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七話:初めてのパーティ探索

 マーティ目掛けてでたらめに振るわれた棍棒の一撃を、間に割って入ったミューリが青銅製の大盾で防ぐ。

 後ろ足を一歩引いてしっかりと衝撃を受け止めると、ミューリはそのまま大盾で棍棒を押し返し、振るったゴブリンの横面を張り飛ばした。

 盾スキルの一つである『シールドバッシュ』だ。

 重量のある大盾で痛打されたゴブリンは、たまらず悲鳴を上げて顔を押さえ、隙だらけになる。


「今だよ、マーティ!」


「『猫の呼吸』!」


 間髪入れずにミューリの陰から飛び出たマーティが、呼吸術を発動させる。

 一瞬マーティの身体がたわみ、ばねのような瞬発力を得てゴブリンに襲い掛かる。まさしく獲物を狩る猫のような機敏な動きだった。

 奇襲に対応し切れなかったゴブリンは、ショートソードを顔面に受けて昏倒する。

 倒れたゴブリンを見て、ミューリは満足そうに笑う。


「連携が様になってきたね。うん、いい感じ」


「自信が無さそうでしたが、マーティも戦えてますね。いけるじゃないですか」


 戦闘で負ったミューリの細かい傷に薬を塗るベアトリスがマーティに讃辞を送る。

 褒められた経験がほとんどないマーティは、照れたように頬をかいた。


「奇襲なら慣れてるから」


 取り繕うかのように咳をすると、マーティは聞き耳を立て始める。

 パーティメンバーが三人になって、ようやくマーティたちも危なげなくモンスターと戦えるようになってきた。

 マーティが見つけた敵にベアトリスが先制で魔法を打ち込んで数を減らし、ミューリが残りの敵の注意を引き付ける。ミューリが敵の気を引いている間にマーティが生き残りを仕留める。

 安定した戦い方だった。


「まあ、欲をいえば、乱戦時に仕留め損なうことがあるのを何とかして欲しいものですけど」


 浮かれるマーティにベアトリスが釘を刺す。

 どんな状況でも確実に倒せればいいのだが、まだ呼吸術が安定しないせいか、奇襲以外でマーティが敵に与える損害はぶれ幅がある。結果として、乱戦になると先制で魔法を決めるだけのはずのベアトリスがマーティの後詰をする必要に迫られていた。

 それでも、パーティを組む前に比べ、マーティの呼吸術は格段に進歩してきている。安全な状況でなら呼吸術が失敗することはまずなくなった。

 これは、一人で探索する必要が無くなったことで、マーティ自身に余裕が出てきたことが大きい。今までは何でも全て一人でやらなければならなかったのに比べ、それらを仲間たちと分担できるようになった分、呼吸術に集中できるようになったのだ。


「やっぱり、マーティがいると凄く戦いやすいね」


 ミューリは上機嫌で鼻歌を歌っている。歩くだけで大きな物音を立てるから仕方ないとはいえ、敵に気付かれることを一切考えない物凄く暢気な行動だった。

 それも、戦闘が安定してきたことによる、ある意味弊害といえよう。

 戦闘はともかく、索敵に関してはマーティは二人の追随を許さない。

 高い聞き耳スキルの恩恵で、大抵姿が見えるより前に敵を見つけて攻撃態勢に入れる。そのため、魔法によるベアトリスの先制攻撃がほぼ確実に刺さるのだ。

 高火力だが乱戦では味方を巻き込む可能性があるため、思うように力を奮えない範囲火力持ちの魔法使いにとって、安全な距離から一方的に攻撃ができるというのは、それだけでかなりの恩恵がある。


「確かに。隠れて待ち伏せしているスライムも見逃しませんし」


 呼吸術で猫の身体能力を借りている間は、マーティはとても夜目が利く。呼吸が続いている限り、人間が見通せないような暗闇であっても敵を見つけることができる。

 迷宮にいるモンスターにも闇夜に適応している種は多いので、先制を取るにはあまり役に立たないが、スライムが潜んでいる場合や悪路を歩く場合は役に立った。


「二人とも、戦闘準備。前方から羽音が聞こえた。数は少なくとも十匹以上。こっちに向かってきてるけど、たぶんまだ気付いてない」


 聞き耳を立てていたマーティが新たな敵の接近に気付いた。

 反応してミューリが素早くその場で動くのを止める。

 停止したその姿はまるで彫像になったかのようで、ぴくりとも動かない代わりに、全く物音を立てることは無かった。


(……認めるのは悔しいですが、本当に察知するのが早い。耳が良い吸血蝙蝠より先に気付くなんて)


