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輪廻巡る月夜の果てに  作者: 中沢文人
エチュード
25/131

練習曲 end

「Z2より緊急報告!!緊急事態発生!!緊急事態発生!!緊急行動タイプVに対しコードCレベル4!緊急行動タイプVに対しコードCレベル10!!」


緊急行動タイプVを発令してから2週間が経ち、全人類と言ってもいいほどの人間がVR世界へと意識を飛ばし終えた矢先、この凶報が入った。

その知らせが入った瞬間、瑠璃也はしてやられたと机を蹴飛ばした。机は瑠璃也の蹴りで大破し、散弾のように壁に穴を開ける。それに構わず、今度は椅子を蹴りあげ、宙に浮いた所をまた蹴りとばす。それぞれが致死にいたるほどの威力をもった椅子の破片が雨のように横に降り、防弾窓を壊し、それでもなお勢い余ることなく彼方へと飛んでいった。


「くそが!!」


だがそれでもまだ怒りはおさまらない。

何に対しての怒りか。

当然。そんな考えに、甘い考えをしていた自分に対しての怒りだ。

甘かった。何が黒藤財閥当主だ。何が天才だ。これではあの無能どもと一緒ではないか。想像力が乏しい。乏しすぎる。


なぜこんなにも荒ぶるのか。

それは、緊急行動タイプVに対しコードC、つまり襲撃があり、レベル10、壊滅的な打撃を受けたということになる。Z2からの緊急報告というのも、他のメディカルロボットが破壊されたということの証明に他ならない。Z2という緊急報告ロボットは、他の全てのロボットが完全に機能停止した時に稼働するのだから。


世界のほぼ全ての人間がVR世界へと逃れ…誘導され、それを管理するサーバーが襲撃を受けた。意識を機械に預けているのだ。当然、VR世界内にある意識は、市販されるVR機械ならば機械が壊れても意識は戻るが、緊急行動タイプVでは意識は戻らない…死んだと言ってもいい。

だから当然翠沙も。


「くそ!くそ!くそぉぉぉぉ!!なぜ襲撃されると思わなかった!!なぜタイプVを発令するように誘導されていると気付かなかった!!くそが!!くそがぁぁぁぁぁ!!」


癇癪だ。それも、小さい子供ならまだしも、20歳過ぎた大人がする癇癪だ。それが普通の一般人なら問題ない。いや、問題ないかもしれないが、その癇癪を起こしているのは人類最高峰の超能力者、黒藤瑠璃也なのだ。ただの癇癪でも、物に当たればその被害は甚大だ。下手に力があり、さらに周囲に人がいないのがそれを助長させた。


