練習曲
「緋音ちゃん、堂々としてたね」
卒業式、高校最初のHRを終え、放課後になり一緒に帰ろうとする翠沙にそう言われ、やはりかと思った瑠璃也。
「翠沙もそう思ったか?娘の成長を感じられて父としては嬉しいな」
「父って、じゃぁ母親は誰なの?」
「……翠沙?」
「やっぱり?」
子供というのは成長が早いというが、そういえば誕生日の違いは1週間もないというのに気付く瑠璃也。
「まぁ親があんなんだし、緋音もあんな背格好だしな。仕方がない部分もある。歩む道が違っても離れはできないさ。さてと、緋音は先に帰ってていいと言っていたが、どうする?」
「うーん…生徒会の仕事だったら手伝えることもあるし、手伝って3人で帰ろう」
「了解。まぁ翠沙も同類か」
「ん?」
「いや、なんでもない。それじゃ、いくぞ」
自覚がないのか自分はもうすでに、と思っているのかは分からないが瑠璃也はやはり翠沙も翠沙で緋音離れが出来ていないのだと確信する。しかし瑠璃也はその心中で灯る微かな光にまだ気付かないのであった。
と瑠璃也は翠沙と共に教室を出ようとしたところ、久和と桐谷が話しかけた。
「瑠璃也、今日ちょっとゲーセンよってかね?」
「久和くん、白江さんと一緒に帰るみたいですし、控えた方がいいですよ」
桐谷はこう言っているが、久和は気にしていない様子だ。というのもいつもは瑠璃也も久和達とつるむのを優先するためだ。そういう瑠璃也だからこそ、久和は悪びれもなく誘ったのだろうが。
「すまんな、今日はパスだ。先客がいるんでな。でもまぁ面白そうなゲームがあったら買っといてくれ。全額負担でいい」
即行で断る瑠璃也。迷った様子もないことに久和は少しだけ驚くが、新しいネタが出来たとニヤニヤする。
「ま、面白そうなゲームがあったらな。どうぞお幸せに~」
瑠璃也はニヤニヤして手を振る久和、桐谷を置いて翠沙と緋音の教室に向かう。緋音の教室は中等部3学年のB組なので西棟の5階だ。瑠璃也達は高等部1学年のA組なので6階。瑠璃也達は階段を1階降り、西棟に向かう。
「こんにちは白江先輩!」
「白江先輩さようなら」
「白江先輩大会頑張って下さい!」
途中翠沙を慕う後輩が挨拶をする。翠沙は弓道部のエースで、大会でも毎度当たり前のように優勝してくるくらいには上手い。それが世界大会でも、だ。そして性格も緋音とは反対に姉気質で、場を纏める雰囲気を持つ。さらに成績も上位…どころか学年首席なのだから性別年齢問わず人気なのは間違いない。
教室に着き教室内を覗いてみても少数の生徒が残っているだけで緋音の姿は無かった。代わりに瑠璃也は見知った顔を見つける。
「あ、瑠璃也先輩。白江先輩もどうされたんですか?」
瑠璃也の姿を見て寄ってきた少女は相良冬迦。緋音と同じ生徒会の役員で、緋音と仲のいい友達だ。緋音関連で瑠璃也も相良と面識があり、こうして見かけたら話しかけるくらいにはお互いの仲も良い。
「緋音は?」
「緋音ちゃんなら少しやることがあって、先ほど教室を出ていきましたよ。今日の仕事ももうすぐ終わりますし、緋音ちゃんがいないとできないことでもないので、緋音ちゃんが戻って来たら一緒に帰ってもらっても構いませんが」
そう言う相良だが
「いや、緋音が戻ってくるまで俺達が手伝えることは手伝って、皆早く帰れるようにしよう翠沙もそれでいいか?」
「うん、そっちの方がいいよね。緋音ちゃんも先に帰ることをよしとしないだろうし」
「そうですね。ならお願いしちゃいます」
瑠璃也と翠沙は相良に言われ、仕事を請け負う。しかしこのように生徒会等の仕事を代わりにやるのは多々あるため、やることが大体わかる瑠璃也達は早々に仕事を終わらせる。 ちょうどその時に緋音が教室に入ってきた。
「ごめん皆!先生がなかなか離してくれなくてってお兄ちゃんと翠沙お姉ちゃん?どうしたの?」
急いで戻って来たと分かるほどに荒れた呼吸。仲間に負担をかけさせまいという献身的な姿勢も魅力の1つだろうが、身内からすれば心配する原因にしかならない。
「緋音ちゃん大丈夫?そんなに急がなくたってよかったのに。瑠璃也先輩と白江先輩が手伝ってくれたおかげで仕事はもう終わったよ」
そして相良も緋音を心配する者の1人だ。この点においても瑠璃也は相良に対し好感を持っているし、だからこそ緋音を任せることができるのだ。
「あ、そうなの?ありがとうお兄ちゃんと翠沙お姉ちゃん。冬迦ちゃん達もありがとね。それじゃ、今日は解散!また明日ね」
緋音の号令によりそれまで一緒に仕事を片付けていた生徒達は鞄を持って帰る。緋音は持っていた書類を鞄に入れる。ふと気になった瑠璃也は緋音に問いかける。
「緋音、それは何の書類だ?」
「生徒会関連かな。それよりも先に帰ってていいっていったのに、どうしたの?」
先ほど問うたどうしたの、をもう一度問う緋音。
「いや、父として娘の成長を喜び祝ってやらんとと思ってな」
「誰が娘だ~!!」
「痛い痛い」
