序奏曲
序楽曲
「よし、もう終わりだろ?帰ろうぜ」
「おう。瑠璃也、遠士郎、帰りどっか寄ってくか?」
「いいですね。白江さんは?」
「残念だが今日は習い事だ」
「そうかー。リベンジしたかったのに」
「あんなボコボコにやられてたのにまだリベンジに燃えてるんですか、重三くん」
「へっへ、あれから特訓したんだぜ、俺。絶対瑠璃也にリベンジしてやらぁ」
翠沙が習い事をする場所はすこし遠いので、翠沙はいつも学校周辺に停まっている車でそこに向かう。しかし、今日は入学式だけで学校は早く終わっているので、たとえ迎えの車が停まっていても時間が合わないため、停まっている必要はない。しかも瑠璃也に付き合いがある通り翠沙にも付き合いがある。
翠沙の友人が翠沙を誘うのは、瑠璃也が翠沙と帰らないと決まってからだった。その配慮をいらないものだと瑠璃也は少し思っているが、まぁ問題ないだろうと放っておいている。
「そうですか。まぁ僕もわりと悔しかったので練習はしておきました。それではいきましょうか」
「うし、これから瑠璃也がするであろう顔を想像するだけでうきうきするぜ」
「そうかそうか」
友達と一緒に帰宅しようとしている翠沙に挨拶をしてから瑠璃也達は教室をでた。
「ああ、そうだった。ちょっと用があって、クレームゲームをしてからでいい?ぬいぐるみを取りたい」
「ぬいぐるみですか?」
「ぬいぐるみ?」
「そう、ぬいぐるみ。こう…あったらでっかいの。俺のテクが光るぜ!」
重三がぬいぐるみを何に使うかは置いておいて、瑠璃也達はよく訪れるゲームセンターへと足を踏み入れた。
「最近になってゲームの種類も増えてきたよな」
「そうだな。VR技術も進んできていろいろできるようになってんだよな」
今年は西暦3254年。人間の技術も進んで、いまでは火星にも有人で行けるようになっている。
人類はエネルギー問題のほとんどを超能力によって解決し、技術革新を迎えた。いまでは月の内部を掘り進め資源も得るほどだ。加えて 、未開発の土地や砂漠の緑化にも成功した。その技術を火星にも流用できるかの研究を進めている段階だった。
完全管理された社会で、世界は安寧を得た。安寧を得たことで技術の矛先は多岐に渡り、特に日本人は人類の叡智を娯楽へと回した。完全没入型のVR技術自体は200年前には既にあったというが、一定以上の規格のものを量産できるようになったのは最近のことだった。大半の若者はこのVR技術を使ったゲームに没頭している。
ほとんどの仕事は機械が担っているが、その機械を作るのは人間だし、人間の突拍子もない思考は機械にはできないため、人間の仕事が完全に無くなったわけではない。むしろ心と思考、第六感とも言える勘は機械にはないわけで、需要から相場を予想したり相手の心を誘導するセールスマンや営業所の経済を回す役割など、人間の入る余地はまだまだある。教育でも最近は豊かな発想や思考を育むというのを主旨とした学校が多い。
それに国家間の摩擦も完全に解決したわけではないから、新たな兵器を生み出したりするための開発者も多くはないがいないわけではない。
エネルギー問題、緑化問題、資源問題を解決した人類の興味は必然的に宇宙と深海に向く。さらに、伝説とも思われていた万能の貴金属アダマンタイトや、ダイヤモンドの50倍の硬度がある鉱物オリハルコンが両方月から採れるようになった。これらを使って深海の圧力に耐えられるような潜水艦も開発されている。
そしてもう一つ大きな変化は、貨幣制度の廃止だ。貨幣は資源を使うのでコストが電子よりも高く、さらには無くしたり破いたり、賄賂などの不正な取引もできる。しかしいまはすべて電子で管理されている。世界の経済は全てポイントで回っており、貨幣に使われていた資源は全て精密機械等に割り当てられている。
