序奏曲 end
序楽曲
『南極北部地中深くにて、未確認生物の死体が発見されました。これは5億年前、南極大陸に生息していた原初の哺乳類と新たに発表され、現在調査を進めています』
「へぇ~たしかいままでは一番最初の哺乳類って、約2億年前だったよね?」
「あぁ、たしかそうだな。5億年前とか、約2.5倍だぞ…」
…たしかライドトゥーザムーンオンライン…長いからRTTMOでいいや。RTTMOも南極関係が設定に含まれていたような気がしたんだが…
「あ、そろそろお風呂入れるよ」
「そうか。先入っていいぞ」
「どうせなら…一緒に入る?」
「冗談」
「もう、私は気にしないのに。むしろ本気だよ?」
「いいから行った行った」
「むぅ…思い出作りくらいさせてくれたって…」
「ん?なにか言ったか?」
「なんでもなーい」
緋音がすこし暗い顔で風呂場に向かっていく。そしておもむろに振り向き…
「あ、わかったお兄ちゃん。私が入ったあとのお風呂のお湯を飲もうとしてるんでしょ」
「いいからさっさと行けよ!?」
「はぁ、なんで緋音はあんな風に…学年が違うだけで本当は一卵性双生児なんだけどなぁ」
瑠璃也と緋音は双子だ。学年が違うのは、瑠璃也と緋音の産まれたタイミングが違ったためだ。ちょうど年度変わりを挟んで産まれてしまったため、学年が違う。緋音も本当は、瑠璃也と同じ学年だったはずなのだ。
とすこし感傷に浸っていると、電話端末から着信通知が来た。
「重三から電話か。もしもし?」
『もしもし、瑠璃也か?』
「おう、要件は?」
『いやな、ライドトゥーザムーンオンライン…RTTMOでいいや。RTTMOについて少し調べたんだよ』
「ほうほう、それで?」
『これがな、少しきな臭いんだよな。遠士郎も交えたいから電話するぞ』
「あぁ、テレビ電話にするか」
AR機能を使ってテレビ電話も脳内だけでできる。脳内チップ様々だ。
『OK…もしもし遠士郎?』
『はい。どうしました?』
『わかってんだろ?すり合わせをしたいんだが、テレビ電話でもいいか?』
『分かりました』
「よし、で、調べた結果は?」
『あぁ、怪しいとまでしか言えないが、俺に隠していたとなると黒だな』
『えぇ。こちらもそのような判断に』
『まずは…列強じゃない国も交えて各国首脳会議を開いた形跡がある。しかも俺らに感づかれないように、首脳代理の代理の代理を用いた会議だ』
『それも国連参加国だけではなく、未参加国まで』
「ということは?」
重三が少し冷や汗をかいた顔に苦笑いを浮かべ、どうしようもない、というような態度で手をあげる。
『ははっ、要は世界規模だってことだ』
『まぁ首脳会議だけでそう決めつけるのも早計ですが…ここに、その首脳会議で出た話をメモした紙の写しがあります』
遠士郎が細かいことを書かれた紙をペラペラと降る。
秘密裏に行われた首脳会議。世界規模の隠し事。嫌な予感しかしない。
『ほんとすげぇなお前ん家。それ最高機密なはずだぞ』
『では読みますね…』
『ちょっとまったぁ!!!』
「うお、どうした葵木」
急に乱入してきた葵木の大声が耳元で響き渡り、耳がキーンとする。そして葵木が焦ったように続ける。
『この会話、盗み聞きされてるかも知れないんだよ!?』
「俺らがそんなヘマすると?」
『あぁ、俺の方でちょちょいと暗号化してるぜ』
『でも私に聞かれてた訳だし…』
『あぁ、それなら葵木は受け付けるようにしてるだけだぞ?ハックするときに苦労したか?』
『罠かなぁって思ったら…なるほど』
葵木が少し嬉しそうな声で『仲間…仲間…ふふっ』と言ってるが瑠璃也達は無視。
『では話を続けますね。首脳会議で出された案は…南極大陸への兵力全面投入、そして南極大陸周辺国の隔離に加え…地図上からの抹消です』
「なっ!?」
『うそだろおいおい…』
『う、裏ではそんな事に…』
放射線に対し耐性を得ている人類でも、さすがに生身で核爆弾の熱量を完全に無力化できるほどではない。そして、放射線が他の生物の遺伝子に更なる影響を与えないかどうかは未知数だ。それゆえに、いまだに核爆弾は脅威と言える。
『えぇ、日本とアメリカは合同で大量の水爆を作成中、ロシアは放射線中和兵器を。イタリアイギリスフランス、その他は南極大陸周辺国へ牽制です』
