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輪廻巡る月夜の果てに  作者: 中沢文人
セレナーデ
125/131

小夜曲

結局、別行動していたるーくんと天王寺くんのように、栗栖ちゃんもその才能からかどの部活もあまりぱっとしないようだった。


「栗栖ちゃんのその才能と身長だったら、バレー部でもバスケットボール部でも、なんでも天辺取れると思うんだけどな…」

「大概のことはなんでも出来るんですよ。でも、張り合いがなくって」


栗栖ちゃんの身長は私より高い。私が169cmだから、栗栖ちゃんはたぶん175cmくらいかな…?見たところ胸は緋音ちゃん並みに断崖絶壁だけど、てかるーくんの胸板よりもない感じだけど、羨ましいくらいのモデル体型なんだよね。中学生なのに。

私はジュニアモデルだったらできなくはなかっただろうけど、いまじゃ胸のせいで服が崩れて見えるし、グラビアやるとしても鍛えてきた筋肉が…ね。腹筋は当然8つに割れてるし。まあそれはそれで需要があるのかもしれないけど。


「張り合いかぁ…でも放課後部には入らないんでしょ?」

「すいません…楽しそうではあるんですが」


部活はやりたいけどあまりぴんとこないし、かと言って夜まで使うような活動がある放課後部にも入れない…となったら。


「まあ、それなら原点回帰して弓道部でいいんじゃない?いつでも相手になるよ」

「ほんとですか!?それなら弓道部に入ろうかと思います!」


まあ弓道部もほとんど毎日活動があるけど、栗栖ちゃんは正しい形を学べばすぐに上達するだろうし、基礎がしっかりできるようになれば中等部だからと言っても高等部の練習に混ざれないわけでもない。そうなれば、私みたいに練習が免除されることもあるでしょ。


「さて、あっちはどうかな?」


と、少し遠くに離れた体育館に目を見やり、るーくんと久和くんと天王寺くんを見る。るーくん達はどうやら道場破りが如く、バスケットボール部員達全員を相手に3vs3の勝ち抜き戦で連戦連勝をしているようだ。


「楽しそうだしあっち混ざろっか」

「はい!」

「私も混ぜろーーー!!」

「混ぜろーーー!!」


と、繰り返しの経験のおかげ(せい)でルールという枠組みがあるスポーツだけならるーくんにも良い勝負ができる私は、るーくんの相手チームに混ざって試合を荒らすのだった。




夏休み。るーくんとはなぜかまだ付き合えていない。なんで?…って、考えてみてもわからないし、アプローチしようとしてみたってよくよく考えてみたらそのアプローチでやることはむしろ普段に比べると控えめなくらいだから、たぶんるーくんからは『どうした翠沙、そんなよそよそしくなって。体調でもわるいのか?』って心配混じりの煽りをされる。てかされたからもうしない。

んじゃどうする?って考えてみてもわからない。本当にわからないんだよ…どうしたらいいの?はしたないと思われてもいいから大胆に性的に誘ってみたりする?それこそ『体調悪いのか?』で終わりだった。もうすでにやったんだよ…もうどうしたらいいのかわかんないよ…。


「どうした?翠沙。体調でも悪いのか?」

「いや、ううん。大丈夫、なんでもないよ」


ほらもう結局考えすぎちゃって心配されたし。

今日は放課後部のみんなで密林に来ている。私と緋音ちゃんと冬迦ちゃんチームvsるーくんvs重三くんvs遠士郎くんvs天王寺くんで、狩猟対決をするのだ。

武器はなんでもおっけー。罠もなんでもおっけー。ただし、持ち込めるものは1つだけ。本来なら個人戦になるはずのものだけど、それだと私が一方的に有利すぎるうえに緋音ちゃんも冬迦ちゃんも不利すぎるために、緋音ちゃんと冬迦ちゃんを1人分だとして私たちのチームは2匹につき1ポイントなのだ。

