん、翠沙お姉ちゃんなりに相当砕かれているのだろう。そんな情報を伝え聞くだけでも混乱するとは、翠沙お姉ちゃんの混乱は尋常じゃないはずだ。ここは一から整理しよう。


「まず今日のことを整理しよう。今日はお兄ちゃん、早起きしてたけど一緒に朝ごはん食べなかったから一緒に帰る可能性は無いわけで」

「あーうん。…うん?……ああ!そこからか!!」

「ええ??」


翠沙お姉ちゃんが預けてきてくれてた頭をガバッと上げて、合点がいってすっきりした顔で声をあげたことに私は余計、なにがなんだか分からなくなった。


「そこからどっちかっていうとどっちでもない状況があったんだ!!」

「えっっと?」

「今日の入学式ね、るーくん、緋音ちゃんの演説聞いてなかったんだけどさ」

「うん…」


私の演説を聞いていなかったということは、この世界はダメか…と、落胆した。しかし続く翠沙お姉ちゃんの言葉に、私はたぶん、翠沙お姉ちゃんより混乱した。


「でも起きてはいたみたいなんだよね」

「え?」

「でね、演説見てなかった理由がね、緋音がアイドルになった未来を想像してたらいつの間にか入学式終わってたって。大分意味不明でしょ?」

「大分意味不明っていうか大分イカれてるねそれ」


酷い言い様だけれど仕方がない。お兄ちゃんは本当に、それほど変なことを言って、変なことをしてきている。でも、それにしたって意味が分からなすぎる。この世界のお兄ちゃんはなにかヤっちゃってるのではなかろうか。


「これまでは入学式寝てるダメゼッタイで、起きてるイコール緋音ちゃんの演説見てた~だったけど緋音ちゃんてきにさ、起きてて見てないはどっち判定?」


なるほど…どっちかっていうとどっちでもないというのはそういうことか。

私は深く考えてみた。朝ごはんを一緒に食べなかった…一緒に登校しなかったということで一緒に下校することもなくなる。お兄ちゃんが早起きしないと一緒に朝ごはんを食べれない。朝ごはんを一緒に食べないということは入学式で私の演説を見なくなって私の優先度は最低な上にお兄ちゃんは何かに依存した人になっちゃって世界は救えなくなる。けれど今回はどうだろう?早起きしていたけれど、一緒に朝ごはんを食べなかった。一緒に登校することも無かったからお兄ちゃんは今日、私が習い事があると勘違いして先に帰るか重三さん達と寄り道するかもしれなかった。けれどいまお兄ちゃんは天王寺くんのために部活動を紹介してまわってて、いまはむしろ私がお兄ちゃんを待っている状況だ。非常に微妙なラインである。これから導かれる可能性はと言えば…


「翠沙お姉ちゃん。心して聞いてほしいんだけど」

「う、うん」

「この世界はもしかしたら、新しい可能性に満ちた世界なのかもしれない。だから私たちがどうこうするわけじゃなく、ひとまず成り行きを見てみよう。もちろんやるべきことはやる方向で」

「新しい…可能性?」

「そ。だから質問に答えるとしたら、やっぱりどっちでもないが正解かな?」


翠沙お姉ちゃんが考え込んだ。その表情はたまに見せるポンコツぶりからはかけ離れた表情だ。


「いままであまり深く考えてこなかったけど、もしかしたら入学式が大事なんじゃなくて入学式の後が大事なんじゃないかな?」

「それは、なんで?」

「いずれにしても、朝ごはんなり、早起きなり、一緒に登校なりさ。放課後一緒に帰るってことに繋がってるわけじゃん。重要なのは放課後。入学式の放課後誰と過ごすかで、変わってくるんじゃない?私と緋音ちゃんが一緒に帰る世界は無難な世界。私とだけ帰る世界は少し展開が激しい世界。私と緋音ちゃんどっちともと帰らない世界はすぐに駄目になる」

「ふむふむ…そう考えるともっと洗い出せることがあるかもね」

「どれだけ私が怠けてきてたか、よくわかるね…」

「それ、自分で言っちゃう?」

「あはは…」


私たちはもう少し深く、これまでの世界を分析しだした。


▲▽


「ただいま…って」

「しーっ。翠沙お姉ちゃん、寝てるから。少しだけ寝かしてあげて。お兄ちゃん天王寺くん、お帰り」


生徒会室に備え付けてある割りと良質なベッドに翠沙は寝ていた。その頭は緋音の膝に乗っている。寝息もたてない翠沙は緋音に頭を撫でられていた。

ベッドは会議用の机とは離れたところにある。ベッドは部屋の左隅にあるが、会議用の机は若干右端寄り。左端には来客用のソファーと机、数々のトロフィーなどがある。もちろん来客にベッドを見せるわけにもいかないのでベッドが置かれている近くの壁は一回転する回転ドアだ。一回転した先にも一応部屋があるが、そちらは完全に物置となっている。生徒会室内が外から見たときよりも小さく感じるのはこのためだった。一応、別室を除いても縦横二十メートルほどの広さはあるのだが。