もいっぺん言ってみろー!許さないぞこらぁ!と瑠璃也をぽかぽかと叩く緋音。その様子は端からみればまさしく父親と娘。その様子を見守る翠沙は優しく微笑むのであった。
――――この日常が、永遠に続けばいいのに、と。
「今日、友達を家に呼びたいんだけど大丈夫?」
帰宅し翠沙と共に茶を飲んでいたところ緋音がそう言う。
「問題はないが…なんでだ?」
「新しいクラスでの親睦会を企画してて、その打ち合わせ」
入学式に仕事…なにかと忙しかった緋音の何処にそんな話をクラスでする時間があったのかという疑問はさておき。
「そうか。どうせなら俺らは家を空けるぞ?」
「え、そこまでしなくてもいいのに」
「遠慮しないで大丈夫。私たちは適当にしてるから、緋音ちゃん達はゆっくりしてて」
翠沙の言葉に緋音は納得したのか、それじゃ遠慮なく家を使わせてもらうね。お兄ちゃん達はゆっくりデートしててと水を差す。
「そうだな。そうさせて貰おう。晩御飯までには帰る。何か不都合があったらすぐに俺かローネンを頼ってくれよ?」
「了解!」
ローネンと言うのは緋音付きの侍女…メイドだ。黒藤財閥は世界最大規模だが、実際侍女侍従は緋音付きのメイド、ローネン・アートリーと、瑠璃也付きの執事、チャン・S・瀬波…通称セバスチャンのみだ。どちらも瑠璃也達の日常生活に支障が出ない程度の仕事をしており、料理や洗濯、掃除等は瑠璃也達自身でやっている。ローネンとセバスチャンの仕事は運転手や雑用、掃除しきれないところの掃除だ。それでも立派な侍女侍女なのだが、やはり世間一般からする侍女侍従の仕事よりも粗末なものであろうし、世間最大規模を誇る黒藤財閥の侍女侍従ならば尚更驚かれることだろう。蛇足だが、翠沙にも侍女がいるが瑠璃也と緋音のような扱いとなっている。
さらりと流した瑠璃也は翠沙と共にそのままの服装で家を出る。行き先は特にないが、とりあえずどこかへ行こうという感じだ。
「セバスチャン」
瑠璃也が何処へともなく侍従の名前を呼ぶ。周囲には誰もいなかったはずだが
「何用でしょうか、瑠璃也お坊っちゃん」
いつの間にかすぐ後ろに立っている。日常茶飯事なのであまり驚くことなく平然と受け入れている自分に違和感を持つことなく用件を伝える瑠璃也。
「車を出してくれ。秋葉原の方までいく」
「かしこまりました。すぐに準備いたしますので、しばしお待ちを」
この準備というのは交通規制等のことを言う。間違っても渋滞に捕まることがないようにと信号やナビで交通量を操作するのだ。それを実行するのはかなりのことなのだが、セバスチャンは1分で終わらせてきた。やはり執事という生き物はいついかなる時代に置いても超人のことを指すのだろう。
セバスチャンが車を出し、それに乗り込む瑠璃也達。完全な瑠璃也専用のプライベート車となっており、緋音は緋音で緋音専用のを持っている。それぞれがそれぞれ独自にカスタマイズされており、瑠璃也の陸海空汎用というのはやはりロマンがあるか。その車で瑠璃也達は秋葉原へ向かう。その先で、特に意味はなかったのだが、途中桐谷と久和に出くわしたのだった。
「秋葉原に来ていたとは」
「お、瑠璃也じゃん!これから翠沙ちゃんとデートか?面白そうなゲームあったから買っといたぜ」
「『Ride to the moon online』というゲームなのですが、これが新作のゲームの癖に1000JPとかなり安くてですね。設定も凝っていますし、買ってみたのですが」
と桐谷が掲げるのは、ザクシス専用ゲームパッケージに『Ride to the moon online』とかかれている、大量のロボットが月に向かって飛んでいっている絵があるものだった。
「瑠璃也持ちだから、ついでに緋音ちゃんと翠沙ちゃんの分も買っておいたぜ」
「あ、ありがとう」
「おいおい、俺のポイントで払うっていったって、少しは遠慮するもんだろう。まぁ翠沙がいいなら良いんだが。緋音はやるかどうかわからないがな」
「僕はやめておきましょうといったのですが…」
自身の潔白を主張する桐谷。だが、止めきれていないあたり強くは言っていないのだろう。悪いとは思っていながらも良いとも思っている。そんなところか。
「これ、3人分な」
「はいよ。5000JPは送っといたぞ」
「確認しました。邪魔をしては悪いので、僕達はここら辺でお暇しますね。ではまた」
「あぁ、じゃぁな」
「バイバイ、久和くん桐谷くん」
「じゃあな瑠璃也に翠沙ちゃん!」
別れた2人の頃合いをみてセバスチャンが車の窓を閉める。瑠璃也はほんと、ひどい奴らだよなと翠沙に問いかけた。
「でもるーくんがゲームに夢中になって私と緋音ちゃんがほったらかしにならないように、っていう配慮なんだよね、きっと」
「そうと言ってもなぁ…」
「良い人達を友達に持ったるーくんを私は誇らしく思います」
翠沙が茶化すように言う。
「翠沙は俺のお母さんか」
「いえ、お嫁さんです」
これまた茶化すように反撃した瑠璃也を、翠沙は手慣れたように切り返すのであった。はは、違いないと瑠璃也は流す。このやり取りも、幾度となく繰り返しているのだった。




