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桜庭美羽は、「あの日」から、一切の鏡を直視しなくなった。
登校前の支度も、洗面台ではなく、部屋の隅に置かれた古い曇りガラスで代用する。
反射面がはっきりと見えるもの――とくに“自分自身の目と、目が合う場所”――を極端に避けるようになっていた。
そんな彼女に、ある日、生徒指導室から一通の通知が届いた。
【至急:あなたに関わる“旧記録資料”が見つかりました】
【来週月曜までに、旧校舎地下資料室にて確認をお願いします】
「……旧校舎、地下……?」
美羽は見覚えのないその地名に、直感的な嫌悪を覚えた。
だが、それと同時に、朱音の言葉が脳裏をよぎった。
――「鏡にまつわる“記録”は、学校の奥深くに封じられてる。鏡守以外にも、まだ何かが眠ってるかもしれない」
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中川朱音は、図書室の奥の棚から、もう誰も読まなくなった校史資料を引っ張り出していた。
昭和48年、失踪事件の他に、同様の記述がいくつも見つかっている。
「鏡を見た者が変わった」
「声が届かない。意識が入れ替わったと叫んでいた」
「鏡の裏に“何か”がいる。ずっと、見ている」
そして最後の一文に、朱音の目が止まった。
“鏡守”はひとりではない――。
《鏡守:四方の封印》という制度が、戦後に設けられていた。
「……四人?」
その瞬間、図書室の奥にある“鏡面の本棚”の中に、誰かが“立っている”のが見えた。
黒い制服。目元を隠した女子生徒。口元だけが微かに笑っていた。
朱音は息をのんだ。
――その女は、鏡の中から、自分のことをじっと見ていた。