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輪廻巡る月夜の果てに  作者: 中沢文人
ワルツ
100/131

円舞曲

今後ともよろしくお願いします

○◎●


もう、会えないのかと思った。こんな私じゃ、『白江』じゃない私じゃ会えないのかと。そんな諦めにも似た何かをこの人はこうやって、打ち砕いてくる。


「なんでってそりゃあ…翠沙に会いたかったから?」

「なに、それ…」


本当に、わけがわからないんだから…

高ぶった激情が鎮まっていく。破壊衝動、捕食本能、嗜虐心。それらが限界まで高まって、自分でも抑えが効かなかった。でも


「やっと…やっと会えた。やっと…」


いまはこうしてあなただけを、見てられる。やっとあなたを――――







――――食べられる


雑なものじゃ満足できない。満たすだけじゃ満足できない。食べても食べても満足できない。食べて飲んで(すす)って嚥下(えんげ)して干して砕いて舐めて足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない


――――あぁ、美味しそう


食べたら死んでしまうほど美味しいと分かっている極上のご飯がこの世から無くなってしまって、もう食べられないと諦めていたけれどあり得ない奇跡が起きて目の前に並んでいたとしたら、どうする?答えは当然、獣のように食らいつく、だろう。満たされない空腹が、満たされない欲求が、満たされない本能が。満たされると分かっているから。

やっと…やっと…

肩に腕を回してその唇に(むさぼ)りつこうとする。唾液は最高のジュースだ。血はワイン。脳髄はコーヒー。ああ、どんな味がするのかな。どんな風に満たされるかな。どんな…どんな…


「ごめんな…今回はこれだけで許してくれ」

「ん!?」


舌を伝い流れるのは脳を溶かすほどに甘美な液体。濃密で濃厚な液体。ほのかな鉄の匂いがツンと鼻の奥を通って良いアクセントになっている。

ああ、もっと。もっともっと。もっともっともっと。もっと欲しい。もっともっともっともっともっと欲しい。欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい!!


「ひどい…ひどいよ『地球の使徒』」

「焦らされるのが好きなんだろ?」

「さんざん焦らしてきておいて!!」


肌を伝っていた心地の良い体温が離れる。寂しさよりももっと、もっとという欲の方が強い。

目の前にある。でも手に入らない。なら力づくで、手にいれる。


「ちょうだい、『地球の使徒』。あなたの全てを、私に食べさせて」

「あれ?俺翠沙にこんなに情熱的に求められるのって初めてじゃね?」


違う。初めてじゃない。あなたが気づかなかっただけで。スルーしただけで、もっと扇情的に誘惑したことだってある。そんな分からず屋だから、もう…全力で、力尽くで手にいれる。


●◎○


ラーマと重三、天王寺と亡骸、そして緋音を防護殻のようなもので覆った瑠璃也は準備万端とでも言うように軽く体をほぐして戦闘体勢へと変わった。


「正直、地力が違うからな。翠沙、お前じゃ俺に勝てないと思うぞ?」

「私が…私が何億年と戦い続けたと思ってるの!?その余裕、ずっとおじいちゃんにしごかれてきた私の本気を前にしても崩さずにいれるかな!!」

「そりゃ恐ろしい…な!!」


瑠璃也が左半身を後方にずらす。その直後に眉間脳幹喉心臓鳩尾(みぞおち)股間と、急所が並ぶ正中線の急所を各所的確に狙った矢が亜音速で飛んできた。

予定調和。『月の使徒』は避けられるとわかってした攻撃だし、瑠璃也も来るだろうと思っていた。互いに信頼した攻防だ。

そして、ここからが本番。

ソニックブームを念力でねじ伏せ、続く矢を薄い防護膜を角度をつけて軌道上に置くことで弾道を逸らす。しかし逸れた矢は、それを予測していた『月の使徒』により逸れた先に置いてあった三つの光珠によって作られたゲートを通って瑠璃也の消失点へと出現。勢いを失わずに最初の目標通りに瑠璃也の脳幹を狙って飛んで来る。そしてそのまま瑠璃也を貫いた。


「……」


あまりにも手応えがなさすぎる。そう感じた『月の使徒』は警戒を解かない。

その手応えを『月の使徒』は感じることができない。なぜなら『月の使徒』は宙に浮いているからだ。瑠璃也が頭を貫かれて地面へと倒れ伏した瞬間、大規模な地震が起こっていた。

警戒を解かず、『月の使徒』は宙空に留まって何があっても対処できるように準備を完了して待っていた。だが、それは判断ミスだった。


「な…ん!?」


高度が落ちてる…いや、地面が迫ってきてる!!

そう認識した瞬間、迫ってきていた地面から巨大な腕のようなものが生え、宙に浮かぶ『月の使徒』をまるで羽虫を叩き潰すように合掌してくる。

ずいぶんと舐められたものだと、そう感じた『月の使徒』は迫る巨腕(きょわん)を蜘蛛の子を散らすように消し去った。

――ほらほら、そんなものか?


