生贄
デニテト山脈…通称”光柱山”…遥か昔、高きところから光の柱が降り注ぎこの世界を二つに分かった。柱はそのまま山脈へと変わり、そうすることにより人間という種族をこの向こう側に居る悪逆の王から守ったとされる。
そんな言い伝えの残る神聖な場所に俺は居た。
木に縛り付けられた状態で。
状況理解が追いつかないだろうから説明すると、どうやら俺は悪魔の子らしい。
いや、全く解らないだろうけど何しろ俺だって解らない。
現代日本の高校生として普通の生活を送っていた俺が、いつものように朝食かっ込んで玄関ドア開けたら別の所へ繋がっていた、だなんて。
その剣と魔法の世界に於いて黒色は悪逆の王とかいう厨二心くすぐられる奴の色らしくて、黒髪黒目の俺はあっという間に捕まった、とか。
その場所が王都とかなら異端審問やらなんちゃらで殺されていたが生憎と農村で、村人がそこで主流の生贄の儀式の贄を、やるはずだった特別な事情のある女の子から俺にしようと勝手に決められた、って。
俺のおかげで人一人の、それもクソ可愛い女の子の命が救われたというのは良い。
問題は、俺が死ぬという事だ。
生贄の儀式というから祭壇で生きたまま心臓でも抉られるのではないかとガクガク震えていたが、どうやらそうでは無いらしい。
農村における生贄とは、村の安泰を神に請う為に掛け替えのない命を一つ差し出す事なのだそう。
つまり、村を安泰から遠のかせている存在にその命を差し上げて、これ以上の被害の廃絶を訴える儀式なのだ。
だから、美味しそうな蜂蜜を服に塗られた状態で木に縛り付けられた俺は、その神聖と謳われている山から来る”何か”に喰われる事によって村の安泰を願わなければならない…と。
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ」
寒々しい村の人が編んだボロい縄なら解けるかと思っていたが、中々そうもいかない。
剣と魔法の世界とはいえ来たばかり、…いや使えるかどうか分からないが兎に角今の俺が使える訳ではなく、剣と魔法の世界だけに現れる”何か”もただの獣でない可能性の方が高い。
掛け替えのない、大切な命を、とか絶対に思っていない奴等の為に喰われるのだけは勘弁だが、どこをどう見ても俺の命は風前の灯火だ。
大体悪魔の子を神聖な儀式に使っていいのか?
もう疑念は尽きないがそんな事を考えている猶予はない。
何故なら猪だろうが熊だろうが何だろうが今は遭遇しただけで死ぬ。
喰われて死ぬ為にここに磔られているのだから当たり前のように何の武装も持っては居ないす隠れる事も出来ない。
素晴らしい儀式とか言って分かりやすい音をどんちゃん立てて、その後分かりやすい匂いを俺に塗ったんだからもうじき来るのは最早確定、てか来る、逃げ、逃げなきゃ
その後逃げるように村へと戻っていった奴等を恨みながら、俺は必死に縛られた両手の縄を解く。
グルルルルゥ…
どこからかそんな地鳴りのするような唸り声が轟く。
ああ、もう遅かったみたいだ。
木を、草を掻き分け、大地を踏みしめ俺を目指して来たのは五頭の狼。
色が可笑しく銀色で目は赤々と光っている、その上こちらを向く角は血のような色が染みていて、つい今しがた何かを殺ってきたようにも思える。
絶対に魔物だ。
それしか考えられない。
どうしよう、確実に詰んだ。
グルルルルァアア!!!
5匹は俺を認めると大した連携も無しに走り寄ってきた。
肉を切り裂いてきた牙からは血と涎が滴り落ちるがそれを気にもしないで良い獲物を見つけ興奮を露わにした5匹は俺に飛び掛かる。
こうなればたとえ手が外れても木から身体を離せてももう助からない。
「ウワァアァアア!!!」
迫り来る死の恐怖に痙攣した身体は言う事をまるで聞かず、碌な抵抗も出来ずにただ大声を上げて…そして、俺は、喰われた。