「ちっ、ということは…南極大陸で侵食ウイルスが出たというのは本当か。ということはDAVEは実在すると?」
『そうなるね。現に私、いまDAVEをハッキングして操ってる訳だし』
『仕事が早いな。よし、見せてくれ』
画面が切り替わり、DAVEの周辺景色だと思われる太平洋上のどこかの島が見える。
『たぶん、もうすぐライドトゥーザムーンオンライン…RTTMO…RTTMOで出動命令が出ると思う。出動先は南極大陸』
「侵食ウイルスは生物を侵食すると。だから機械のDAVEやFAUS、JUSTICEなんかは侵食されないということだな」
『うん、周辺にはFAUS、JUSTICEっぽい機体もある。たぶんこれ…特別殲滅部隊のだとおもう。』
『そうですね。特別支援部隊、特別救援部隊は別の島ですか。ログアウトしたままのプレイヤーはおそらく…人工知能が操作するのでしょうね。プレイヤーの思考をインストールした人工知能が』
『あぁ、俺達は心配ないぞ。いくら国の権限だからって、俺にまで隠していたんだ。俺らのプライバシーくらいは守ってもいいよな?』
『それについては私も、AIプログラム作ったからそれを瑠璃也くんたちが操るはずの人形に入れてくれれば問題なく動くと思うよ』
「あぁ、ありがとな、重三、葵木」
『ふふ…ふふふ…仲間っていいなあ』
ふむ…南極のことはいいとして…
「なぁ、水爆…どうするか」
『そうだな…すまん、それは俺の力ではどうにもならない』
『僕の方も全国の首脳を一斉暗殺したら世界が終わりますし、手に終えません』
『私は発射ボタンをハッキングして飛ばすのを防ぐことはできるけど…それならDAVEとかにに持ってかせると思うから時間稼ぎにしかならないよ』
「ふむ…なら俺が一皮脱ぐか」
『おっ、久しぶりに瑠璃也…黒藤家の本気を見れるわけか』
『えっ、どういうこと?』
『まぁまぁ、それは一月もしたら分かることです』
『え~すごく気になる…』
さて、それじゃ早速行動をしますかね。と、瑠璃也は張り切るように意気込む。
「それじゃ、今日のところは解散で。みんなありがとうな。重三と淵士朧はこれまで通り情報を集めておいてくれ。葵木ももし俺が失敗した時の保険として構えておいてくれよ」
『わかった』
『ほんじゃ、またな』
『えぇ、また明日』
通話を切り、瑠璃也はある人物へと電話をかける。
「もしもし?父さんか?」
瑠璃也の父親。つまり、黒藤家当主。それは、世界を牛耳る黒藤財閥の当主ということでもある。
『どうした瑠璃也?って、ちょま……もしもしるー君?』
「母さん。こんばんは」
『えぇ、こんばんは。どうしたの?珍しいわね』
「いや、少し動こうかなと」
『ちょっ、大事な話なんだろ、瑠璃也から電話かけてくるくらいなんだからな。もしもし瑠璃也?動くんだな?分かった。気を付けろよ』
「あぁ、当然だ父さん。またな」
『あぁ、元気にしちょっま…またね、るー君!!』
通話を切り、瑠璃也は久しぶりの大仕事に首を鳴らして意気込んだ。
父親に許可は得た。全力で動かなければいけない状況でもある。こんな大舞台、久しぶりだ。
「あ、お兄ちゃん。お風呂上がったよ」
「おう、いま行く」
着替えを持って風呂場に行く。更衣室で衣服を脱ぎ、脱ぎ捨ててある…この白いワイシャツに水色の下地に白い水玉模様の下着は…緋音のだ。はあ、と瑠璃也は先ほどまでの意気込みが抜けるようにため息をついて、脱いだあとの衣服は洗濯機の中に入れろと何回言えば分かるんだと内心緋音に文句を言う。
「おい緋音!脱いだ物は洗濯機の中に入れろと言っているだろう」
「あ、ごめんお兄ちゃん!すっかり忘れてて…使ってもいいんだ……よ?…って、お兄ちゃんこそ服着て呼んでよ!?」
「あぁ、すまん。まさか入ってくるとは思ってなかった」
「ふ、不意にそういうことされるとどういう反応すればいいか分かんないよ…もう、これからは気を付けてよね!」
「まずは脱いだ物を洗濯機に入れるようになってからだな」
「むぅ、お兄ちゃんの意地悪」
ふぅ、それじゃ体洗って湯船に浸かるとでもしますかね。
シャワーから湯を出し、体を洗う。風呂関係でもやはり、現代は全自動で体を洗う機械等があるが、緋音曰く、機械じゃ肌がデリケートな私に合わせた力加減ができなくて痛いの!とのことだ。まぁ一理ある。