結局、一夜にしてその島―地球防衛連合司令部本部、大和は海に沈んだのだった。





途方に暮れる。途方に暮れる。日が暮れる。

途方に暮れる。途方に暮れる。月が暮れる。

途方に暮れる。途方に暮れる。日が暮れる。

途方に暮れる。途方に暮れる。月が暮れる。

途方に―――――――――


何時間…いや、何日が経っただろう。一月は経ったかもしれない。もう、どうでもいい。なにもかもがどうでもいい。

だが、なら俺はなぜ、飯を食って意識が無くなるとはいえ寝ているのだろうか。

なぜ俺は生きているのだろうか。活きているという意味では死んでいるか。

なぜ俺は生きていたのだろうか。そもちゃんと活きていたのだろうか。

何のために俺は生きているのだろうか。大切な物を失ってなお、残ったものを守りきれなくて。

何のために俺は生きていたのだろうか。振り替えれば大切な物を見失っていて。大切な物を守るためにその大切な物をないがしろにして。


なぜ。なぜ。何のために。何のために。なぜ。何のタめに。ナゼ。なぜ。なゼ。何のタメニ―――


―――(ダレ)(タメ)ニ。


「ソレ、ハ―」


誰モ――。


「それは、決まってるよね」


自問自答の答えが、背後から来た。不意の言葉に瑠璃也はその先の言葉を口にすることができなかった。


「ひとりしかいないもんね」

「ならやることも決まってるよね」


その声の主…黒い外套を羽織り全身を隠したこどものような存在、『黒』達は複数、いや、大多数で瑠璃也を囲んでいた。別段驚きもしない。そんな気力は無かった。

頭がぐちゃぐちゃだ。なにを考えているのか分からない。何かを考えているのかどうかすら分からない。

いま見ているのは、聞いているのは幻かもしれない。

なぜその幻が『黒』達なのか。それはたぶん、今の人類で唯一生きていると確信できるからだ。

理由はある。幻に惑わされる状態でもある。それが幻でないと言える道理はない。


だが例えそうだとしても、俺は感謝しなきゃならない。ありがとうと、言わなければならない。


「ア…リガトウ…ア…ぁ、…あり、ありガ、トウ……ありがとウ、ありがとう―――ありがとう」


ありがとうと、そう告げた。告げられた。

その瞬間、瑠璃也の変異したその皮膚がべり、べりと剥がれ落ちていった。そして、元の人間の姿へと戻る。

だが戻ったのは姿だけではない。記憶もだ。


「本当、俺の事をよく知っているよな」


幻でなかったら目の前にいるはずの『黒』達に瑠璃也はそう言葉を投げ掛ける。だが、もうすでに影も形も残ってはいなかった。

自分のことをよく知っている存在。それは自分自身なのか、はたまた別の、外部の要因なのか。

『黒』達が幻だという可能性も捨てきれなく、瑠璃也が無意識に想像して創造した存在だという可能性も捨てきれない。

それならば瑠璃也の無意識が瑠璃也の事を、思考回路や弱点等を隅々まで知っているのも筋が通るし、説得力も出てくる。

無意識とはいえ自分自身で自分自身を襲撃し、自分自身を壊して自分自身を救っていると言えば、滑稽極まりないが。


「まず、翠沙の体を見に行かなければな」


瑠璃也はそうひとり言葉にし、歩き出す。現在地は、どこだろう。だがそれももはや関係ない。記憶を取り戻した…自身の能力の勝手を思い出した瑠璃也にとって、物理的な距離など無意味だ。

地球上ならば、どこへだって行ける。地球上ならば、どんなことだってできる。それが俺なのだから、と。




コツ、コツと靴が音をたてる。白い、真っ白なその空間はどこか神聖で神秘的で、歩くのも躊躇われるところだった。


道中、久和、桐谷を初めとした無数の死体があった。それらは爆発…サーバーが破壊された反動、破片によって見るも無残なものになっていた。さらに、一部の死体は爆発によって着火してしまったのだろう。燃焼してしまっていたのも、この印象を受けたことの要因だろう。

地獄。地獄だ。地獄を現実に表すとなれば、この光景が近いだろうか。

読んで字の如く。地下の牢獄だ。

地下での逃げられない空間、身体的状況において、この表現は正しいだろう。

だが対照的にいま瑠璃也が歩き、向かっている場所は地獄とは真逆の、天国とも言えるほどだった。

全人類がVR空間へと逃げ込んだならば、あのような凶報を聞かなければ瑠璃也は別の形でここに来ていただろう。だが、その未来はもうない。過去にも、現在にも。

ここは、黒藤財閥の者だけが入れる特殊空間。いわば、身内のためだけに作られたVR防衛施設だ。

一般人が入るようなものは量産型で、空間も広く、その分大量の人類が入れるような設計だった。

だが身内だけとも限れば、広い空間も、大量の人類を入れようともしなくていい。故に、他のことに手を回せる。


「お帰りなさいませ、瑠璃也様」


まずは、ずっとここを護ってきた存在を、労わなければならない。


「あぁ、ご苦労だった、セバス。いや、チャン・セーフガード・瀬波。安らかに眠るといい」

「かしこまりました、瑠璃也様の御世話が出来て、誠に感謝しています」


そう、完璧な動作で礼をし、そこへ…ベットを模した充電器へと入るセバス。

この記憶も、次へ持ち越すとしたら最後の方になるのかと思うと、ここまで尽くしてくれたセバスに申し訳ない気持ちになる。


コツ、コツと近寄っていく。


「…遅れて、ごめんな」


それは天使のように、女神のように、いや、そのどちらとも言えるように眠っていた。純白の翼のように髪を広げ、世界の命運を祈るように胸の上で手を重ねて、静かに、静かに。一糸纏わぬ姿で、それでいてシルクのような髪を纏って。熾天使は翼で体を隠しているというが、まさにそれだ。

しばらく見ないうちに髪が伸びたな、とか、ますます綺麗になって、俺と釣り合うのか、と今の状況ではどうでもいいことを思ってしまったことを自覚し、苦笑する。


あぁ、と、その人物…白江翠沙に、少しの傷もつかないよう優しく、優しくそのか細い首に触れる。


トクン…トクン…


――生きている。


瑠璃也は自身の顔を翠沙の顔に近づけ、額を合わせる。


―――生きている。








――――――――だが、死んでいた。


覚悟していたことだった。分かっていたことだった。何度も経験していることだった。だから、一切動じない。こんなことでは動じない。動じている暇はない。心は、動揺しない。それでも。


―ツゥ、と、頬を雫が渡る。


それでも、心が動じなくとも、少しの動揺もしなくとも、体が、この世界の瑠璃也が動じない訳ではなかった。故に、冷静に、あくまでも淡々と、機械的に瑠璃也は、その能力を使う。宿命づけられたその能力を。

翠沙の死を確認した。緋音の死体も確認した。

ならば、躊躇いなく。一片も残さず。この能力を使わねばならない。2つの能力を。


次こそは、まもりきらなければ。たとえどんな手を使ってでも。




極光が世界を支配する。降り注ぐは光。地球上に光の柱が乱立した。だが、それを見るものは―――


―――いや。その光景を『黒』達は、あかい瞳で、眺めていた。


もう一度、世界が変わる時を待ち望んで。


□□□

もう1つ、その光景を見下げる存在は。


「ぬぉ!!今のは危なかったぞ」


どこからともなく乱立するその光を避けていた。避け続けていた。


「まぁ当たってもどうということはないがな。変化があるのはいいことだ」


と、機嫌がいいのか声を弾ませて。


■■■


練習曲end エチュード

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