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薬術剣士ミレイの医療白書  作者: 木原ゆう
診療録 様式第一号 薬師における責務および患者の治療について
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カルテ06 忘却の魔法

 次の日の朝。

 遅い時間に起床した私は店をララに任せ、ひとり街へと繰りだした。

 

 王都から遠く離れた辺境の街メシア。

 ここで生活している人々は本当に気さくで、私の心を和ませてくれる。


 昨夜は少しナイーブになっていたようだ。

 なかなか寝付けず、朝方近くまで本を読んで過ごしてしまった。


 診療所の先にあるゆるい坂を下り、中央通りまで出る。

 街の中央に聳え立っているのがこの街の魔術学園だ。

 たまに臨時教師として授業を任されることがあるが、薬師として教えられる魔法で実生活や実戦に役立つものは少ないのだが……。


 その先に見えるのがこの街の教会だ。

 司祭のケミル神父はおおらかで、貧しい子供達を数人引き取って生活をしている。

 中には悪戯っ子もいると噂には聞いている。

 もしかしたら、そのあたりのストレスが原因で胃に腫瘍が出来ていたのかもしれない。


 南北に分かれる道の先。

 北通りにはジーノおばさんの雑貨店やミーシャのいる洋裁店などの生活用品街が。

 南通りには鍛冶店やギルド、酒場などの冒険者御用達の店が並ぶ。


 町長の屋敷はちょうど私の診療所と反対側、東通りの奥にある丘の上に建っている。

 私の恩師であるメリック先生とは旧知の仲で、診療所を開くときにも尽力してくれた方だ。


 暖かな午後の日差しを浴びながら、私は東通りを進む。

 この先にある王立図書館が私の憩いの場だ。

 今日は夕方までそこで過ごし、帰りにまたジーノおばさんの雑貨店に寄って食材を買う予定だ。


「緊急外来はたぶん無いと思うけど……」


 最近はモンスターの活動も減少傾向にある。

 これも『白銀の騎士様』のお陰なのだとミーシャが騒いでいた。

 剣聖の称号を授かったその日から、精力的に凶悪なモンスターの討伐活動を続けていたアースディバル公。

 その甲斐あってか、王都周辺のみならず、こんな辺境の街までもが平和の恩恵を授かっている。


 一度だけ、王都でその勇姿を拝んだことがあった。

 まるで女性のような美しい顔に、負けず劣らずの美しい銀髪。

 若い女性らが騒ぐのも無理はないと思った。

 私には縁のない世界ではあるが、噂話をするくらいならば許されるだろう。


 王立図書館の前まで到着し、その大きな門を潜る。

 入り口の双方に立っている獣の彫刻。

 あれはこの街の守り神である神獣をモチーフにしたものらしい。

 数百年前に起こった世界戦争で、この街を襲った戦禍を守ったのがこの二匹の神獣なのだとか。


「あら、いらっしゃい。今日も熱心に調べものかしら?」


 声を掛けられ振り返る。

 そこにはいつもの笑顔で受付に座っている書士のヴィレンヌさんの姿が。


「はい。まあ、調べものというか、暇潰しというか」


 頬を軽く搔きながら入館証にサインをする。

 魔法のペンで書かれたサインは紋章として刻み込まれ、退館証に同じくサインをしなければ勝手に図書館から出入りすることが出来ない仕組みだ。

 高価な魔術書などが盗まれる危険を未然に防ぐ措置といったところだろう。


「貴女、最近ちょっと痩せたんじゃない? 無理しちゃ駄目よ。……とは言っても、この田舎街にひとりしかいない薬師様だもんね。無理するな、なんて無責任な言葉かもしれないけど」


「そんなことありませんよ。それに無理なんてしていませんし。現にこうやって診療所を閉めて遊びにきていますから」


「あら、そう言われればそうね」


 その言葉で同時に笑ってしまう。

 彼女はいつも私のことを心配してくれる。

 私の過去を知る、数少ない友人のひとりでもある彼女にはいつも助けられている。


「夕方には調べものを終えようと思います。ヴィレンヌさんは、今日は何時までですか?」


「それがね、閉館までになっちゃったのよ。午後番のひとが用事が入っちゃったみたいで。ひどくない? 私だって男とか男とか、男とかで忙しいっていうのに」


 大きく溜息を吐いたヴィレンヌさんは悔しそうにそう言った。

 こんなことを言っている彼女だが、実は奥手だということは街の人の間では結構有名な話だったりする。

 

 軽く雑談を交わした後、彼女と別れた私は目的の場所へと向かった。





「ええと……どこだったかな」


 壁面にずらりと並ぶ魔術書の山。

 その中から以前読みかけていた書物を探す。


 ここ王立図書館は王都にあるそれと比べ、若干品揃えが悪い。

 しかし辺境の街にある図書館としては豊富なほうだろう。


「ああ、あった。これだ」


 手に取ったのは薬師が使用できる魔術を網羅した分厚い魔術書。

 まだ薬師となってから日が浅い私は、使用できる魔法が限られている。


 本棚から魔術書を抜き出し、いつもの席へと着く。

 周りを見渡すと数名の市民が本を楽しんでいるのが見えるが、今日は少ないほうだろう。

 新刊が入荷したときなどは、席が空かないくらいに混雑するのだから、こういう日に休みが取れたのは幸運といえる。


 ペラペラとページを捲ると、すぐに探していた箇所を発見した。

 私が新たに獲得したい魔法。

 それは忘却魔法オブリヴィジョンだ。


 魔術文字で書かれたそのページをそっと指でなぞる。

 すると文字に光が帯び始め、徐々に紋章が浮かびあがった。

 

 新たに魔法を習得するには、魔術書を開き紋章を浮かびあがらせ、その魔法を支配している『幻獣』と契約しなければならない。

 一つの魔法には必ず、一体の幻獣が存在する。

 そして契約が成功するか否かは、その者がもつ『精神力』と『職業の熟練度』が関係してくる。


 『精神力』とは、魔法を使える回数や威力に関わるもの。

 『職業の熟練度』とは、その職業に就き、どれだけ経験を積んできたかという経験値のことを指す。


 静かに目を閉じ、魔術書に書かれた文字を心の中で詠唱する。

 脳裏に浮かび上がる一体の幻獣。

 私の前世の記憶が幻獣の姿とリンクする。

 これは、そう――あの世界でいう『バク』のような姿だ。

 夢を食べると言われているバクが、この世界では忘却魔法を司る幻獣というわけか。


 幻獣と精神をリンクさせる。

 鈍い痛みが心臓を圧迫するが、これはどの魔法習得でも同じ現象だ。

 自身の能力に見合わない魔法を無理に習得しようとすると、精神から漏れ出した幻獣が契約者の身を喰らい、そのまま死に至る可能性もある。


(大丈夫……。今の私なら……)


 数秒の静寂。

 徐々に心臓の痛みが収まってくる。


「……」


 静かに目を開け、無事に契約が済んだことを確認する。

 これで私は忘却魔法を使うことが出来るようになった。


 大きく息を吐き、呼吸を整える。

 本当に薬師になってからというもの、毎日が発見の連続だ。

 これも前世の記憶のお陰だと思いたい。


 立ち上がった私は、別の書物を探すために書庫へと戻った。


 

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