小夜曲
例のごとく不定期ながらの生存報告変わりの更新です。20話まで執筆できているんですがどうにも…
「で、でも!誰かが囮にならないと、このままじゃ全員…!!」
「それでいいじゃない!誰かを犠牲にして生きていくくらいなら、一緒に死んだ方がマシよ!いまでさえ他の生き物の命を貰って生きているのだから、せめて身近な友達くらいは守って生きたいの!」
「――っ」
何も言えなかった。
ああ。なんて、眩しい。
その眩しさが、輝きが羨ましい。嫉妬さえしそうだ。
私にはもう、そんな輝きなどない。あるのはただただ、血で汚れた赤黒い執着と、土埃でくすんだ鈍色の執念だけ。
だけど私はそれでいいと思っている。最後に望む結末は一緒だから。
ただ、ああ。できることなら。できたことなら。
私もあんな風になりたい―――いや、違う。
「わかった。あなたたちの決意を見た。だから私も、本気でやるよ…本気になるよ」
「ほんと!?」
そして私はバッグから、いままで血抜きしてきた獣の血と毛皮を取り出した。
そしてそのまま、その血を被る。
「ひっ!!な、なにやってるの!?」
内気な女の子が悲鳴を上げる。しかし、私の正気を疑ったのは彼女だけでなく、班の全員が同じような顔をしていた。
だけど私は至って本気で、真剣だ。
「このままだと、おじいちゃんなら絶対に私たちを見つけて捕まえる。おじいちゃんは異様に鼻と耳、目が良いから。でもこの視界の悪さじゃ目は使えない。だからおじいちゃんが頼っているのは鼻と耳。でもこれだけで、本当は十分なんだ。これだけでおじいちゃんは私たちのことを見つけられるから。荒れた息の音、かいた汗の臭い。これだけで十分におじいちゃんは私達を見つける。ここで逆転の発想をする。息の音が隠せないなら隠さなきゃいい。汗の臭いが隠せないなら隠さなきゃいい。ただそれを、おじいちゃんに取るに足らない獣だと誤認させてしまえば、おじいちゃんは素通りするかもしれない」
半分…いや、9割賭けだ。もちろん、見つかる方が9割。おじいちゃんが私たちを見つけるのに測る基準が低いことに賭ける。この見つかる確率を下げるためには、おじいちゃんが来るまでの10分ほどの時間の間に、準備を確実なものにしなければならない。
彼女達は私の顔が本気だと悟ったようで、私が渡した物を、私を真似するように使う。
血痕を付け。工作をし。誘導をかけ。罠を張る。
私たちを私たちが移動した道すがら排除した獣だと偽装し、なりきる。
誰か一人でも見つかるものなら、全員で飛びかかる。その準備をする。
そしてとうとう、遠くから足音が聞こえてきた。
全員の息が荒くなる。存在がバレる。だけど、それでいい。それがいい。私たちは満身創痍、虫の息な獣だとおじいちゃんに誤認させる。
おじいちゃんは異様に耳と鼻がいい。耳で獲物の居場所を特定し、鼻で個体をかぎ分けている。
音はどうしようもない。だから、鼻を攻める。おじいちゃんの鼻は良い分、強い臭いで駄目にできる。…はず。これもおじいちゃんの採点基準次第だ。
ザス…ザス…ザス。足音が近くなってくる。ドス…ドス…ドス。足が目の前を通りすぎていく。
緊張する。鼓動が速くなる。息も荒くなる。だけど問題ない。絶命間近の獣により近づくから。
…止まった。足音が、通りすぎる前に止まった。瞬間、覚悟を決める。…けど。
「…ふむ。これは翠沙の仕業か?余裕が無かったのだろうが…もう少し丁寧にできんかったのか」
呆れた声が聞こえる。ため息と同時におじいちゃんの視線が下にいく。そして…私と目が合った。そんな気がした。
いつでも飛びかかれるように体に力を入れた。…が、しかし。
「翠沙は…あの一番高い木か?月が真上にくるまでに追い付けば良いのだが」
そしておじいちゃんは通りすぎた。
何十分も過ぎた頃。日が落ちてやっと、おじいちゃんがいなくなったと安心できた頃。誰かが思い出したかのように、動き出した。
「もう…いいの?」
何人かは恐怖と疲れで失神していたようで、それが逆に功を奏したようだった。
なんとか乗り切った。その感動で、私以外の全員が涙を流した。私もおじいちゃんがまさか素通りするとは思わなかったので、張っていた糸が急に緩んだように脱力した。
「あれもこれも翠沙さんのおかげですね」
「いやいや、みんなの頑張りの結果だよ。それより、実は途中で菜肉を採ってたんだ。あと、近くに川もある。そこで血とか全部流して、ご飯にしよう」
