六話:パーティ結成
次の日の放課後、マーティたちは鍛錬場に集合していた。
探索中は、何度もパーティメンバー同士の連携が求められる。不足なく連携を行うためには、全員の長所短所を共通認識させておく必要があるからだ。
最初に自己紹介から始めることになり、一番手をミューリが務める。
「わたしは職業は戦士で、ポジションは前衛。役割はタンクよ。盾スキル3に長剣スキル3、あと鑑定スキル3と交渉スキル3も持ってるわ」
ミューリは己の学生証を見やすいように差し出した。
一般の学園とは違い、エバーメント学園は迷宮探索が授業の一環としてあるので、学生証には探索者カードと共通する情報が刻まれている。外部の迷宮に潜る一人前の探索者が持つものが、探索者カードである。いわば、学生証は学園迷宮限定の探索者カードなのだ。
職業は迷宮探索者としてのもので、一般の職業とは別である。ポジションの前衛はそのまま。タンクというのは、敵の注意を引き付け、足止め等を行う役割を担う者を指す、一種の専門用語である。スキルの数字はその技能がどれだけ習熟しているかを分かりやすく表している。ミューリの場合、回復役がいないのでパーティの支柱といえる。
これらは迷宮探索者独特の表現で、スキルが高いほど、武術や魔術を含む、扱う様々な技能の冴えが、迷宮内に漂う不思議な力の恩恵を受けて上がるのだ。これは迷宮から持ち帰る素材と共に、迷宮を抱える都市を発展させる要因の一つとなっている。
この不思議な力の恩恵を強く受けることを目指すのが、迷宮探索者たちの一つの目的でもある。
「私は職業は魔法使いで、ポジションは後衛、役割はアタッカーです。火魔法2と水魔法1、詠唱スキル1、瞑想スキル1を所持しています」
逆にベアトリスは典型的な後衛だ。味方に守られた安全な場所から最大火力を放つ。今はまだ入学したてでスキルの数もレベルも低いが、それでも火魔法が初めから2もあるというのは、間違いなく才能だ。
最後に、自信なさげにマーティが告げた。
「ぼくは職業は剣士で、ポジションは前衛、役割は……一応アタッカーになるのかな。風魔法1に体術スキル1、応急手当2、聞き耳5、忍び足4、気配遮断4、俊足2、跳躍1、料理5、罠感知3、罠解除3、呼吸1を持ってる」
申告したあとで、ミューリとベアトリスが無言なままであることに、マーティは戸惑う。
「あれ、どうしたの? 二人とも」
きょとんとした顔のマーティに、ベアトリスが掴みかかった。
「どうしたも何もないですよ! 何なんですかこの中途半端なスキルと無駄スキルのオンパレードは!? 剣士なのにどうして体術スキルなんですか! 風魔法があるのに何で剣士なんですか! そもそもどうして料理スキルがそんなに高いんですか! 料理人でも目指しているのですかあなたは!?」
興奮するベアトリスの横で、ミューリも不満げな顔をする。
「っていうか、マーティに魔法の適正があるなんて、わたしも初めて知ったんだけど。……教えてくれれば良かったのに」
二人に詰め寄られたマーティは、しどろもどろになりながら弁解する。
「そんなこと言われても、魔法の適性なんてあったって金が無いから意味ないし、ずっとソロで探索してたら自然とこうなったっていうか」
マーティのスキル構成は試行錯誤の証である。
風魔法に適正があるとはいっても、それだけでは必要最低限の資質でしかない。
例えばベアトリスのスキル構成を上げれば、火魔法と水魔法の他に、詠唱と瞑想を持っているが、どれも魔法使いにとってはなくてはならないスキルである。
各系統の資質単独、しかも1レベルでは長々と詠唱して発動させ、単体に微妙な効果を与えるのが精一杯だからだ。
詠唱は文字通り魔法の詠唱時間の短縮や発動遅延の有無に繋がるし、瞑想は魔法の威力向上と範囲拡大に繋がる。この二つを揃えて初めて、実用的なレベルになるのである。