 吸血蝙蝠に気取られぬよう、心の中で呆れた声を漏らしたベアトリスが、囁くよりも小さな声で詠唱を始める。

 ソロで迷宮に挑んでいたマーティは、いくら先に気付けても察知されて多勢に無勢でやられることも多かったのだが、今は魔法が使えるベアトリスがいるので危なげなく戦える。

 どうやら輝石騎士団の露払いは無事に終われそうだった。

 魔法の方が先に完成し、ベアトリスは発動を遅延させてタイミングを計る。


「『ファイアアロー』」


 待ち伏せされていることに気付かず現れた吸血蝙蝠の群れの中心に、ベアトリスの放った炎属性の魔法が不意打ちで突き刺さった。

 基本的に獣種のモンスターは炎属性を弱点としている。吸血蝙蝠も例外ではない。

 何匹かが魔法の効果範囲から逃れて生き残ったが、半分以上は無数に出現した炎の矢に射抜かれ、黒こげになって地に落ちる。

 再びベアトリスは魔法の詠唱を始める。

 生き残りの吸血蝙蝠たちが、敵意を一斉にベアトリスに向けた。


「させない! 『タウント』!」


 群れの仲間の仇を取らんと牙を剥き出しにして襲い掛かろうとした吸血蝙蝠たちは、間髪入れず発動したミューリの盾スキルによって攻撃を中断させられ、ミューリに敵意の矛先を変える。


「『スマッシュバブル』」


 間髪入れずにベアトリスが放った水属性魔法が吸血蝙蝠を地面に叩き落す。

 先ほどの火魔法1のスキルで広範囲に炎の矢を降らすファイアアローに比べ、水魔法1のスキルであるスマッシュバブルは単体しか狙えないのに威力が低く、吸血蝙蝠ですら一撃では倒せない。

 だがそれも織り込み済みだ。詠唱が短く連射が利き、弾速が速く命中性能も悪くないので、生き残っている吸血蝙蝠をピンポイントに狙い打ちするにはもってこいである。

 控えていたマーティの出番はここからだ。飛行さえ封じれば、手負いの吸血蝙蝠などマーティでも一撃で倒せる。撃ち落される個体に一匹ずつ止めを刺していくだけの単純作業だ。


「吸血蝙蝠って、こんなに弱かったっけ……?」


 あまりにも簡単に事が済んでしまうので、かえって不安になるマーティだった。

 以前は正式なパーティを組んで活動していたミューリが、マーティの様子を見てくすりと笑った。


「ちゃんとパーティ組んで戦えばこんなものだよ。ソロやペアでやろうとすると地獄を見るけど」


 危なげなく戦っていて忘れそうになるが、吸血蝙蝠はこれでも、ソロ探索においてマーティやミューリを苦しめた強敵だ。


「……まるで実際に地獄を見たかのような言い方ですね」


 今回が迷宮初探索のベアトリスが、マーティとミューリのやり取りを聞いて不思議そうな顔をしたのに気付き、二人はベアトリスに説明する。


「わたしもマーティもソロ探索の経験あるからね。わたしの場合は受けるダメージは微々たるものだったんだけど、倒す数より増える数の方が多くて、最終的には数の暴力に圧殺されちゃった」


「ぼくの場合は、見つかって逃げ回っているうちに呼吸術が切れて囲まれて、かな」


 ミューリの中では笑い話になっているのか苦笑交じりに話しているが、マーティにとっては苦い記憶である。


「っていうか、パーティ組むまでぼくはずっとソロで探索してたんだけど……知らない?」


 自慢するような話ではないし、本意ではないのでマーティの方から話すようなことはしないが、マーティはいわゆる落ちこぼれとして学園ではそれなりに有名だ。

 格好も学園に入学できるほどの生徒にしてはみすぼらしいし、目立った才能もない。

 悪目立ちすれば槍玉に上げられるのは当然で、新入生でも、数日学園で過ごせば大抵マーティの噂の一つや二つは耳に入る。


「言われてみれば聞いたことがあるような気もしますが、はっきりとは覚えていませんでした。興味が無かったので」


 どうでもいいことについては、ばっさり切り捨てる性格らしい。

 余計な先入観を持たれずに済んで良かったと思うべきか、意識すらされていなかったことを嘆くべきか、マーティは少し迷った。

 雑談しながらも、マーティは迷宮の中にいるということを忘れていない。

 もはや無意識のレベルで習慣になっている聞き耳を行い、近付きつつある複数の足音を察知する。

 ゴブリンの群れだ。


「右の通路から新手が来るよ。真っ直ぐ近付いてきてるから、たぶん向こうもぼくらに気付いてる。このままいけば、あと二十秒くらいで接敵する」


「それだけ分かれば先制できますね。十分です」


 ベアトリスは舌なめずりをすると、魔法の詠唱をする。例え1でもやはり詠唱スキルの恩恵は大きく、スキルなしの詠唱と比べて、ベアトリスの詠唱は二倍以上早い。ゴブリンたちが出てくる前に準備は完了し、発動遅延に入った。


