狂想曲
転移した2人は、最近できた島…大和の、ついさっき出来た城の内部にいた。
ついさっき出来た城、というのは少し語弊があるかもしれない。たった今瑠璃也が立てた城と言ったほうが適切か。
転移同様に、この能力も、今の瑠璃也では使えない能力のはずだ。いや、いまとなってははずだった、か。
いつもの通りであれば、この時点の瑠璃也は、最後の時まで。言い換えれば、最初の時まで。自身の本来の能力の上澄み部分しか使えないというのに。転移…創造という能力は。言うなれば上濁りだが、それでも最後の時まで使えない、そのはずだったのに。
「い、痛い!るーくん、本当にどうしたの!!?」
四肢と首を鎖に繋がれた翠沙は、痛がる時のいつも通りの顔で。不審がる時のいつも通りの顔で。そう、尋ねたのだが、それがまた。瑠璃也を狂わせる一因になろうとは、思いもよらない。
だが、いつも通りにしているだけでこんなことをされようとは、誰が思おうか。誰も思わないだろう。
翠沙にとっては、瑠璃也が狂っているとしか思えないはずだ。
だが、瑠璃也にとっては、そんな翠沙のいつも通りの反応が、狂っているように感じるのだ。根拠もなにもないが、ただ衝動に、身を支配されているが故に。
「翠沙は俺がまもる。俺だけが、まもれる」
「…………」
その気迫に、翠沙は黙った。瑠璃也の目の奥に、狂気と、そして後悔を見たからだ。
だが、と。それでも、これは聴かなければならないと、これだけは聴かなければならないと、問う。
己の身が、自分の身をどうされようとも構わないという決意でもって。
「貴方、誰なの」
と。目の前の人物は、朝一瞬だけ見たときには、瑠璃也だったはずなのだ。
だが、今は。今の瑠璃也は、瑠璃也であって瑠璃也ではない。
別人格のようだったが。
「俺か?俺は瑠璃也だぞ?何を言っているんだ」
と返る。当然の、しかも予想さえできていた答えだった。
それゆえに確信した。
目の前の人物は、黒藤瑠璃也であって瑠璃也ではない。
言葉を付け足そう。
目の前の人物は、黒藤財閥当主黒藤瑠璃也であって、翠沙がるーくんと呼ぶ瑠璃也ではないのだ。
現に、瑠璃也は、いや。翠沙がるーくんと呼ぶ瑠璃也は、自分を瑠璃也とは呼ばず、俺は俺だ、と言うはずなのだ。
故に。
「そっか」
翠沙は、そう、流したのだった。
1ヶ月後。
黒藤瑠璃也は、黒い外套を被った存在から、物資を受け取っていた。黒藤瑠璃也はその存在を、『黒』と呼称している。
黒藤瑠璃也が『黒』達と接触したのは翠沙を軟禁してからすぐ。5時間後のことだった。
初めは黒藤瑠璃也も不審がり瞬殺したのだが、その後瞬時に何事もなかったかのように立っていたのには流石の黒藤財閥当主、黒藤瑠璃也でも驚いた。
不審な点はもう1つある。開口一番に『黒』達は、無条件で物資を渡すと言ったのだ。
目的が分からなかった。当然届いた物資になにかあるのかと調べもしたが、何もなかった。本当に何もなかったのだ。
むしろぞっとしたのは、翠沙の下着のサイズもぴったりだったことである(それを知ってる黒藤瑠璃也も黒藤瑠璃也だが)。相手にこちらのことが筒抜けだったということだ。
未知の存在が、自身の事を隅々までしっている。ましてやそれが敵ならば。そしてその敵は自身の攻撃が全く通用しないとなると、ぞっとする話どころではないだろう。
まぁ『黒』達は敵になるかも知れない、だが。
変わったことと言えばもう2つ。
1つは大和に、各国から偵察が差し向けられていることである。人であったり、機械であったり。手段は違うが、偵察という、明らかに調査を目的としたものが来ているのだ。無論、帰れはしないが。このことから、黒藤瑠璃也は感じていた。
黒藤瑠璃也が。人工島大和が。世界から敵視され始めていると。
もう1つは、翠沙の鎖を外したことだ。
いや、これは黒藤瑠璃也の意志で外したことになるだろうか。状況を詳しくかつ客観的に説明しよう。
黒藤瑠璃也が『黒』との取引、まぁ一方的な取引を済ませた後、すぐに翠沙の元へと戻った。そうしたら、翠沙が何事もなかったかのように鎖を外していたのだった。
当然、瑠璃也はどうやって外したと問い詰め、『翠沙は俺がまもる』と連呼する。そして、自身の能力によって創造したが故に、自在に遠隔操作できる鎖を操り翠沙を再度拘束した。
拘束出来たということを隅々まで確認し、視線を少し、コンマ5秒ほど、つまりまばたきほど離し再度翠沙を見れば、ガチャンと音をたて、鎖が外れ落ちたのだ。
再度、瑠璃也はどうやって外したと声を荒げ翠沙を問い詰める。だが翠沙は
「動きづらいんだもん」
と一言言葉を返しただけ。そこから翠沙は何も言わなくなった。
着けて外して。着けて外して。着けて外して。このやりとりを10回繰り返した頃(計30回)、黒藤瑠璃也の方が折れたのだった。
どういう原理かさっぱり分からなかったためだ。手のうちようがない。
瑠璃也が折れたのは、珍しいことだった。
◯◎●
「緋音ちゃんも私のサイズなんで知ってるのかなぁ」
翠沙は緋音が送っていると思っているが、実際は『黒』という謎の集団から送られている。翠沙は外部の状況を全く知らされていないのだ。
「苦しい、か」
翠沙は苦しいという言葉を使わないようにしている。息苦しい。心苦しい。見苦しい。全ての苦しいという言葉に対してだ。
苦しいと思うこともない。息がしづらいことはあるが息苦しいことはないし、同情することはあっても心苦しくなることもなく、見づらいものでも目をそらさず見る。
「るーくん、本当にどうしたんだろ。いつものるーくんじゃないよ…」
と、翠沙は憂愁の顔で考え耽るのだ。幸い時間は余るほどある。緋音には申し訳ない、と内心謝るが、その心はきちんと届いているのだろうか。
――きっと、届いているだろう――
鉄格子が付けられた小さな小さな窓から、月が覗いているのだから。
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