生まれつきの才能である魔法そのものとは違って、詠唱と瞑想は才能よりも努力がものをいう技術スキルなので金さえあれば覚えられるが、やはり値段は高い。常時資金難のマーティにはとてもではないが手が出ない。
また、体術スキルを取っているのは、ただ単純にマーティに武器を使うスキルの適正が無いからだ。マーティは小剣はもちろんのこと、他のどんな武器もスキルが発動するほど使いこなせない。唯一辛うじて適正があったのが、体術スキルだけだった。
だが体術スキルというのは、対モンスター戦で扱うにはあまり向いていない。射程はどの武器よりも短く、防具による威力の減衰も顕著だ。中には防具の上から直接内部に衝撃を与える技もあるにはあるが、高い習熟を必要とするのでマーティには扱えない。
特にモンスターとの戦いにおいて、射程が短いということはそれだけで致命的だ。重武装をしているならともかく、体術スキルを使うためには軽装でなければならない。基本的にモンスターというのは、タンクという専門の役割が必要になるほどどいつもこいつも攻撃力が高いのである。ソロで体術スキルで戦えば、確実に死ぬと断言できるくらいに。というかマーティは、何回かそれで倒されたことがある。経験論というやつだ。
まともにモンスターと戦えば勝つのは難しい。となれば、自然とマーティの方針は戦闘をいかにして避けるか、そしてどうしても戦わなければいけないならどうやって不意を討つかに定まってくる。聞き耳、忍び足、気配遮断のスキルが群を抜いて高いのは、そのためだ。
だが、マーティにとっては残念なことに、忍び足と気配遮断は一般の認識では死にスキルと思われている。ソロでは有用であっても、パーティでは無意味だからだ。一人が足音を消そうが気配を消そうが全員がそうしない限り、モンスターは必ず探索者を探知する。特にタンクの役割を担う重戦士の場合、歩くだけでも大きな音を立てるので、じっとして待ち伏せでもしていない限り確実に気付かれる。
「そっか、ソロなら確かに役に立つ構成だよね」
生徒証に記載されたマーティのスキルを見たミューリは、納得したかのようにうんうんと頷く。
「確かにソロなら理想ですけど、それって逆にパーティ時にはお荷物ってことじゃないですか。せっかく風魔法に適正があるんですから、素直に魔法使いを目指せば良かったんじゃないですか?」
もったいなさそうな顔のベアトリスに、マーティは苦笑する。
「魔法使いになるのは一番に考えたんだけどね。お金が無くて他のスキルが取れなくて。詠唱と瞑想が無い魔法使いじゃ、さすがにパーティに入れてもらえないから、諦めたんだ」
瞑想なしでは補助魔法や回復魔法を自分にしか使えないし、詠唱が無い状態で魔法を使おうとすると、下手をすれば魔法を撃つ前に戦闘が終わってしまいかねないほど発動に時間がかかる。さらにいえば、風魔法は迷宮のような閉塞空間では、本来の効果を発揮できない。探索者たちにとっては、どちらかというと外れの魔法なのである。
借金という二文字がちらつかないでもなかったが、まだ入学金を返し終えてもいないのに、また新たに借金を繰り返すような泥沼はマーティはごめんだった。そんなことをすれば、あの腹黒幼女に今度こそ尻の毛まで毟られかねない。
「……見事に、パーティ探索に不向きなスキル構成ですね。料理スキルまでありますし。そもそも料理スキルなんて、何故上げようと思ったんですか?」
ベアトリスがため息をつく。
料理スキルが完全に無駄だった。料理スキルに限らず、学生証を含む探索者カードのスキルは、迷宮内での行動によって上昇する。だから料理スキルを伸ばしたいと思ったなら、迷宮内で食物を調理しなければならない。つまりマーティは、モンスターが跋扈する迷宮内で悠長に料理をしていたことになる。それがどれだけおかしいことなのか、探索者の卵ならば皆知っているはずなのだ。
普通、迷宮内での食事は固形食糧か、干し肉などの保存食で済ませるのが一般的だ。そして安全地帯などない迷宮での食事は、普通なら手早く行う必要があり、調理などせずにそのまま食べられるものを持ち込む。
