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五話:魔法使いベアトリス

 転移石の効果で地上に出たマーティとミューリは、安堵のあまりがっくりとその場に膝をついた。


「た、助かった……。間一髪だったね」


 ミューリに話しかけるが、ミューリはミューリで別の悩みがあるようだ。


「約十万エルクもの赤字……。悪夢だわ」


 迷宮内では咄嗟の判断でマーティの指示に従ったものの、戻ってきたら後悔が押し寄せてきたらしい。

 あまりにもミューリの落ち込みようが酷いので、マーティは不器用ながらも慰める。


「ぼくたちの命の値段って考えたら、どうかな……?」


「命の値段でも洒落にならないわよ……。刺激玉がいっぱい残ってるんだし、使って逃げれば良かったんじゃない?」


 今更だが、ミューリは転移石を使うように指示したマーティに責める視線を送る。


「一回目で足止めされたんだから、何回やっても足止めされて逃げられなかったと思う。それに、さすがに手の内が割れてる状態で投げたって当たらないよ。モンスターも警戒してるだろうし」


 弁明するマーティは、突っ込みどころに気付いてはっとした顔をした。


「っていうか、入学祝で貰ったんなら元手ゼロじゃないか!」


「……それとこれとは、話が別だもん」


 そっぽを向いたミューリは、頬を膨らませて不満を露にする。

 これは長引きそうな予感がしたマーティは、次善の策として問題を棚上げした。


「とにかく、学園に今日の出来事を報告しよう。そのために、ぼくたちは帰ってきたんだから」


 立ち上がり、マーティは服の埃を軽く払う。

 欲を言えば汚れを落として休んでからにしたいが、報告は早ければ早いほど良い。


「そうね。いつまでも落ち込んでられないし、前向きにならなきゃ」


 元々過ぎたことをいつまでも気にする性質ではない。ミューリも気持ちを切り替え、疲労で重い腰を上げた。



■ □ ■



 マーティとミューリが学園に迷宮の異常を報告した一ヶ月後。

 事態は様変わりし、マーティとミューリはあれから一度も迷宮に潜れずに学園で燻っている。

 学園の授業は座学ばかりで、迷宮は閉じられ予定されていた全ての迷宮探索実習は無期延期となった。


「思ってたより大事になっちゃったね」


「ええ。まさかこんなことになるなんて思わなかったわ」


 あれから迷宮に学園の調査が入り、事件の詳細が明らかにされた。

 迷宮の一部崩落により、外部のモンスターが紛れ込んでしまったのが今回の原因らしい。

 紛れ込んだモンスターはストームベアという名前で、主に外部の迷宮を住処としており、学園が管理する迷宮区域には本来なら出現しないモンスターである。強さの目安は学園迷宮に換算して地下二十階以上。

 学園の迷宮が一部とはいえ、壁を隔てて外部の迷宮と繋がっていたことは誰も知らない事実だったようで、最初のうちはマーティとミューリの報告は重視されなかった。

 だが、未帰還のパーティが出てしまったことがやがて明るみに出て、学園は動いた。

 崩れた迷宮の壁の補修工事の前段階として、入り込んだ外部モンスターの調査、および討伐を目的とする、緊急クエストを発したのである。

 もちろん命の危険はあり、受けるためには誓約書にサインしなければならないが、それだけに見入りは大きい。規定報酬と討伐モンスターの素材に加え、特別報酬が別途支払われ、参加した生徒たちは卒業後、一年間の迷宮探索が優遇される。

 参加資格は四年生かつDランク以上。ただし該当者が最低一人いればよく、パーティを組んでいる場合はその限りではない。

 討伐を生徒に任せるなど無責任だが、これくらいどうにかできなければ、どの道卒業後の迷宮探索ですぐに死ぬだけだので、生徒側からも特に学園の対応を危惧する声は上がらない。