なぜ私が一方的に有利なのか。密林だし、遠士郎くんも有利なのではないのか。それは違う。遠士郎くんは人間相手の暗殺が得意なだけで、第六感とも言える勘が鋭い野生の獣には通用しない部分がある。まあだからといって気配を消す力が相手に全く通用しないわけじゃないけど、遠士郎くんに対する重三くんのように、勘が鋭い獣相手だと首に刃を滑らすまでに気付かれてしまうのだ。しかし、ここは密林だから遠士郎くんの得意なフィールドである。罠を使うなり、気配が察知できない所から奇襲するなりでやれることは多い。

重三くんはというと、今度は遠士郎くんの逆に密林というフィールドが最大の敵になっていて、重三くんの恐るべき戦闘センスと勘、さらには超能力を余すことなく全振りした身体能力が武器だ。

るーくんと天王寺くんはいわずもがな。天才的で要領を掴むのがうまい。それでいて、その道何十年かのプロにも迫る。だけど、その道に天性の才がありながら研鑽(けんさん)して、ある一線を越えたような一点集中型の天才には一歩劣る。たとえば、今回は危ないから誘ってない、罠張りの天才の陽子ちゃん。陽子ちゃんの罠スキルは、あのおじいちゃんでさえ目を見張ったものだった。だから、るーくんと天王寺くんはこの密林では気配を消そうにも勘に頼ろうにも戦闘スキルで戦おうにも、一点集中型の天才には一歩劣るのだ。

るーくんが持ってる未来予知にも等しい勘は、手がかりが少しだけでもいいけど掴めてないといけないし、そもそもそういう目前の一部分だけの勘じゃないんだよね。

たとえば、重三くんの持つ勘は戦闘中の数瞬先の勘だけど、るーくんが持つのは指揮官としての大局的な勘。戦闘的な勘もある程度持ち合わせているし、戦闘中に足りないところは別のところの天才の戦闘センスで補っているけど、それでなんとかなるほど現代の野生は甘くない。

して、私は一点集中型の射手だから、獲物から気配を悟られない場所から乱獲し放題だし、超能力を使えばある程度なら木々の間を縫うような矢も射てる。その上で繰り返しの経験もある。罠なんか仕掛けてる暇があったらその間に3匹は狩れるからね。だからこの勝負、私vsるーくんvs重三くんvs遠士郎くんだったら、私の圧勝になるのだ。


「白江先輩にハンデ付けないと勝てないなんて対個最強の麒麟さん(笑)ですね、重三」

「うぐ…」

「相良それ瑠璃也もダメージうけてるから…」

「あぁ!瑠璃也先輩!そんなつもりはなかったんです!!」

「あはは…まあ、得意分野だからさ。逆に私がこれで負けたら、それこそ私の今までの全てが無駄になるからね。負けてられないよ」

「それではそろそろ始めましょうか」


よーいドンで始まる勝負。ふふん、この勝負、十中八九私の勝ちだ。なぜって?それは…


「それじゃお姉ちゃん。私達は罠作ってるよ」

「ん、頼りにしてるよ」


私は一言も、緋音ちゃんと冬迦ちゃんを"ハンデ"だと言ってないからだ。

緋音ちゃんは繰り返す世界において、諜報を担当していた。世界全体の流れを汲み、読み、変える。そんな緋音ちゃんが、自分の力以外で勝てる方法を極めないとでも?てことで、陽子ちゃんほどではないにしても緋音ちゃんも罠張りのエキスパート。それに加えて、ある程度の超能力ならあるうえに緋音ちゃんの意図を100%汲める冬迦ちゃんとのコンビ。これじゃ、負ける要素がないもんね。

カナリアハード発見!私にできるカナリアハードの攻略法は2通りある。

1、群れ全羽の頭を同時に吹っ飛ばす

2、群れ全羽の喉を同時に潰してから頭を吹っ飛ばす

2つめの攻略法は保険だね。それか、威力が低い攻撃手段しか持ってないか。ま、私には2つ目の攻略法なんか必要ないんだけどね!軽い縛りプレイになっちゃう。

ドッドッドッドッドッドッ。

計6羽。これをカナリアハードの索敵圏外1km先から仕留める。ちなみに、風上風下なんかは関係ない。獲物が私の存在を認知しているからと言って、その距離から攻撃されるとは思ってもないし私の攻撃を認識したとしても避けれない。


