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6

 旧校舎地下――そこは、普段生徒が足を踏み入れることのない空間だった。


 夕暮れを過ぎた時刻。生徒たちの帰途とは逆方向へと歩を進めた桜庭美羽は、通用口から旧棟へと入っていった。


 足音が妙に響く。古びた階段は軋み、廊下には誰のものとも知れぬ足跡の黒ずみが残っている。


 薄暗い蛍光灯の下にあった「資料保管室」の扉は、金属製の錆びた引き戸だった。


 張り紙が一枚だけ貼られていた。


【保管資料閲覧の際は必ず一名で行うこと。鏡面資料に手を触れないこと】




 「……鏡面資料……?」


 美羽は不審に思いながらも扉を開いた。


 室内には、鉄製の書架が並び、埃をかぶった箱がいくつも積み上がっていた。

 空気は重く、湿り気を帯びていた。


 教務課から指示された“桜庭美羽個人記録箱”は、最奥の棚の中にあった。


 箱の中には、美羽の中学時代から現在に至るまでの成績表や健康診断の記録、課題の提出物などが綴られていた。


 だが――


「……これ……おかしい」


 中学三年の冬の記録に、“桜庭美羽”の名が二重に記載されていた。

 1月10日提出と、1月11日提出の成績表。内容は酷似しているが、わずかに異なる評価が並んでいた。


 「どっちが……わたし?」


 手が震えた。確かにこの頃、妙な既視感や“日付の感覚”に違和感を覚えた記憶がある。


 さらにページをめくると、封筒が一枚、隠されていた。


 表面には、赤い文字でこう書かれていた。


【要封印記録:鏡事件/生徒:桜庭美羽(観察対象)】




 開封した瞬間、冷たい風が室内に吹き込んだ。


 封筒の中には、校内で発生した“鏡に関連する事件”の詳細が記録されていた。


 「対象者は階段踊り場の鏡にて意識を二重化。以降、“自己記録”が複数並立」

 「本人は“すり替え”を認識し、精神分裂の兆候あり」

 「観察者の鏡より転写された“影記録”に、別個体としての桜庭美羽が出現」


 「観察者の……鏡?」


 その名を口にした瞬間――


 資料室の壁面に掛けられていた“曇った鏡”が、ぬらりと波紋を広げた。


 そして――


 鏡の中から、自分が“見られている”感覚が走った。


 誰かがそこにいた。

 いや、“何か”が、彼女の存在を観察している。


「……ここも、まだ終わってない……」


 美羽はそう呟きながら、封筒を懐にしまい、足早にその場を後にした。



---


 一方――その頃、中川朱音は自室で奇妙な“記憶の混線”に苛まれていた。


 夕方の買い物の記憶があるはずなのに、財布の中身は変わっておらず、家族に話した内容も食い違っている。


 そして、部屋の机の上に、見覚えのない“文集”が置かれていた。


 表紙にはこう記されていた。


《卒業記念誌 第72期生 桜庭美羽送辞》




 ――72期生?


 朱音たちの代は73期。つまり、この文集は“1年前のもの”のはずだった。


 開いてみると、送辞を読み上げている人物の名前が、朱音になっていた。


「……これ……おかしい。こんな文章、書いた覚えないのに……」


 そしてページの最後。卒業式当日の写真に写っていた“送辞代表の生徒”は――


 朱音に酷似した、別の人物だった。


 唇の形、目元の雰囲気だけが微妙に異なり、わずかに“違う誰か”のようだった。


 朱音はぞっとして、窓際の鏡を反射的に見た。


 そこに映っていた自分の顔――口元が、笑っていなかった。


 「……あたしじゃ、ない……これ、わたしの顔じゃない……」


 何かが、すでに始まっていた。









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