だがそれらの加工食品は複雑な手順を踏む工程が必要なため、材料をそれぞれ買うよりかは遥かに値段が張る。食料に数少ない探索資金を割くことを嫌ったマーティは、調理が必要な安い食材を買い込み、わざわざ危険を冒して迷宮内で調理してまで節約していたのである。
「……お金が無くて」
恥ずかしそうにマーティが言い、ベアトリスがマーティを見る目は氷点下まで下がった。
「そういえば、これ、なんのスキルなの? 見慣れないスキルだけど」
マーティの生徒証を眺めていたミューリが、マーティに生徒証を見せて指を指す。
場の雰囲気が悪くなるのを危惧したミューリの露骨な話題転換だったが、ベアトリスは不機嫌そうに鼻を鳴らしてマーティへの追求を止めた。ミューリに気を使ったのだ。
「呼吸、ですか。確かに珍しいですね。私の知識にも無いスキルです」
暗にベアトリスに説明を求められ、マーティは口を開く。
「えっと、これは、他の動物の呼吸を真似るスキルなんだ」
「はあ。呼吸を真似る、ですか」
説明を聞いたベアトリスは、分かったような分からないような曖昧な顔をしている。
「正式には呼吸術っていうんだけど、呼吸を真似ることで、その動物の身体能力の一部を借り受けるんだ。例えば──『猫の呼吸』」
普段の呼吸から別の呼吸へと変えたマーティが、地を蹴って宙へと跳び上がる。身長の何倍もの高さまで達すると、そのまま空中で器用に一回転し、地面に墜落する。
「……いたた」
起き上がったマーティは、服に着いた砂埃を払いつつ、誤魔化すように曖昧な笑みを浮かべる。
「今のはちょっと失敗しちゃったけど、猫の呼吸を真似て、跳躍力をコピーしたんだ。猫って自分の背より何倍も高い塀とか段差でも、軽々登っちゃうでしょ?」
「凄い凄い! 使えるじゃない、それ!」
説明を聞いたミューリは興奮しているが、一方でベアトリスはマーティの呼吸が途中で乱れたことを見逃さなかった。
「高く跳べても、着地が疎かならあまり意味がない気がしますが」
ベアトリスの指摘通り、今のマーティの呼吸術は完璧とはいえない。落ち着いた環境でならかなりの確立で成功するが、実際に必要な迷宮探索中でやろうとすると、緊張や恐怖、焦りなどからがくっと成功率が下がる。体感では五割程度にまで落ち込んでしまう。
五割というのは五分五分なので一見それほど低くないようにも感じられるが、実際に使ってみると非常に心もとない。運が良いと連続で成功するが、運が悪いと厄日じゃないかと思うくらい連続で失敗する。実際に、迷宮探索中に戦闘が避けられず、やむなく使おうとした呼吸術を失敗して自爆したことがあった。
「今のままだと不安定過ぎて実戦で使うには心もとないけど、使いこなせるようになれば、強いんだよ」
使いこなせるようになった呼吸術の凄まじさを、マーティは知っている。
何の取り得もない人間でも、努力次第で強くなれるのだ。
だからこそ、マーティは呼吸術を勉強しているのだから。
■ □ ■
討伐当日の朝をマーティは迎えた。
不安や緊張がないとはいえないが、あの『小剣姫』ベティが所属する輝石騎士団の戦いを間近で見られることに対する期待の方が遥かに大きい。
実際に、件のモンスターの相手をするのは輝石騎士団に決まっている。他のパーティの仕事は、彼らが戦闘に突入するまでの露払いだ。
複数のパーティが集まっているので、道中のモンスターたちをやり過ごすのはほぼ不可能だ。戦いの気配に引き寄せられるモンスターも増え、道中といえど戦闘は苛烈になることが予想される。いちいち相手にしていたら、いくら輝石騎士団といえど消耗は免れない。該当モンスターと戦うまでは、できるだけ温存する必要がある。
いつものように買い置きのパンで朝食を済ませると、マーティは支度をして部屋を出た。鍵をしっかりかけて、集合場所である迷宮の入り口に向かう。