「ゲ?」


「ゲギョ?」


 しばらく待つと、多少の知能はあるのか、やや警戒しながらゴブリンたちが通路から出てくる。吸血蝙蝠の群れと戦ったそこは、戦うには十分なスペースだ。


「『フレイムボール』」


 放たれた魔法は、先ほどベアトリスが使った魔法とは同じ属性でも別の魔法だった。

 火魔法1のファイアアローと同じく広範囲の火力スキルだが、火魔法2のスキルであるフレイムボールは、地面に着弾させて着弾地点を中心に炎を撒き散らすスキルなので、上空を飛ぶ吸血蝙蝠を落とすのに向かない。その代わり、ファイアアロー以上の火力があるので、ゴブリンを相手取るにはぴったりだ。

 吸血蝙蝠よりも多少知能が高いのが災いし、ベアトリスの魔法で炎に呑まれたゴブリンたちは恐慌状態に陥った。ばらばらに逃げ惑い、身体についた火を消そうと転げ回った。

 炎魔法の一撃で敵ゴブリンの隊列は大きく乱れている。各個撃破のチャンスだ。


「突っ込むよ、マーティ!」


「分かった!」


「『スマッシュバブル』!」


 二人を追い越して、ベアトリスによる追撃がゴブリンたちに飛んでいく。

 先に走り出したミューリを、追いかけるマーティはあっさりと抜き去った。重装備と軽装備の違いだ。追撃戦では、重量による速度の差が如実に現れる。


「『猫の呼吸』」


 一瞬だけ呼吸術を発動させたマーティが、さらに加速してショートソードを手近なゴブリンに突き立てる。

 火を消そうとして地面に倒れているので、足で延髄などを踏み折った方が早いのだが、マーティの防具は木製なので、ゴブリンがまだ燃えていた場合、下手をすると火が燃え移ってしまう。

 それにマーティには一撃で延髄を踏み折れるほどの筋力も重量も無いので、安全に始末できるベアトリスの追撃で火が消えたゴブリンだけを狙った。

 遅れて駆けつけたミューリは、燃える心配がないので、ゴブリンがまだ燃えていようが躊躇無く踏み折っている。伝わる熱も、一瞬ならどうということはない。鎧の重量が加わったスタンプは実にえぐい。

 不利を悟ったゴブリンたちは、火を消えた個体から次々に逃げ出そうとした。


「『タウント』!」


 しかしそうは問屋が下ろさない。

 状況を見て取り咄嗟に盾スキルを使用したミューリに強制的に注意を向けさせられ、逃げようとしていたゴブリンたちの足が止まる。

 ゴブリンの群れが殲滅されるのに、そう時間はかからなかった。



■ □ ■



 一連の戦闘を終えたミューリは大変上機嫌だった。


「いやー、素材がざっくざく。低層産といえど、これだけあれば黒字は安泰ね」


 吸血蝙蝠からは翼と牙と血袋を、ゴブリンからは爪を素材として回収している。他にもゴブリンは武装をしていることも多いので、粗末で大した価値は無いが、武具も数点手に入れることができた。

 木製武具でがんばっているマーティなら装備の更新ができそうだが、残念ながら、ゴブリンが落とす武具は全て金属製なので、重装備を嫌うマーティでは使う意味があまりない。ミューリにしてみても、今使っているものよりも価値は低いので、売却目的だ。

 こういうとき、ミューリが持つ魔法の鞄は大変便利だった。何しろ保管に場所を取らないで済むから、取捨選択に悩むことがない。重量までは誤魔化してくれないので重すぎるものは持てないが、戦闘で得る素材といくつかの武具くらいなら大したことはない。