 この緊急クエストは志願制であり、そのような者はそもそも志願しないからだ。

 迷宮に足を踏み入れる以上、死んでも自業自得。それは学園迷宮に限らず、全ての迷宮においての不文律である。


「ねえ、マーティ。わたしたちはどうするの? 締め切り、明日までだけど」


「どうするって、Aクラスの連中まで出張ってるんじゃ、ぼくたちの出る幕なんてないよ」


「でも、特別報酬には、ランク昇格が含まれているらしいわよ。Fランク脱出のチャンスじゃない」


「とはいってもなぁ……」


 昼休みにミューリの希望で食堂で昼食を取りつつ、マーティは嘆息する。


「ランク昇格は、あのモンスターを討伐した場合だろ? ……ミューリ、ぼくたちで倒せると思う?」


「少なくとも、ハウリングボイスを何とかしないと、勝ち目はないわね」


「耳栓で防げるわけじゃないし、厄介だよなぁ、あれ」


 数秒とはいえ、動きを止められるのは致命的だ。マーティとミューリも、あれで穏便に逃走するタイミングを潰された。あの時は刺激玉をぶつけていたから、どちらかというとマーティたちの追撃を阻む意図で使われた可能性が高いが、攻撃に利用されたら確実に死者が出るだろう。


「クレリックがいれば防げるけど」


 ミューリの指摘は事実だが、あくまでいればの話である。全体に比べ、絶対数が少ないのだ。


「引く手数多だからね。フリーのクレリックなんて見たことないし」


「駄目元で捜してみる? 新入生ならまだ可能性あるでしょ?」


「そうだけど、ぼくたちのパーティに入ってくれるかな?」


 自信なさげに口にしたマーティの言葉を、ミューリは肯定できない。ミューリ自身、自分が前のパーティを追放されて村八分状態になっていなければ、マーティと組もうとは思わなかったからである。


「結果出せてないし、無理ね……」


「ですよねー」


 お互いを見合わせ、同時にため息をつく。共にFクラス。片方はDランクとはいえ、マーティはFランク。パーティでの最高到達階は地下四階。これで入りたいと思うクレリックがいるとは思えない。

 ない物ねだりをしても仕方ないので、マーティはすっぱり諦めて話題を変える。


「そういえば、今参加が決まってるパーティってどこだったっけ?」


「輝石騎士団が真っ先に決まったわね。まあ、実力を考えれば当然だけど。彼らの、特に一軍に属するトップ集団の実力は、学生っていう括りを超えてるわ」


「あの貴族しか所属を認めないギルドのパーティか……。いくらランクが高くても、あんまり好きじゃないな、ぼくは」


 二人が話題に上げている輝石騎士団というのは、貴族出身かつ探索者ランクがCランク以上のメンバーのみで構成されたギルドのことである。

 ギルドというのは、学園の生徒たちが集まって立ち上げることのできる、迷宮探索限定のクラブ活動のようなものだ。ギルドというのは学園特有の名称で、一人前の探索者の間でも似たような集まりはあるものの、その場合はクランと呼ばれる。

 ちなみに、輝石騎士団に所属するメンバーは、実力や立場に応じて宝石の二つ名が与えられている。Aランク探索者である団長『ダイアモンド』のカイオスと、副団長『サファイア』のベティが中核となっている。


「性格悪い奴らが多いけど、実力は確かなのよね……地下二十階も、彼らにとっては余裕で到達できる範囲内だし」


 資金が豊富な貴族でメンバーを固めているので、騎士団全体の平均到達階も、最高到達階も、メンバーのランクすらも他のパーティに比べ一歩抜きん出ている。


「クレリックもちゃんといるしね。しかも複数」


 マーティとミューリにとっては羨ましい限りだが、貴族という立場上、教会との繋がりも深く、輝石騎士団には教会所属のクレリックが何人も所属している。

 自分たちの現状と比べて、ミューリはため息をつく。


「でもまあ、クレリックじゃなくても、わたしたちもパーティメンバーを増やした方がいいわね。輝石騎士団みたいに複数パーティを抱えてギルドを発足させるのは無理にしても、さすがに少なすぎるわ」


「新入生を当たってみるか。今なら全員Fクラスで同じクラスだし」


「そうね。放課後になったら行きましょう」


 二人は昼食を食べ終え、立ち上がった。



■ □ ■



 本日の授業が終わり、放課後になった。

 集まったマーティとミューリは、ひそひそ声で言葉をかわす。


「誰を勧誘する?」


「たぶん、性格も良くて才能もある、なんて子はとっくに唾をつけられてると思うの。だから狙い目は、才能があるけど、性格が悪くて誘われにくいタイプの子。例えばあの子とかね」