貨幣を製造するために使っていたコストが浮いた分、全人類に毎週人間としての生活を送れる一定水準のポイントを与える。貨幣の廃止といってもやり取りするものが物ではなく電子になっただけで、その一定水準以上の贅沢をしたいのならば、仕事や功績によってポイントを増やさなければならない。この時代にも円高等の国家間のポイント価値の変動があるので、システムは同じだ。
ゲーム売り場でなにか良いものがないかと別々に見て回っていたところ、重三があるゲームを持ってきた。
「今日発売の新作ゲーム発見。お前らちょっとこれ見てみろよ」
「えーなになに?『Ride to the moon online』?月に乗るって…どういうことだ?」
「えっと、公式サイトのゲーム設定は…複数の国家が月の資源をめぐって争っている中、ある宗教の探索隊が不可侵なはずの南極大陸の地中を探索した際、現代ではみられない、おそらく太古の生物を発見。その太古の生物は特殊なウイルスを持っていて、そのウイルスは他の生物を侵食し、操ると。しかし、人間には侵食ウイルスの抗体が作れず、感染者は広まる一方。行き詰まった世界は抗体を持つ生物等が無いかと必死で調べて、ついに、月へ向かった探索機に同じウイルスが着いているのを発見したと。日本はこの事実を受け、月に抗体細胞やウイルスがないか無人探索隊を派遣。しかし探索隊が何者かに破壊され、その探索は断念。もう一度探索隊を送るもやはり何者かによって破壊されるが、破壊される直前の映像を得ることに成功。映像には侵食された地球生命体の姿が一瞬だけ写っていた。日本はおよび各国はこれに対抗するため、遠隔操作型無人戦闘機、NOAを使い月へ向かうも既に侵食された地球生命体は南極から北へ進行済みだった。これには各国も危機感を覚え、各国は独自の技術でNOAを参考にした遠隔操作型無人戦闘機を開発。各国の協力のもと、侵食された地球生命体を排除し、月に抗体を取りに向かうのであった…と。ちなみに日本が開発した無人戦闘機はDAVEという名前だそうです」
「…なげぇ!!」
「侵食された地球生命体ってなんだよ。アダマンタイトやオリハルコンを採りに月にいってたときに採取してた無人機械はどうしたんだよ」
「すべて大破したようですよ」
「まじか」
「まぁ面白そうだからやってみようぜ。デイヴってのも楽しそうだしな」
「デイヴって…VR化したガン◯ムで需要は十分ですのに」
「重三、そんなにやってみたいのか?」
「まぁ、いい暇潰しだし、ポイントも安いしな。一応オンラインだし、撃破ポイントランキングってのもあるみたいだぜ」
「まぁ…騙されたと思って買ってみるか」
「よっしゃ!」
瑠璃也達はそれぞれのパッケージを持ってレジへ向かった。
「お買い上げは1点でよろしいでしょうか」
店員のロボットの声だ。その声はすごく流暢になってきていて、見た目も動きも人間となんら変わらないほどに進化していっている。サービス業のほとんどはこのようなロボットにとって変えられている。
「1点で」
「かしこまりました。合計で1000JPです」
1000JPというのは昔の通貨、円に直すと1000円だ。JPとは、ジャパンポイントの略。合計でこの値段なんだから、赤字覚悟の相当な値段ということがよくわかる。
脳波スキャンで本人確認をし、料金を支払う。
「お買い上げ、ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
体内に埋め込まれた電子デバイスを脳内で操作し、残高からJPが1000減ったことを確認した。同じ作業をした重三と遠士郎が合流し、買ったゲームを鞄につめた。
「そんじゃ、俺はクレーンゲームやってくるからすこし待っていてくれ」
「俺らは先にやってるぞ」
「それじゃ、格ゲーコーナーに行きましょう」
重三と別れ、瑠璃也は遠士郎と共に格ゲーコーナーへと向かった。