 それに、ミューリのような重戦士は動けるなら重いに越したことはなく、重量が増えるのはメリットの方が大きい。足の遅さは元々が重いので仕方ないが。

 他の随伴パーティも、順調に露払いを終えているようだった。

 確保された安全な道を、輝石騎士団の面々が規則正しく足並み揃えて進んでいく。

 マーティの視線は、一人の少女に吸い寄せられていた。

 『小剣姫』ベティ。マーティの憧れだ。

 ベティはカイオスと共に、地図を広げながら何事か話し合っている。真剣な表情のベティに対し、カイオスは終始笑みを浮かべ、まるで安全な地上にいるかのように寛いでいる。

 やがてカイオスはベティに何事か言いつけると、さっさと休憩に入ってしまった。その背中を見送って、呆れたような顔でベティが嘆息している。

 仮にもパーティリーダーであるというのに、カイオスの緊張感の無さにマーティは密かに開いた口が塞がらなかった。確かに、輝石騎士団なら、ストームベアは強敵とはいえ、決して倒せない敵ではないから、緊張するようなことではないのかもしれない。

 だが、さすがの彼らでも、学園の迷宮以外にモンスターと戦った経験はないはずだ。外の迷宮のモンスターの強さを、自分たちの物差しで測るのが正しいのかどうか、マーティには分からなかった。


「まあ、戦えば分かることか。そもそも、輝石騎士団が負けるのは考えにくいし」


 いつまでも心配をしていても仕方ない。

 気持ちを切り替えると、自分たちに当のベティが近付いてきていたことに気がつく。

 内心ドギマギしながら、マーティはベティを出迎える。


「ご苦労様。団長が休憩を取った後、あなたたちに警戒に出てくれと言っているの。悪いけど、頼まれてくれないかしら」


「分かりました。お任せください」


 緊張してまともに返事ができないマーティの代わりに、ミューリが答える。

 同学年のはずなのに、初々しい態度のマーティに無意識に笑みをこぼしたベティは、残りの一人に眼を向ける。


「うん? あなたはもしかして、ヴィーチェ男爵の」


「ベアトリスです」


 規模に天と地ほどの差があるが、同じ貴族同士なのでベアトリスはベティと一応面識があった。

 社交辞令でベアトリスと軽く挨拶をかわし、ベティは去っていった。


「……そんな顔をされても困ります」


 自分を見るマーティの顔に、露骨に「羨ましい」と書いてあるのを見て、ベアトリスは顔をしかめた。

 苦笑しながらミューリがベアトリスに話しかける。


「びっくりしちゃった。ベアトリスって、小剣姫と知り合いなの?」


「夜会でたまに顔を合わせたことがある程度ですよ。貴族社会は広そうに見えて、意外と狭いですから」


 緊張がようやく解けたマーティが、がっくりと肩を落とす。


「うう、緊張してほとんど喋れなかった……」


 残念そうにしているマーティがおかしくて、ミューリはくすりと笑った。

 


■ □ ■



 休憩が終わり、マーティたちはベティに言われた通り索敵をすることになった。


「索敵はぼくがやるよ。敵を見つけたらこっちに誘い込むから、手筈通りに一気に殲滅しよう」


 これから三人が行うのは、いわゆる「釣り狩り」というものである。

 素材を得たいパーティがよく多用する狩り方で、わざと発見されることでモンスターを一箇所に集め、そこに火力を集中させて倒し、効率よく稼ぐことを目的としている。


 モンスターを集めるという関係上、効率が良い反面、釣り役の生存率の低さや、下手をするとパーティが壊滅しかねない危険など、問題点も多い。

 それでも多くのパーティが行うのは、それらに見合った報酬が得られるからに他ならない。

 それに、マーティは戦闘能力を犠牲にして生存率の高さに特化した探索者だ。索敵、隠密は十八番であり、成績は落ち零れでもそれなりに自信があった。


「取れるものは取ろうね。もったいないし」


 今回は素材目的ではないが、商魂たくましいミューリは稼ぐ気満々だった。

 ミューリとベアトリスは輝石騎士団が遠くに見える程度に離れた広場に陣取り、ベアトリスの火魔法で灯りを作り、照らしている。灯りがある分悪目立ちするが、やはり視界を確保できるという恩恵には変えがたい。

 釣り狩りをするといっても、それはあくまでついでである。そもそもの目的は、ベティから伝えられた通り、マーティが索敵をすることによって、辺りを警戒することにある。

 二人の姿が離れていくにつれ、魔法の灯りも届かなくなり、周りは薄暗くなっていく。マーティはカンテラを取り出し、火を灯した。

 改善された視界に見える範囲でモンスターの姿はない。聞き耳を立ててみても、近くをモンスターが徘徊しているような不審な物音は聞こえない。


(……この辺りは安全かな。ちょっと移動してみよう)