 ミューリが指差したのは、帰り支度をしている女子生徒だった。

 きつい目つきのせいか、普通の表情でもむすっとして不機嫌に見える。

 新入生の中でも小さい身体のせいか幼さが強調されているが、それとは対照的にとても目つきが悪い。

 腰までの黒髪を二つの三つ編みに編んでいて、銀縁の四角い眼鏡をかけている。眼鏡は女子生徒に理知的な雰囲気を与えているものの、フレームが一昔前に流行ったデザインで、どこか古めかしい。


「……誰だっけ?」


 首を傾げるマーティに、ミューリは呆れた様子でため息をつく。


「仮にもクラスメートの名前くらい、覚えなさいよ。彼女はベアトリス・ヴィーチェ。貴族出身だけど、下級貴族だしそれほど裕福というわけでもないみたいね」


「どうしてそんなこと分かるのさ」


 指摘するミューリに疑問を呈すると、マーティはじろりと睨まれた。


「貴族といってもその資金力にはピンからキリまであるわ。下の方だと、下手をすればわたしの実家より貧乏な貴族もいる。彼女の父親は男爵よ。いくら貴族でも、男爵程度じゃ入学するだけでもかなり無理をしたんじゃないかしら」


 確かによくよく見れば、ベアトリスという名前の生徒の身なりは綺麗に整えられてはいるが、やや服のセンスが古めかしい。持っている教科書も、誰かのお古なのか新品にしてはくたびれている。


「得てしてそういう貴族は舐められやすいの。同じ貴族はもちろん、平民にすら馬鹿にされることもある。ううん、普段逆らえない分、鬱屈が溜まっている平民の方が酷いかもしれない」


 マーティはミューリの説明を聞いて、納得する。

 思えば、同じ平民同士ですら、マーティは馬鹿にされるのだ。見栄がある分、貴族はもっと性質が悪いかもしれない。


「それじゃあ、マーティ。さっそく彼女に声をかけてみましょ」


 促され、マーティはミューリと一緒にベアトリスの目前に移動する。

 黙々と帰る準備を進めていたベアトリスは、目の前の人影に気付き、支度する手を止めた。


「……何か用ですか?」


 クールといえば聞こえはいいが、どちらかといえば無愛想な声。


「もう、入るパーティは決まった?」


 尋ねたミューリに、ベアトリスは胡乱げな目を向ける。


「どうして、あなたにそんなことを教えなければいけないのですか?」


「もしまだ決まってないようだったら、わたしたちのパーティに入らない? 人が足りなくて、メンバーを捜してるの。ヴィーチェさんなら、すぐに活躍できると思うなぁ」


 笑顔で懐柔しようとするミューリを、ベアトリスはじろりとねめつける。


「……今のメンバーは、お二人だけですか? 問題外ですね」


「今は二人だけだけど、これからいっぱい増やす予定だから、心配しないで!」


 痛いところを突かれ、引きつった笑顔でミューリは弁解する。


「増える当てはあるんですか?」


 鋭い指摘に、ミューリの言葉が詰まる。

 ミューリの目が泳ぎ出すのを見て、ベアトリスは小さく嘆息した。


「……途中で追放しない、と約束してくださるなら、入ってもいいです」


「え、それは……」


 ベアトリスが出した条件にミューリは渋い顔をする。


「別にそれでいいんじゃないか? 少なくとも、ぼくたちの方からメンバーを追放することなんて、そうそうないだろうし」


「なら、入ります」


 あっさりと、ベアトリスは勧誘を承諾した。


「……やけにあっさり決めるわね」


 訝しげなミューリに向け、ベアトリスは口角を引き上げて意地の悪い笑みを浮かべた。


「どの道どこかのパーティには所属しなければいけないと思っていましたし、あなたたちが仲間なら、私が一番活躍できるでしょうから。その分学園の評価も上がるというものです」