「ふう。とりあえず3ポイントか」


気を抜いたわけじゃない。それなのに、足りなかった。


―――カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ―――


背筋がゾッとする。悪い悪寒がする。脂汗が滲む。――本能が、逃げろと言う。

私はすぐに逃げる。捕獲した獲物を持ち帰らないとポイントにならないとはいえ。そんなものよりも、この嫌な予感のほうが勝ってる。けど。もう遅かった。


―――カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ。ギリギリギリギリ。カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ―――


長い体長、そして規則的な。その上、大きい足音と振動。姿は見えない。けど、超能力を消す私の能力によって、それは姿を表した。多足類、節足動物。それは私が仕留めた獲物を巻き込んだ上で、さらに私を標的に定めた。


―――カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ―――


足が震える。体が震える。視界も震える。トラウマが呼び起こされる。

なぜ、ここにいるのか。おじいちゃんが絶滅させてくれてたはずじゃないのか。…よく聞き、よく見れば。足音と衝撃は6つ。…ああ、おじいちゃんは万能ではないな。そう、思った。

本来なら数百もの足を器用に動かし、その名の通り百以上の足音をならすはずのものが、竜也おじいちゃん対策なのか計6つの足音になるようにしている。それは――


―――ゴルビアゴライアキレスオオムカデ。その、変異種だ。


「ひっ!」


全長最大300m。幅5mに、高さ3m。タコのように変色し、外骨格の質感を自在に変えられる擬態能力持ち。それゆえか、消費するエネルギーに応じて海にまで侵略する大食漢。そのくせして、人間が打ち込まれたら一瞬のうちにして意識だけがある状態にされる神経毒持ち。あのダイオウクジラでさえ、サシでの勝負には挑まない。心臓を8つ持ち、再生機能が高く、胴体を切断してもプラナリアのように分裂する。それなのに外骨格はタカワシフクロウの爪でやっと傷をつけられるような堅さ。それでいて繁殖力は高く、一度の産卵で6個もの卵を生む。なぜ地上の王者に君臨していないのかわからない、そんな生物だ。

見つかったら死。だから。竜也おじいちゃんが駆除して、絶滅させているはずなのに。


「無理…こないで…お願い、お願いだから…」


タカワシフクロウに睨まれたネズミのように。ダイオウクジラに飲み込まれる万物のように。

なす術がなく、その上で、腰が抜けて逃げられない。竜也おじいちゃんは今回は教帝の手がかり捜索で来ていない。私にはもう、命乞いをするしかない。そんな命乞いも、虫相手に通用するはずもない。

ムカデが迫る。でかいくせに器用に木々の間を縫って。


「お願い、もう、無理…おじいちゃん…緋音ちゃん…るーくん!」

「おう」


点滴石穿(てんてきせきせん)。超能力を一点、ムカデの脳天に向けて穿(うが)つ。それで一瞬、動きが止まった。心臓が8つあるとしても、脳は1つだけなのだ。


「る、るーくん!?なんでここに」

「覚えのない翠沙の悲鳴の脳波を感知したから。さすがに、聞き覚えのない悲鳴を出してりゃ駆けつけないわけにはいかないだろ…って、なんだこいつ?効いてないぞ」

「ゴルビアゴライアキレスオオムカデ!竜也おじいちゃんが絶滅させたはずなんだけど」

「翠沙のムカデ嫌いはこいつのせいか…なるほどな。これは俺でもトラウマになりそうだ。ダイオウクジラやタカワシフクロウと同格、地の王者ってとこか。…どうやって倒すんだ?」

「8つある心臓を同時に壊したうえで木っ端微塵ってとこかな」

「おーけー。重三、遠士郎、天王寺!」

「りょです」


るーくんと天王寺くんの念力でムカデの動きを止める。この2人の本気かつ、合わせ技なら本来なら毛先の1本も動かせないはずだけど、それでもピクピクと足先を動かせるのはさすがというべきか。だけど、狙いが外れなければそれでいい。