 単独行動の常として、退路を意識しながらマーティは慎重に探索範囲を広げる。

 聞き耳の監視網の端に何かが引っかかった。

 足音ではなく、羽ばたきの音が複数。

 吸血蝙蝠の群れだ。ときおり逸れながらも、ゆっくりとマーティへと近付いてきている。吸血蝙蝠の感知範囲は広く、個体によってはマーティの聞き耳より先に察知されることもあるので、油断は出来ない。

 これだけの距離があれば、忍び足と気配遮断を駆使すれば撒くことはそう難しいことでもなかったが、今回は撒いてもあまり意味がない。

 マーティは聞き耳を立てたまま、わざと忍び足を使わずに来た道を戻り始めた。

 吸血蝙蝠の群れの羽ばたき音が、急に一糸乱れぬものに変わった。どうやらマーティに気付いたようだ。マーティの足音を頼りに少しずつ距離を詰めている。ミューリとベアトリスとの合流場所で追いつかれるように、マーティは速度を調節しながら走り出す。

 合流場所に近付くにつれ、灯りの影響で周囲が明るくなってくる。予定通り、戻ってきた頃には聞き耳を立てずとも羽ばたき音が聞こえる程度にまでマーティは吸血蝙蝠に接近されていた。


「釣ってきたよ! モンスターは吸血蝙蝠! ミューリ、盾スキル用意急いで! ベアトリスは魔法の準備を!」


 一応声をかけたが、ミューリは言われる前に、マーティの姿を見つけた時点で長剣と盾を手に立ち上がっていた。ベアトリスはミューリに一拍遅れ、声がかかると同時に詠唱を始める。この辺りの反応の違いは、やはり経験の差だろう。

 長い距離を追いかけてきた吸血蝙蝠の群れが広場に飛び込んでくる。新たにミューリとベアトリスの存在に気付いた吸血蝙蝠の一部が、狙いをマーティから二人に変えて群れを逸れる。


「『タウント』!」


 すかさずミューリが挑発効果の盾スキルを発動し、全ての吸血蝙蝠の注意を自分に向ける。


「『ファイアアロー』」


 遅れて完成したベアトリスの魔法が吸血蝙蝠の頭上から降り注ぐ。炎の矢は射抜いた吸血蝙蝠を、燃え上がらせた。

 魔法の余波が多少マーティとミューリに向かうが、マーティは猫の呼吸を使おうとして失敗して無様に逃げ回り、ミューリは危なげなく盾を掲げて防いだ。

 生き残った吸血蝙蝠が、魔法を唱えた直後でまた詠唱を始めているため無防備状態のベアトリスではなく、ミューリ目掛けて襲い掛かる。


「『スマッシュバブル』」


 素早く詠唱を完成させたベアトリスが、ミューリに牙が届く前に吸血蝙蝠を撃ち落していく。前回も見せた、即席だがもはや磐石ともいえる連携だ。

 その間に体勢を立て直したマーティは、ベアトリスが落とした吸血蝙蝠を一匹ずつ始末する係だ。途中からはいちいちショートソードを振るうのが面倒になってきたが、踏み潰すのもマーティではリスクが高く、我慢する。

 ミューリの挑発スキルが切れる頃には、吸血蝙蝠の群れは一網打尽にされていた。

 目視で生き残りがいないことを確認した後、マーティは聞き耳を立てて新手が来ていないか探る。輝石騎士団がいる方向が雑多な音で騒がしいものの、吸血蝙蝠が追いかけてきた方角からは特に不審な物音は聞こえてこない。


「安全確認。警戒を解いて大丈夫だよ」


 自分は念のため聞き耳を継続させたまま、マーティはミューリとベアトリスに聞き耳の結果を伝える。


「速やかに素材を回収しなければ!」


 長剣と大盾の武装を解いたミューリが、素材採取用のナイフを手にいそいそと倒したモンスターの死骸に近寄っていく。利益を目算しているのか、時折含み笑いが漏れる様は女性にあるまじき怪しさである。

 その間に、マーティはベアトリスに近寄っていた。


「お疲れ様。魔力は持ちそう? 結構撃っただろ? もう空に近いんじゃない?」


「何言ってるんですか。まだ半分も減っていませんよ」


 無意識にマーティは自分が魔法を使う場合を想定した尺度に合わせてしまっていたらしく、尋ねられたベアトリスが怪訝な顔をした。


「あっ、そう。ならいいんだ、うん……」


 改めて自分のへっぽこっぷりを思い知らされ、マーティはちょっと凹んだ。


「……どうかしましたか?」


「ううん、なんでもない。じゃあ、次、索敵してくるね」


 疑問符を浮かべるベアトリスに悟られないようあえて明るく振舞いつつ、マーティは再び歩き出した。

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