「はふぉ~」
やばいやばい。ついつい変な声が出ちゃうんだよな。だがこの…五臓六腑に染み渡る感覚。気持ちいいんだよなぁ。
一旦落ち着き、そして思考は沈む。深く、深く沈んで水に溶けていくような感覚に陥る。集中して、これからすること、するべきことを考え、シミュレーションしていく。
「もう30分経ったのか。そろそろ出るか」
湯船の栓を引き抜き、湯を流す。体を拭いて衣服を着て、部屋に戻り瑠璃也1号を起動させ中に入った。本来ならいますぐにでも行動しなければならないのだろうが、動くにも足元も固めておかなければならない。それに、せっかく葵木が作ってくれたのだ。
と、瑠璃也はAIを人形にインストールするためにRTTMOにログインした。
「ライドトゥーザムーンオンライン、ログイン」
起動音が鳴り、『ようこそ、Ride to the moon onlineへ!』という音声が聞こえた瞬間、視界が暗転した。
「おかー」
第23中隊に出迎えられながら上体を起こす。時刻は21:56分。時間は1時間ほど余っているが、それは第23中隊の集まると決まった時間だ。
「皆早いな」
「まぁメシと風呂だけだかんな」
適当なところに座り、もう一度プレイヤーを見る。外見、肉感などは現実となんら変わらない。話す時の筋肉の動きも違和感がなく、声も機械的な物ではなく、肉声のように潤っている。表情筋も顔にきちんと影を作り、不自然なところはどこにもない。しかし相手を人形だと認識すると、球体関節が覗く、顔のない人形へと変わる。不思議な物だな。
「そろそろ施設の内部構造を把握しとくか?」
「だな。内部兵器・外部武装取り付け申請所もどこにあるか把握しておきたいしな」
ワームが提案し、ギリギリデスメタルが賛成する。第23中隊のメンバーも異論は無いみたいだ。
瑠璃也たちも、AIのインストールに数時間かかることを確認したため、ワームの提案に乗る。
「よし、動くか」
俺達は立ち上がり、部屋を後にした。
「ほぇ~結構でかいな~」
「そりゃまぁ、一応DAVE保管庫もある拠点だからな。」
施設内をさ迷うこと10分程。俺達の視界には巨大な工場があった。声は騒音で掻き消され、周囲はロボット達がせわしなく動いている。ここには人は存在せず、DAVEのものであろうパーツが作られていた。入り口近くにはカウンターがあり、そこで外部武装や内部兵器の申請をするのだろう。
瞬間、館内に大音量の放送がはいった。
『緊急指令!緊急指令!月からの攻撃を確認!各員、直ちに戦闘配備!繰り返します。月からの攻撃を確認!各員、直ちに戦闘配備!目標は南極大陸。速やかに殲滅行動へ移られよ!』
なんだなんだと戸惑う第23中隊。だが、瑠璃也とクワガタ、タクロウだけは落ち着いていた。そこに脳内に通信が入る。おそらく葵木のものだろう。
『ねぇ瑠璃也君…もう、核発射対策って…してるわけないよね……?』
どういう意味だ?と瑠璃也は訝しむ。そして、最悪の答えが帰ってきた。
『日本とアメリカから、全世界にかけて、地球から陸地を無くすほどの核が発射されたみ……――――』
動く間もなく。意識は途絶えた。もう少し猶予があったと思った時間は、実際には既に無くなっていた。…いや、先ほど無くなったというべきか。
それから間もなくして、日本は日本自身が射った核によって地上ごと蒸発するのであった。それはもちろん、翠沙や緋音、久和や桐谷も。そして、その後、世界ごと、その存在が消えた。
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ザクザクザク。地獄へと成り果てた世界に1つ。動く影があった。大気中に入り交じる汚染物質と塵とが舞い上がった世界は薄暗いはずなのだが、地上を覆う業火によって地上は外から見れば明るく、地表の温度は温度は軽く一万度を越えているはずだ。そんな地球に影があるのはおかしい筈なのだが。
「またか…哀れな奴め。まぁ、毎度同じ行動をしておる儂が言うのもなんだがな」
影は塵に隠れ、何処へともなく消えていった。空に一迅の風を残して―――
序楽曲end オーバーチュア
以上で導入は終わりです。