「おーけー瑠璃也。ちょっとばかし本気でいくぜ」

「……」


無数の雷轟をけたたましく鳴り響かせ、重三くんが心臓を8つ、同時にぶち抜く。その瞬間か、あるいは着弾前か。霧夜淵邇朧が一瞬にしてムカデを木っ端微塵にしたうえで、るーくんと天王寺くんの超能力で燃やした。


「…ふぅ。久しぶりの全力で、少々疲れました。タイミング完璧でしたよ」

「はっ、俺ら親友がどれだけの修羅場潜ってきたと思ってんだ。まあ大概はあのクソジジイのせいだけど」

「にしてもよくもまあ、あんなでっかいムカデがいたもんだ」


正直、なめてた。緋音ちゃんよりも隠密性が低い、戦闘力があるだけの人だと思ってた。その上で勝てると思ってた。本気になった上で全力の霧夜淵邇朧を見たことがなかった。いつもどれだけ、自身の力量を量られないようにしているかがわかる。いままでの世界で、どれだけ角が取れて丸くなっていたのかがわかる。……綾埜ちゃん、偉大だな。


「とりあえず言われた通りに心臓だと思える部分を手当たり次第に同時にぶっ壊して、遠士郎が細切れにしてくれたけど、翠沙ちゃん、こいつ普通に戦ってたらどうなってたの?」

「ゴルビアゴライアキレスオオムカデは、高度な擬態能力を持ってて、その上で高度な再生能力と分裂能力も持ってるんだよね。擬態能力は私の能力で抑えてたけど、もし心臓を8つ同時に破壊しなかったら世界一の治癒能力者の2倍の回復力で回復されて永遠に戦うことになる。足をもいでも2秒後には元通り。心臓を8つ同時に破壊してもその再生機能はあるから、2秒以内に心臓8つをそれぞれ真っ二つにしないと8体に増える。それでいて、4つある牙には人間が注射されたら一瞬で意識だけの状態にされる毒持ち。やばいでしょ、これ」

「えっぐ…一人じゃ絶対に死んでたわ」

「いや、重三くん結構余裕そうだったけどね…」


対個最強の麒麟の名は伊達じゃない。ゴルビアゴライアキレスオオムカデの外骨格は生半可な銃弾じゃ傷1つつけられないはずだ。


「いや、いつもの即席の弾じゃなくて、特別製の貫通弾を使った。一目みてわかったよ、こいつはやべぇって。遠士郎、このムカデの外骨格、相当硬かったろ」


そう、私が霧夜淵邇朧の戦闘力を見直したのはこの部分にある。タカワシフクロウの爪と握力でやっと通用する外骨格を、まるで熱したナイフでバターを切るように滑らかに木っ端微塵にしていた。あのナイフの切れ味と、それを使う霧夜淵邇朧の力量は相当なはずだ。

霧夜淵邇朧が人間しか殺さないから見誤っていた。ただの人間なら、霧夜淵邇朧の攻撃力は過剰なのだ。これならあのダイオウクジラの皮膚も切り裂けるのではないだろうか。


「僕の得意フィールドでの真剣勝負ということでたまたま僕専用のアダマンタイト製の短剣を持ってきていて良かったですよ。普段使いのナイフじゃ確実に刃が欠けてましたね」

「この勝負のために重三と遠士郎が準備してなかったら打つ手なしだったわけか。あっぶな。翠沙、立てるか?」

「う、ううん。情けないけど、やっぱまだ無理」

「相当ひどいトラウマなんだな…うん。その理由がわかったわ。翠沙、おぶるぞ」


るーくんが私をおんぶする。その背中が、大きくて。虚勢が消えて。いつもならなんてことはない、ただ繰り返すための死も。この奇跡的な世界では死にたくない。――そう、死にたくなかった。死にたくなかった。本当に本当に、死にたくなかった!!


「うぅ…うあぁ…生きてる、生きてるよぉ…」


久しぶりに感じた、死への恐怖。それがるーくんの背中に抱えられて、やっと助かったと実感した。実感してから、ダムが決壊するように。億と何千万年ぶりかの、制御していない心からの涙を流した。

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