「う…っさい!!」


弓の形状を大きく変化させる。形成されたのは弦の長さが一キロメートルほどある弓だった。それを地に向けて、念力で矢を引き、迫る地に放つ。

確かに穿った。その奥には溶岩が覗いている。しかし。

ばっと背後を振り返ると、頬を強めに押し返すものがあった。そして視界には…再会した時と同じくらいの笑顔の『地球の使徒』が。意識すれば、自分は頬を突っつかれたのだと、そう認識できた。同時に、おちょくられているのだということも。


「……ない、で」

「ん?」

「ふざけないで!!」


弓の形状を一瞬で変化。扱い慣れた槍へと変えて握りしめ、そのまま筋肉を躍動させ『地球の使徒』を切り裂く。 憤怒に刈られた激しい本能のことを、もはや『月の使徒』は忘れていた。

瑠璃也の狙い通りと言っていいだろう。激しい怒りは他の理性を忘れさせる。他の本能をも忘れさせる。だから瑠璃也は『月の使徒』を怒らせることに注力した。

そして『月の使徒』は気づかない。それもそうだろう。誰が、相手が自分を数分本気で怒らせるためだけに命とプライドを懸けて新しい元素を見つけるほどの緻密な計算を要したと考えるだろうか。

瑠璃也がこのあとにする事といったら、その怒りを静めるだけだ。


「いいぜ、お前の全力、その全てを受け止めてやるよ」

「私の努力も知らずに、何も知らないでただ繰り返してたるーくん(・・・・)が偉そうに!!」


閃。音速で瑠璃也の胸に放たれた槍。それは瑠璃也が作った斥力場によって阻まれていた。そんな簡単にはいかないかと、『月の使徒』は音速の三倍の速度で移動して受け止められていた槍を蹴ってねじ込む。

空間が割れる音がする。世界の悲鳴が聞こえる。しかし瑠璃也はそれすらも翠沙とのふれあいだとして愛しく思えていた。

全力の翠沙を全力だと知って全力で受け止める。いままでに、そしてこれからにも無いことだろう。これまでの記憶をもっている。だからこそこの時間が欠け代えのないものだと理解していた。そして、理解しているからこそ愛惜しい。

ねじ込むのは諦めた『月の使徒』は突き刺そうとしていた槍をすぐさま手に取って、立体機動で瑠璃也に攻め入る。最初から全力。『月の使徒』となった今では、竜也とやったときよりも速く動ける。一瞬で六十…六十六…七十二。もっと速く、重く、鋭く。攻撃を繰り出す。しかし瑠璃也は…


「そんなに速い攻撃なら、殻に閉じ籠るように全方位守った方が簡単だよな。相手はただただ、疲れるだけ」


煽る煽る。

こういう時は一点を集中攻撃して防御を崩すのが定石だ。しかし手応えから、先ほどの斥力場と同じくらいの強度を持つと思われる。生半可な攻撃をしては労力の無駄だ。そして、槍での一点集中攻撃というのは他方向への攻撃よりも労力がいる。ただ、真の意味での一点集中攻撃ができるという所が利点か。

突きに特化するか、斬りも交えたものにするか。突きに特化すれば反動が大きく、斬りも交えたものにすれば時間がかかる。固有の能力で無力化できればよかったものを、この防殻。たちの悪いことに、『月の使徒』の能力対策か『白江翠沙』の能力対策か、多重の薄い膜がものすごい数重なっているものなのだ。しかも一枚一枚がレンガ並みの強度なため一息に剥がすには干渉強度が足りなすぎる。だから物理で壊すしかない。しかし当然、それは容易なことではなかった。


「はあああああああ!!!!!!!!!!」


怒濤の連閃。一点集中の負荷?そんなの関係ないとばかりに反動も気にせず、これまでの全てを乗せた突きを一点に打つ。バリバリと防殻が割れる音が轟き、遂には最後、バギン、と大きな音を鳴らした。


「そん…な」


そう…音を発てたのは手元からだった。折れるはずのないもの。槍という概念。貫くという概念だけで錬成し固めたもの。折れるという概念を含まないゆえに、折れることがない…はずだったもの。それが、折れた。その事実を受け入れられずに『月の使徒』は呆然と折れた穂先が地へと落ちていく様を見届けていた。

はっと意識を戻したのは数秒。折れた槍を光珠に戻し、別の光珠で槍を作る。形状記憶をしているため出来上がるのは一瞬だった。それをもう一度瑠璃也に突き刺…そうとしたところで、その槍がびくともしなかった。

原因は単純。それを邪魔する者がいたから。手段は簡単。槍をその手で掴んでいたから。理由は


「今度は俺が攻める番だ。じゃないと不公平だろ?」


よく分からなかった。

しかしその圧力は本物だった。危険を本能的に感じ取った『月の使徒』はすぐさま槍を手放して退避する。その退避した先に…


「こりゃまた可愛らしい砲弾を受け止めちまった」

「っ!?」


再会の時と同じように受け止められた。

おちょくられている。それを全身で感じ取った『月の使徒』は全身の筋肉を伸縮させ、背後の瑠璃也へと回し蹴りを繰り出した。しかし瑠璃也はそれを受け流して


「次は俺の番だって言ったろ?」


合気の要領でカウンター。『月の使徒』の胴へと蹴りを入れる。『月の使徒』がそれを崩れた体勢の中防いだのは瑠璃也も驚く所だったが、気にせず左フックを空いた胸へとねじ込む。しかしこれも防がれた。それも…


「その腰の翼、邪魔だな…」


急に肥大化した翼によって。『月の使徒』が攻撃するときに小さくなって腰に収まっていたそれが、再び『月の使徒』の身を守るようにその体を覆ったのだった。

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