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鏡守 -KAGAMIMORI-
Episode 7:反射する私
その日から、美羽は鏡を見るたび、わずかな違和感を抱くようになった。
洗面所の鏡、スマートフォンの前面カメラ、電車の窓――
“映っている美羽”が、ほんの少し、動きが遅れている。
最初は疲れだと思った。目の錯覚。偶然のタイミング。
けれど、それは少しずつ、明確に“ズレ”を持ちはじめていった。
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月曜日の朝。
美羽は、登校中にふと足を止めた。
小学校時代の記憶が――改ざんされていた。
「朱音って、昔から一緒だったよね?」
麻理が笑顔で言った。
朱音。そう。親友。中学からじゃなかった? いや、小学3年の時にはもういたはず……?
写真。アルバム。LINEの履歴。
すべてに、朱音がいた。
でも、美羽の中の“感情”だけが、首を横に振っていた。
(おかしい。こんなに鮮明なはずなのに――“懐かしさ”が、ない)
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放課後、美羽は鏡守の間を訪ねた。
老婆は、美羽の顔を見るなり呟いた。
「もう、始まっておるな」
「“反射体”が、君の意識と重なってきた。朱音を戻そうとした代償じゃ」
「代償……?」
「思い出そうとしたことは、すなわち**“新たな存在”として構築すること」
「君が“あの子”を強く思うほど、朱音は“朱音ではない何か”として世界に滲み出す」
「その影響が、君にも出始めておるのじゃ」
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その夜、美羽の夢に“鏡のない部屋”が再び現れた。
そして、そこに座っていたのは朱音……ではなかった。
美羽自身だった。
けれど、表情が違う。目に光がない。
何かが“抜け落ちたような顔”。
そして、夢の中の“もう一人の美羽”が、ゆっくりとこう囁いた。
> 「あなた、わたしを見ていたんだよね」
「ずっと前から、ずっとずっと――鏡越しに」
「でもそろそろ、“入れ替わって”いい頃じゃない?」
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朝。
制服のポケットから、一枚の手紙が出てきた。
自分の字だった。
> 〈記録改変確認報告〉
・朱音:再構築成功(表層人格統合率92%)
・高梨あかね:記録統合済(廃棄予定)
・ミウ(観測者):交代準備完了
(……誰が書いたの?)
確かに、自分の筆跡なのに、書いた覚えがない。
鏡を見る。映っているのは、美羽。
でも、その唇がゆっくりと動く。
「“わたし”はあなた。だから、あなたは“もういらない”」
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鏡が、笑った。
スマートフォンの画面に映る自分が、まばたきしない。
電車の窓に映る顔が、口を裂いて笑った。
廊下を歩く美羽の後ろで、足音がずれて重なる。
自分の名前を、クラスメイトが口にするとき、
なぜか**「どっちの“美羽”のこと?」**と、聞き返したくなる。
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夜、美羽の部屋の鏡が、ついに**“音を立てて”ひび割れた。**
そこに、もう一人の“美羽”が立っていた。
白い制服。瞳に色がない。
だけど、完璧に“自分”だった。
彼女は、鏡の向こうから問いかけた。
> 「あなたの名前は、何?」
美羽は、言葉が出なかった。
その代わりに、“もう一人の自分”が、笑って答えた。
> 「わたしの名前は、“ミウ”。本物の、“ミウ”。」