この時代の格ゲーはまだアナログで、スティックにボタン式だ。VRもあるが、やはり格ゲーはスティックにボタンがいいというプレイヤーが沢山で、VRの格ゲーにはあまり人気がない。レトロゲームと言うべきか、UFOキャッチャーにもまだまだ需要があった。
「そんじゃ、やりますか」
「えぇ、本気でいきますよ」
「こっちこそ、手加減はしないぞ」
台は向かい合っており、手の内を晒さないようになっている。
古くささを感じるスタートを待ち、瑠璃也は先手必勝とばかりに初期位置にいるだろう相手を攻撃するが…
「相変わらず反則的だよな、遠士郎」
対戦キャラがプレイヤーの特徴に引っ張られるように能力を変動させるのがいま瑠璃也達がやっている格ゲーだった。そんな格ゲーをしていると当然、空気のような遠士郎のキャラはその影響を受け、どういうわけか透明化する。もちろん、瑠璃也のほうにもその影響はあるのだが、遠士郎のように目に見えて変化があるわけではなかった。
「くっそ、勝てねえ」
「ふっ…なかなかいい線は行ってますよ」
「上からこんの…もう一回だ」
「ええ、いいですよ。まぁ瑠璃也くんがどれだけ頑張っても、僕のキャラには確殺コンボがあるので決まってしまえばこちらのものです」
見えないキャラクターで確殺コンボとは陰険すぎる。
「なぜ勝てない!」
「僕の影の薄さをなめないでください」
「お前、言ってて悲しくないのかよ…」
それからかなりの時間、二人で対戦していたが、瑠璃也は遠士郎に一向に勝てないまま時間だけが過ぎていった。
「おう、お前らまだやってたのか。なにやってんだ?」
「重三、お前こそいままでクレーンゲームやってたのかよ」
「まぁな。よし!瑠璃也。今回は絶対リベンジするぞ」
「遠士郎相手に大分やってたからな。いまならノーダメで倒せる気がする」
遠士郎が重三に席を明け渡す。そして瑠璃也は宣言通り、重三をノーダメージで倒してみせた。
「なぜだぁ!」
「ふっ、クレーンゲームのやり過ぎで鈍ってるんじゃないか?」
「重三くん、次は僕とやりましょう」
「いいぜ、本当に鈍ってないのか確かめてやる」
そうして重三と遠士郎が戦う。端から見ると重三が圧されているように見える。しかし実際に苦い顔をしているのは遠士郎のほうだった。その証拠に、重三の体力は8割を切っていないが、遠士郎の体力は5割を切っていた。そして、最終的に。
「くっ」
「いやぁ、鈍ってはないっぽいな」
「んじゃもっかい俺とやってみるか?」
そしてまたもやノーダメージで重三を倒してみせる瑠璃也。
「くっそーなんでだよ!!」
「やはり相性ですかね。じゃんけんみたいなものですか」
「ちょうど3人なのもそれだよな。そういえば重三、お前かなりの時間クレーンゲームをぢていたが、結局取れなかったのか?」
「いや?大漁だったぜ」
「乱獲していた…だと!?」
しかし、ん?と首を傾げた瑠璃也と遠士郎。戻ってきた重三は手に鞄しか持っていなかったのだ。それに気づいた重三は、二人の疑問に答える。
「あぁ、郵送で家に送っといた」
「それほどまでですか!?」
「あぁ、ロボットにまで『お客様、大変申し上げ難いのですが、これ以上とられると在庫の問題で他のお客様の分がなくなるので、遠慮していただけると助かるのですが…』って言われたな」
「そこまでかよ」
まさか重三にクレーンゲームの才能があったとは思いもしなかった二人。わざわざ郵送するほどのぬいぐるみを集めたとなれば、使い道は…
「意外に乙女なのですね…」
「いや!?俺ってそんな趣味ないからな!?ただのプレゼントだ!」
「ふぅーん?」
「へぇー?」
「いやマジだから!信じてくれよ!」
時計を見ると、もう17時だった。緋音が夕飯の素材の買い出しに行く頃だ。あまり遅くなると、せっかくの出来立てに間に合わなくなってしまうだろう。
「おっと、そろそろ帰らねぇとな」
「そうですね。ではまた後程」
「あぁ、このゲームのことですり合わせが必要になったら電話する」
「それがいいですね。ではまた」
「またな」
重三、遠士郎と別れ帰路につく。