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輪廻巡る月夜の果てに  作者: 中沢文人
ワルツ
78/131

円舞曲

○◎●

「ん…ここは?」


目が覚めると視界に映ったのは見慣れた天井。どうやら自室のベッドで寝ていたらしい。

昨日の事を思い出す。現実のことだったのかと確信を持てずにいるが、手に握っていたそれを見て、私は安心した。手には純白に輝くひし形の宝石のようなものが握られていたのだ。鋭角の一つに小さな穴が空いている。好きなように使えということだろう。

ありがとう、おじいちゃん。

時刻は朝四時半。これから私は、私の時間は進み出す。まずは緋音ちゃんが持つ『月の使徒』をどうしたら私へと返還できるか。それをなるべく早く調べないといけない。

私は入学式の前に痛む体を軽く伸ばすため、ジョギングすることにした。

この世界はもう救われない。けれどもっと有用な使い方ができるはずだ。


●◎○


懐かしい夢を見た。けれどそれが何だか思い出せない。小さい頃の夢だったかもしれない。いや、違う世界の未来の夢だったかもしれない。ひどく、ひどく曖昧だ。いまもう既に、見た夢の大半の記憶が消えかかっている。


「っつう、頭痛がするな。いま何時だ?」


時計を見ると、朝の四時半。いつもより二時間も早い時間に目が覚めてしまったようだ。 二度寝する気分にもなれないし、なにかをするにも微妙な時間。そこで瑠璃也は頭痛を解消するため、少し外を走ろうと決意した。しかし家の門を開けたところで思わぬ先客に出くわした。


「あっ」

「おっ」


先客は軽くストレッチをしていた翠沙だった。瑠璃也に背を向け座っている翠沙は足を広げて右足の方に体をペタりと倒している。その状態で翠沙は顔を瑠璃也に向けていた。

翠沙のぎこちない動きから、体が少し固まっている様子。昨日のことがあったからか少し気まずい雰囲気があるが、瑠璃也はそれも気にせず翠沙に話しかけた。


「翠沙もか」

「あ、うん。るーくんも?」

「ああ。少し早く起きてな。そのせいか少し頭が痛いんだ。そこで気晴らしに」

「偶然だね。私も早く起きちゃって。昨日は激しい運動したから全身筋肉痛で」

「昨日っていうと、あのあとか?」

「あっ…うん、そう…」


さらに気まずい雰囲気が流れる。あのあとというのは十中八九、瑠璃也の告白ともいえない告白のあとのことだ。

瑠璃也はスタスタと翠沙の背後へと周り、その背中に両手をつけ、軽く押す。


「んっ、も少し」

「はいよ」


ぐっぐっと勢いをつける瑠璃也。やっていることは完全に恋人のそれだが、これでいて翠沙は先日の瑠璃也の告白に断りをいれているのだ。

しばらくストレッチをしていると満足したのか、よしと声を上げて瑠璃也の方へと向き直した翠沙。


「るーくんも」

「頼む」


今度は瑠璃也のストレッチだ。翠沙が瑠璃也の背中に触れ、背中をぐっぐっと押す。体が柔らかすぎると満足するストレッチを一人ではしにくくなるのが難点だ。

ひととおりストレッチをし終えると、よしと軽くジャンプして見せる瑠璃也。


「そんで翠沙はどれくらい走るつもりだ?」

「んー、体を馴らすだけだからそんなハードなのは想定してないかな」

「なら外周10の5分、3セットでどうだ?」


瑠璃也の言う外周というのは瑠璃也の家と翠沙の家の外周を合わせたものを言う。長さで言えば約一キロメートル。合計十キロメートルを五分で走り、休憩を挟んで三セットやるという意味だ。超能力によって身体能力が上がっている現代人においても、これは重めに入る運動量だった。しかし瑠璃也も翠沙も常人の身体能力より優れている。そして走り慣れてもいるコース。これは軍人からしたら十分軽めに入る部類の運動だった。


「ふう、だいぶ体が軽くなったよ」

「俺もそうだな。登校は一緒だろ?」

「うん。私は家で朝ごはん食べるよ」

「そうか。なら7時に合流だ」

「オッケー。それじゃ、またね」

「ああ。また」


瑠璃也が家に戻ると、朝食を終えた緋音が見えた。なぜこんな時間にと疑問に思ったが、そういえば今日は入学式だったと思い出し納得した。


「生徒会か?」

「そ。でもお兄ちゃんは?翠沙お姉ちゃんと一緒に外走ってたみたいだけど」

「早くに目が覚めてな。気晴らしに外に出たら翠沙が居たんだ。ついでに一緒に走るかって」

「ふーん。いつも通りみたいだね?」

「そうだな」


昨日のことがあったからといって、瑠璃也から翠沙に対して変える態度というものはない。翠沙のほうは少しぎこちなかったが、瑠璃也からすれば翠沙と緋音は一緒に居て当たり前の存在。緋音は妹として。では翠沙は?瑠璃也はその関係に定義を付けようと、『結婚するか』と言ったのだった。それ以上の深い意味はないため、断られたからといって特段思うことはない。瑠璃也からすれば名付けを否定されたと同義。それで気まずくなることもないのだ。


「それじゃ私はもう出るから」

「もうか?」

「6時半には着いとかないと。ほら、私一応生徒会長だし。しかも創設者の血族だから。うちの体育館は無駄に広いしね。最終確認も時間がかかるの」

「手伝おうか?」

「良いの良いの。そんな大変なものでもないし、事務の時点で大分手伝ってもらってたし。それだけで助かってるよ」

「それにしたってこの時間は早いだろ。歩きだよな?ローネンに車を出して貰えばいいのに」

「少しは運動しないとね。それじゃ行ってきます」

「行ってらっしゃい」


バタンとドアが閉まった後にタタタと走り去る足音が聞こえた。忙しないやつめと内心微笑みながら瑠璃也はリビングへと戻り朝食を口にした。




「行ってくる」


誰の気配もしない家に馴染みの挨拶をする瑠璃也。実際にはセバスがいるはずだが、セバスはおそらく広大な庭の手入れをしている頃だ。瑠璃也はささやくような声量で言ったため、聞こえてはいないだろう。だがかすかにいってらっしゃいませと聞こえた気がした。

門を開けると(へい)に背中を預けた翠沙がこちらに向いた。そして預けていた背中を少し弾むように勢いをつけて塀から離した。瑠璃也は歩き出す。中学生の頃と変わらぬ道を、変わった背丈と歩幅で進む。

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