拠点に貯めていた雨水はすべてない。持っているのは少しの飲み水だけ。だから早急に失った水分を補給するために、体に塗りたくった不快感を流すために川に行かないといけない。
念力で体を洗う分の水を汲み、川に汚れが流れないようにする。…むしろ、もしおじいちゃんが川下に居て川上から血を流してしまったら、私達が上流にいると察せられてしまう。まあ衛生面もあって、川に直接入ることはない。
そして、晩餐。
まだおじいちゃんからの恐怖に怯えているのか、火加減は最小限。ただやっぱりあのおじいちゃんから逃げ切ったという事実から、ちょっと浮き足立っている。
「ふふ、緊張しましたね。*▽◯さんが転んでしまったときはどうしようかと思いましたよ」
「@#!さんにはご迷惑を…」
「いえ、迷惑なんてかけて当然です。私たちはもう、仲間なんですから」
そんなやり取りを私は外野から見守る。
仲間だと言うのなら、一瞬でも見捨てるかを考えてしまった私にそんなことを言ってもらえる資格はない。
そして。見捨てないかを考えてしまった私は、これから先、繰り返す世界で緋音ちゃんやおじいちゃんの足手まといになってしまうだろう。
私は…中途半端だ。私に、あの輪の中に入る資格なんて…
「翠沙さん、やっと人間らしくなりましたね」
「…え?」
班の全員が私を見る。
代表して、声高な女の子が言う。
「だって翠沙さん、いつも能面のような作った顔をして。笑うときも筋肉を意識して動かしているようで、自然じゃないんですもの。でも今の顔は、本気で悩んでいるようで。もし、私たちでよければ相談に乗りますよ。だって、もう。私たちは仲間なんですから」
まだ6歳の子供に…バレていた。
それが存外、悔しくて。
――嬉しくて。
「あはは…まあ、気が向いたら、ね。ありがとう…ね」
でも。誰にも理解されないとわかっているから。
だけど、声高な女の子が問題にしているのはそこじゃなかったようで。
「?▲@#!」
「…え?」
「覚えられないのなら、覚えるまで何度でも言います。私の名前は?▲@#!。@#!と呼んでくださって結構です」
「あは…は。了解」
「@#!」
「ど、どうしたの急に」
声高な女の子の表情は至って真剣だった。真面目に、私を真っ直ぐ見据えて。その視線に私は…後ろめたくて。だから、反らしてしまった。
声高な女の子が立ち上がって、私の反らした視線の先に入ってくる。そして言う。@#!と。
「翠沙さん。どういうことかは分かりませんが、翠沙さんがいままで、一度も私たちの名前を言っていない…いえ、言えていないということはわかっています。クラスメイトでは、黒藤様と久和君だけを名前で呼ぶことも。お二方が翠沙さんにとってどんな関係があるのかは分かりません。翠沙さんにとっては、私たちは黒藤様や久和君に比べて取るに足らない存在だとしても。翠沙さんはもう、私たちにとってのヒーローなんです。だから大丈夫です。自信を持ってください。翠沙さんが思っているより、翠沙さんはずっと強い方です。しかし、迷う心もあって、完璧ではありません。ですから、私たちを頼ってください。私たちはもう、仲間なんですから」
ああ、まったく。これだから子供ってやつは、土足で人の心に踏み入ってくる。
認めよう。そうだ。私は、意識もせずに、彼女達の名前を覚えないようにしている。覚えてしまったら、関係してしまうから。関係してしまうと、無関係の人と差がでてしまうから。その差のせいで、救う優劣が決まってしまう。命に優劣が生まれてしまう。世界を救う奴が、命に優劣をつけている。そんな奴に誰が救われたい?私は、嫌だ。そんな奴はヒーローじゃないと拒絶する。嫌悪する。
だけど…彼女は。彼女らは。こんな私でもヒーローだと言ってくれている。
「もう一度、言います。@#!。これが、私の名前です」
「…うん。@#!さん。覚えたよ。…いや、覚えてるよ」
彼女の名前を言って、彼女は満足したのか、もともと座っていた位置に戻った。
「気づいたらもう、月があんな位置に。今日は一段と疲れたから寝ましょうか」
月…か。
そして、彼女らが寝静まった頃を見計らい、もしものために書き置きをして私は待ち合わせ場所に向かった。
R15ってどこまでやっていいんですかね。ヒロインが主人公のナニを握ったらアウトですかね…それとも挿入までいったらアウトですかね。判断に迷っております