 打算に塗れたベアトリスの発言に、ミューリはやや引き気味になった。

 引きつった顔のミューリに意も解さず、ベアトリスはマーティとミューリを順番に眺めると、冷徹な声で尋ねる。


「ところで、リーダーはどちらですか?」


「彼よ」


 マーティはもう少しで、「えっ、ぼくがリーダーなの?」とミューリに素で問いかけるところだった。


「パーティリーダーとしては、少々頼りなさそうですね」


 辛辣な評価をされ、マーティの表情が曇る。


「よろしくお願いします」


 何故そのくだりから挨拶に繋がるんだ、とマーティは頭を抱えた。

 どうやらベアトリスという少女は、気難しくかなりのマイペースであるようだった。



■ □ ■



 ベアトリスはパーティに入ることが決まったとたん、遠慮というものを投げ捨てた。

 いや、マーティとミューリにしてみれば、最初からベアトリスに遠慮などあってないようなものだったが、僅かに残っていたものまで綺麗さっぱりどこかへ消えてしまった。


「私たちも今回の討伐に参加しましょう。書類は私の方で出しておきました。出発は三日後だそうです」


 いったん席を離れ、一時間後に戻ってきたベアトリスの第一声である。


「ちょ、そんな勝手に」


 文句を言おうとしたミューリを、ベアトリスがじろりと睨みつける。


「誘われる前に耳にしましたが、クレリックが欲しいのですよね。そのためにはまず、私たちが強くなり、名声を高める必要があります。幸い討伐には輝石騎士団が出張るようですから、危険は比較的少ないでしょう。なら私たちも恩恵に預かるべきです」


「でも、危険じゃないかな? 探索なら、騒ぎが収まるのを待っても遅くないと思うけど」


 慎重に行きたいマーティはベアトリスを説得しようとするが、逆に問い返され絶句した。


「それでも結構ですが、懐事情は大丈夫なのですか?」


 全然大丈夫ではなかった。

 マーティは迷宮探索ができなくなったために、いつも以上に生活費に苦しみ、授業そっちのけでバイトに明け暮れている。ミューリはすぐに苦しくなるというわけではないが、一つ五万エルクの転移石を二つとも消費してしまっている。直接的に金が無くなったわけではないものの、やはり痛いものは痛い。


「あー、やっぱり、早く潜ったほうがいいかも。彼女に賛成だわ」


 あっさりとミューリがマーティを裏切りベアトリスに同意する。

 女性二人が意気投合してしまっては、マーティに成す術はない。


「せめて、他のパーティのクレリックからなるべく離れないようにしよう。もしかしたら、ハウリングボイスからの復帰も早くなるかも」


 自分たちのパーティのついでに解呪してくれることを期待して、マーティが提案した。


「気休めだけどやらないよりはマシかな」


 ふう、とため息をついてミューリが首肯する。


「では、今回の緊急クエストは参加ということでいいですね」


 満足げに笑ったベアトリスに釣られ、マーティとミューリも曖昧に笑った。



■ □ ■



 前回の迷宮探索は、残念ながら黒字とはいかなかった。

 規定報酬が一人千エルクに、倒したモンスターの素材などが全て合わせて六百エルク。二人で潜ったので、合計が二千六百エルク。これを割ると、一人あたり千三百エルクが取り分になる。