迷宮の入り口には、すでに輝石騎士団目当ての生徒たちでごった返していた。商売の契機と見たか、回復アイテムなどの露店を開いている商魂たくましい商人もいる。
人ごみの中から、マーティは目を皿のようにしてミューリとベアトリスを探す。二人は程なくして見つかった。マーティよりも早く着いたようで、二人はすでに合流していた。
「ごめん、遅かったかな」
「大丈夫、まだ十分前だよ。おはよう、マーティ」
ばつが悪そうに頭をかくマーティに、ミューリがにっこりと微笑む。
「うん、おはよう、ミューリ。……ベアトリスも、おはよう」
先ほどからどこか硬い表情をしていたベアトリスは、話しかけられて初めてマーティに気がついたかのように瞬きすると、表情を和らげ落ち着いた声で挨拶を返す。
「おはようございます」
一見リラックスしているように見えても、ベアトリスは両手が白くなるくらい力をこめて杖を握り締めている。
「そんなに力まなくても大丈夫だよ」
安心させようとへらりと笑うマーティに、ベアトリスはふくれっ面をする。
「別に力んでないです」
くすくす笑いながら、ミューリがマーティに言った。
「ベアトリスちゃん、今日が迷宮に初挑戦だから緊張してるんだよ」
「緊張してません! ミューリ、マーティにホラを吹き込まないでください!」
悟られたのが悔しかったのか、顔を真っ赤にしてベアトリスがミューリに抗議する。
「君でも緊張するのか。ちょっと安心した」
すでに今年に入っての初探索を終えているマーティは、意外に思ってベアトリスを見た。
ぽろっとこぼれたマーティの失言にベアトリスは過敏に反応する。
「どういう意味ですか! 説明を要求します!」
本当に気を悪くしたわけではなく、恥ずかしいだけのようだ。
多少性格に難があってもベアトリスをパーティに加えられたことは、マーティとミューリにとって幸運だった。
二属性持ちの魔法使いはレアなので、それだけで需要がある。
中でも火魔法と水魔法の組み合わせは迷宮探索に必須な灯りと治癒の魔法が使える上、攻撃でも範囲重視の火、一点特化の水と使い分けができるので人気が高い。
いざ実際に接してみると、唯我独尊で物怖じしない子だったので、もっとふてぶてしい人物だと思っていたのだが、マーティが思っていたよりも年頃の女の子らしい性格をしているらしい。
「特に深い意味は無いよ。本当だよ」
矛先が自分にまで回ってきたので、マーティは慌てて弁解する。
微笑ましそうにやり取りを見守っていたミューリが、自分たちに近付いてくる人物に気付き、目を丸くして慌てだした。
「ほらほら二人ともそれくらいにして! ねえ、何故か、輝石騎士団の人たちがこっちに近付いてきてるんだけど!」
反射的に振り向いたマーティとベアトリスの目に、きらきらと文字通り宝石のように煌びやかな一団が近付いてくる。
貴族にしてはあまり裕福とはいえない男爵家の娘であるベアトリスが、いかにも金がかかっていそうな一団を見て、顔をしかめる。
「……何故か彼らを見てると腹が立ちます。私だけでしょうか」
「ぼくも同じだよ。特に先頭のヤツはあんまり好きじゃない」
真っ直ぐ近付いてくるカイオスの姿を見つけて、マーティは陽気な気持ちが吹き飛んで憂鬱になってしまった。
相手もマーティに気がついているようで、その足取りに迷いは見られない。
やってきたカイオスは、ニヤニヤと嫌な笑顔を浮かべながらマーティをじっくりと眺め回した。
「見るに絶えない貧民が入り込んでいると思って来てみれば、やっぱり君か。この前二度と僕の前に現れるなって言わなかったっけ?」
「承諾した覚えは無いし、前回も今回も近付いてきたのはそっちじゃないか。第一学園に入学するのに貴賎は関係ないだろ」
腹が立つのを堪え、マーティは努めて冷静にカイオスに反論する。
性格はどうしようもなく悪いが、カイオスはこう見えても輝石騎士団の団長だ。貴族のみのパーティだから一見すると権威主義と思われがちだが、輝石騎士団は実力派が揃っている。