俺と天王寺は会議用の机で翠沙達に一番遠い席に対面するように座った。


「で、どれが一番しっくりきた?」

「正直言って、ほとんどいまいちでした…」

「だろうな」


しばらく多数の部活動を見て回った瑠璃也と天王寺は部活棟備え付けのシャワールームで一度シャワーを浴びてから生徒会室内へと戻ってきていた。

動いていた天王寺はともかくなぜ瑠璃也までシャワーを浴びたのかというと、それはもちろん、瑠璃也も動いて汗を流したからだ。次々にベテランを追い抜く天才天王寺空少年の勇姿を見ていた瑠璃也は次第に体がうずうずして、結局三つ目の見学所であるバスケ部で乱入した。サッカー部見学の前に天王寺はもちろん着替えていたのだが、その後学食で昼食を済ませいざ野球部見学へ、とその前に瑠璃也も体操着に着替えたのだった。


「瑠璃也先輩とのサシ(1vs1)では全ての部活で楽しいと感じたのですが、他はどうも…」


大分瑠璃也と天王寺は打ち解け、今では天王寺が瑠璃也を呼ぶとき、黒藤先輩ではなく瑠璃也先輩となっていた。大分心を許している証拠だろう。

して、瑠璃也も天王寺と同じ悩みを抱えていたものだ。だからこそ遠士郎と重三には感謝している。彼らはどちらも達人で、瑠璃也に匹敵するほど身体能力が高く運動神経も高い。そんな同年代がいるからこそ瑠璃也は退屈をせずに済んでいるが、対し天王寺少年はどうだろう。聞けば数年前までVRゲームで遊んでばかりだったという。

現実では少しやり込めばすぐにライバルを追い越してしまう。しかしVRゲームではステータス、数値は全て均一。確率の神様に祈って欲しいアイテムをゲットし、強敵へと挑んでいく。一度ゲームをクリアしてしまったら、他のゲームに移ればまた最初から。データを消去してもいい。だからVRゲームは飽きることがない。本当に、昔の瑠璃也にそっくりだった。

だからこそ瑠璃也は遠慮せず、天王寺少年を自分と重ねて、悩みを解決する方法を授けることができた。


「それならどうだ、天王寺。俺らと一緒に帰宅部をやるというのは」

「帰宅部、ですか?」


天王寺が疑問を浮かべる。帰宅部というのは特定の部活動に所属していない人物たちの総称、通称だったはずだ。それで帰宅部に所属するかと言われても、本来帰宅部は所属するものではないはずだ。

そして、天王寺には瑠璃也がよくつるむ人物のことがわからない。そこまで調べているはずもなく、むしろ調べていたらストーカーと呼べるものだ。…いや、この天王寺少年。瑠璃也の妹である緋音に対しては似たようなことをしているが。しかしそれでもさすがに瑠璃也のことは調べていなかった。


「ああ、帰宅するまで、そしてしてからが本番の部活。それが帰宅部だ」

「なるほど…それと、俺らというのは?」

「俺の友人、親友とも呼べる存在だよ。久和重三、桐谷遠士郎。知ってるか?」

「桐谷先輩は知りませんが久和先輩は知ってます。たまに瑠璃也先輩と一緒に公式大会に出場してる方ですよね?」

「そうか、それ関係で知ってたか。まぁ帰宅部をやるかと言っても届け出は必要ない。放課後遊んで帰るかとかそんな感じだ」

「そうですか…なにか、楽しそうですね。誘ってくれるというのならぜひ」


嬉しそうな顔で爽やかな笑顔を浮かべる天王寺少年に瑠璃也はこいつ、タラシかと強く思った。


「ちなみに普段することと言えば寄り道するか家でオンゲくらいだが、夏休みになれば旅行に行ったりするぞ。重三、遠士郎はもちろん、緋音と翠沙も一緒だ。天王寺は面識ないと思うが中等部3年の相良冬迦もメンバーだ、覚えておくといい。生徒会の手伝いとかで面識ができるはずだ」

「相良先輩ですね、覚えました」

「ん…うん?あ、るーくんも天王寺くんも、お帰り」


ちょうど話が終わったところで翠沙が起きた。寝ぼけた翠沙が窓を見る。空は茜色に染まり、一番星が光っていた。


「わ、もうこんな時間!」

「そうだな。天王寺、これが俺の連絡先だ」

「あ、天王寺くん。これ、私の電話番号ね。生徒会関係で連絡することが頻繁に起こると思うから」

「あっ、黒藤先輩、瑠璃也先輩ありがとうございます!これ、僕の連絡先です」


連絡先を交換したあと正門前まで話ながら歩き、天王寺とはそこで別れた。家の方向が真逆だったためである。

瑠璃也は天王寺と別れたあと、黒藤財閥の瑠璃也が直接命令できる第八部署へと連絡を入れた。


「木場か。今年綾峰学園に主席入学した天王寺に護衛を付けろ…ああ、その通りだ…いや、栗栖のほうは必要ない。後ろ楯があるというのはお前らが調べたことだろう?……そうだ。しかし認識が甘いぞ。天王寺は黒藤財閥の利益になる人材だという枠組みでは収まらない。世界の利益になるだろう。覚えておけ」


そこで瑠璃也電話を切ったこれでよし、と瑠璃也は緋音、翠沙と肩を並べて、家路を歩いた。

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