 探索道具代が二人分で千二百エルクだったことを考えると、一応は黒字になっているのだが、転移石が全てをぶち壊しにした。

 しかも、マーティには借金の返済と仕送りがあるので、実質的な取り分はさらに少ない。


「借金の分割払いが報酬の二割だから、二百六十エルク。仕送りに五百エルク。実質的な稼ぎは残りの五百四十エルクか……」


 毎度のことながら、金額の少なさにため息が漏れてしまう。

 普通に暮らす分には問題ないが、次の迷宮探索の準備をするためには明らかに額が足りない数字である。

 バイトで少しずつ貯めているものの、金額に対して拘束時間が明らかに割に合わない。


「と、とりあえず今回の分の支払いに行こう。滞らせたら怖そうだし」


 割り振り分の報酬を持ってそそくさと外出したマーティは、一軒の建物の前で歩を止める。

 建物の看板にはエルブン金融と書かれている。

 中に入ると、マーティの視界に真っ白な床と壁が広がった。

 受付嬢に用事を告げると、奥の部屋に通される。


「もうすぐお嬢様が参りますので、しばらくお寛ぎくださいませ」


 案内したのと同じ受付嬢が、紅茶を淹れてマーティに勧める。

 慣れない対応に、マーティはどぎまぎしながら紅茶を受け取った。

 滅多に味わえない紅茶を飲み干してしばらくすると、部屋にお待ちかねの人物が入ってくる。


「お待たせしました」


 軽やかな声で入室してきたのは幼女だった。


「……いつ見ても思うけど、詐欺だよね、その容姿」


「何のお話ですか?」


 ジト目で見つめるマーティに気付いているのかいないのか、幼女はにこにこしながらマーティに向けて首を傾げる。

 何を隠そう、この幼女こそがマーティに借金をさせた張本人であった。

 外見に騙されてはいけない。こう見えても彼女は、長い年月を生きるハイエルフであり、見た目通りの年齢ではない。本人の自己申告によれば永遠の八歳らしいが、わざわざ『永遠の』などという言葉をつけているあたり、かなり胡散臭い。

 あまり長居したい場所でもないので、挨拶もほどほどにマーティは懐から皮袋を取り出す。


「えっと、これ、今月の返済分です」


 皮袋を受け取った見た目幼女のハイエルフは、中の硬貨をテーブルの上にぶちまけると、とても楽しそうなウキウキした表情で一枚一枚数え始めた。

 動作はいちいち可愛らしいのに、やっていることはまるっきり守銭奴である。

 数え終わると、満ち足りた顔で幼女のハイエルフは硬貨を皮袋に戻した。


「二百六十エルク、確かに受け取りました。今、領収書を書いちゃいますね」


 小さな手に金色のペンを持ち、用意していた紙にサラサラとサインをすると、幼女のハイエルフはマーティに出来上がったばかりの領収書を指で送って差し出す。


「一応、確認をお願いしますね」


 愛想笑いのハイエルフ幼女から視線を外し、領収書を見たマーティはある意味予想通りだったことに肩を落とす。


「……すみません、なんて書いてあるか分かりません」


 読めない文字にマーティが正直に申し出ると、幼女のハイエルフが呆れた顔をした。


「えっ、せっかく学園に通ってらっしゃるのに、まだ文字をご習得なされておられないのですか? 文盲が許されるのは、初年度までですよ?」


 煽られたマーティは、領収書を手に取り、ハイエルフ幼女につきつける。


「習得も何も、これ古エルフ語じゃないですか! ぼくが学園で勉強してるのは、人類共通語です! 書くなら人類共通語で書いてくださいよ!」


「あら、これがハイエルフの間で使われている古エルフ語だということは分かるんですね?」


 本気で感心した様子の悪徳ハイエルフに、マーティは語気を荒くする。もっとも、マーティはあまり男らしいとはいえない容姿なので、語気を荒げたところで迫力はあまり出ない。


「学園の入学金で借金の押し売りをした時、全く同じ文字を書いてましたよ! 覚えてるんですからね!」


「借金の押し売りだなんて人聞きの悪い。わたくしは迷える青少年に手を貸し、ほんの少しご融資して差し上げただけですわ。前途ある若者の未来のために、入学金の振込みも入学に関する書類手続きも、全てサービスで代行して差し上げましたのに。悪し様に言われるなんて、わたくしはとても悲しいですわ」


「十万エルクのどこがほんの少しですか!」


「これからマーティ様がお稼ぎになる金額を考えれば、十分ほんの少しですわ」


 ちなみに、マーティが貸し付けられた金額は十万エルクで入学金も十万エルクであることに間違いはないが、どういう方法を使ったのかマーティの入学金を一万エルクまで値切った腹黒長耳幼女が、差額を懐に入れていることを、マーティは知らない。

 ぜいぜいと肩で息をするマーティに、心底楽しそうに笑ったハイエルフは、領収書を手に取る。


「ではいつも通り、読み上げさせていただきますね」


「初めからそうしてくださいよ、もう……」


 どっと疲労が押し寄せたマーティは、深いため息をついた。


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