成績優秀者にのみ与えられる二つ名持ちが多く所属しており、有名どころだけでも『小剣姫』ベティ、『聖女』エルザ、『閃槍』ミリート、『激斧』ウォルド、『不倒』カイオスと、そうそうたるメンバーが揃っている。
目の前のカイオスも、二つ名を与えられている通り、性格に目を瞑れば極めて有能だ。鉄壁の守りを誇る戦士で、文字通り輝石騎士団を身体で支えている。その実力は、同職のミューリと比べてみれば、はっきりと分かるほど隔絶している。何せ、実力云々の話以前に、装備の質から他とは一線を画しているのだ。
「部外者がいると分かれば、放っておくわけにもいかないだろう。それに君は勘違いしているようだね。確かに学園は平民の入学を受け入れているが、それは建前というものだ。莫大な入学金を支払わなければいけないのだから、君のような下賎な民が入学できるわけないだろう。どうやって入り込んだかは知らないが、さっさと出て行きたまえ」
ほとんど言いがかりに近いカイオスの暴言だったが、確かに真実の一端を突いてはいた。
学園に通える平民は、実質的に貴族に近い者たちばかりだ。ミューリのような豪商の子であったり、荘園を多く持つ豪農の子だったりで、下手な貴族よりも裕福な暮らしをしている。その気になれば迷宮に頼らずとも生活できる者たちばかりだ。
迷宮に潜り続けなければ飢え死にしかねないマーティの方が異端なのである。
マーティ自身、学園を辞めることを考えたことが無いわけではない。だが、学園を辞めたところで行く当てなどないのがマーティの実情だ。
口減らし同然で働きに出た以上生まれ育った村には戻れないし、他の職種では給料が安過ぎて生活できない。仕送りと借金で全て消えてしまう。借金をしなければ細々と生活できていたかもしれないが、後の祭りである。
「何してるの、カイオス。もうすぐ出発よ」
カイオスの後ろから、彼に誰かが声をかける。
涼やかな女性の声だ。
「ああ、もうそんな時間か。分かった、すぐに行くよ」
振り向いたカイオスは、猫撫で声で答える。
去り際にマーティに嫌味を言っておくことも忘れない。
「せめて、ぼくたちのために優秀な肉壁となってくれたまえ。それくらいなら君にもできるだろう?」
そんなカイオスの背中を見送った少女は、深くため息をついてマーティに謝罪した。
「ごめんなさい。団長が迷惑をかけているわね」
少女は『小剣姫』だった。
機動力を重視した格好をしており、全身鎧姿だったカイオスと比べると、かなり軽装だ。
肩や胸などの急所はさすがに守られているが、それ以外は剥き出しの部分も多い。防御よりも回避に重点を置いた装備だ。当たらなければどうということはない、というやつである。
同じような戦い方のマーティだからこそ言えることだが、言うは易し行うは難しの典型だった。防御に特化した重装備なら、せいぜい直撃地点を盾や鎧の板金部分にずらせるだけの見切りがあればいいが、軽装で回避主体だと全て完璧に回避する必要がある。軽装ではちょっとした怪我でも行動が阻害されやすく、軽快に動けるといっても体勢を崩せば回避はできない。
だからこそ、その戦闘スタイルで迷宮探索のトップ集団に入っているということは、彼女の技量が並外れていることを暗に示していた。単純な実力でいえば、一番強いのは小剣姫ベティその人だろう。
実力だけではなく、貴族というだけあってベティには気品があった。同年代だというのに、マーティと比べてベティの所作は明らかに洗練されている。
「いえ、別に気にしてません。いつものことですし……」
「カイオスはいつもあんなことをしてるの? 呆れるわね」
気にしていないことを伝えたかったマーティだったが、ベティは逆にそれを問題と捉えたようで、ため息をつく。
「私から彼にはきつく言っておくわ。まったくもう、道中守ってもらうのに、喧嘩を売るなんて何を考えてるのかしら……」
憤懣やるかたなさそうな表情で、ベティはマーティたちに一礼すると、仲間のところへ戻っていく。
しばらくすると、迷宮探索が始まった。