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薬術剣士ミレイの医療白書  作者: 木原ゆう
診療録 様式第一号 薬師における責務および患者の治療について
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カルテ05 重い十字架

「はあぁぁんっ! 美味しいですぅ! ミレイ様の手料理! 最高なのですぅ!!」


 洋裁店での治療の帰りに、約束どおりジーノおばさんの雑貨店へと立ち寄った私。

 南鱧瓜カボチャのスープと鵜鶏鳥ニワトリの唐揚げを交互に頬張りながら、ララが歓喜の声を上げている。


「そんなに慌てて食べなくても、たくさん用意してあるから大丈夫よ」


 私の言葉に目を輝かせたララ。

 最近は患者の治療で忙しくて、保存食で済ませることが多かった。

 ララにはいつも手助けしてもらっているのに、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。


 空いた皿を一旦下げ、彼女の分のおかわりを用意する。

 栄養が偏ってしまわないようにサラダと果物、そしてジーノおばさんご自慢の焼きたてパンも食卓に置いた。


「こ、これは……! あの幻とも言われたジーノさん特製のチーズパン……!」


「ふふ、この前ジーノさんの治療の時にララが活躍してくれたでしょう? 買い物のときにその話をしたら、ジーノさんが是非ララにってくれたのよ」


 あのときの治療で私は、ジーノさんの体内で強化されたキラーT細胞に囲まれ危うく命を落としそうになった。

 ララが身体を張って火魔法フレイアを詠唱し続けてくれたお陰で、なんとか窮地を脱することができたのだ。


「う……。あのときはホント、どうなることかと思いましたよねぇ……。私も精神力がほぼ底をついてしまって、もうギリギリの状態でしたし……モグモグ」


 パンで頬をいっぱいにしながら、げんなりした表情でそう答えたララ。

 私も反省しなければいけない。

 人の体内ではどんな危険が待ち構えているか分からないのだから。

 ララがいなければ、私はキラーT細胞の餌食となっていた。


「あ、でも今度の治療からはミーシャさんのところで作ってもらった、その新しいお洋服でリンクするのですよね? 自動擬態魔法ラ・ミメシスが刻まれた紋章つきのお洋服なんて、まさしくミレイ様専用の勝負服って感じですよねぇ!」


「勝負服……。うん、まあ、そうなんだけど……ちょっと違うような気もしなくはないけど」


 私の呟きが聞こえなかったのか。

 さして気にもせず、ララはあっという間に食事を平らげてしまった。

 本当にこの子はよく食べる。

 こんな小さい身体のどこにあれだけの量の食べ物が消えてしまうのか……。


 皿を下げ、食後の珈琲を二人分用意する。

 ララはお砂糖たっぷり、ミルクたっぷりの珈琲。

 私はミルクを少量だけ入れたものが好みだ。


 食後のゆったりとした時間を二人で過ごす。

 たまにはこうやって食事を作って、ララと二人でとりとめのない会話をすることも大切なことなのだろう。

 仕事ばかりの人生では、いつか自身の心と身体を壊してしまう。

 医者の不養生とはよく言ったものだ。


「ふわあぁぁ……。おなかがいっぱいになったら眠たくなってきましたぁ……」


 大きく伸びをしたララに微笑む私。

 うつらうつらとしだした彼女を抱き上げ、私のベッドに横にさせる。

 そして軽く頭を撫で、頬にキスをした。


「にゃむぅぅん……。ミレイ様ぁ……にゃむにゃむ……」


 寝言を言いながら眠ってしまったララ。

 明日は特に仕事の予約は入っていない。

 たまには診療所を閉めて街を散策でもしようか。


「お休み、ララ」


 小さくそう呟き、部屋の扉を閉める。


 そして私は書庫へと向かった。





 灯籠に照明魔法イルミネイトをかけ、明かりを点ける。

 やさしい淡い光が書庫全体を照らす。


 私は本棚から日記帳を取り出し、机に座った。

 本棚には膨大な量の医学書と魔術書、そして戦術指南書が所狭しと並んでいる。

 そろそろ整理をしないと溢れてしまいそうだ。

 もういらなくなった書籍もかなりあるだろう。


 日記を開き、今日起きた出来事を簡潔に記載する。

 ケミル神父の胃がん治療。

 ミーシャの花粉症検査と椎骨脳底動脈の治療。

 彼女にはまだこの事実を伝えていない。

 余計な不安を与える必要はないと判断したためだ。


 久々の手料理。

 ジーノさんとのいつもの立ち話。

 今日一日で起きたことをつらつらと書いていく。


 冷めた珈琲を口に付け、ふと過去の日記のページを開いた。

 そして記憶を遡る。




 私が前世の記憶を思い出したのは、まだ薬師となる前の話だ。

 当時冒険者だった私は、仲間とともにダンジョンの奥深くに潜っていた。

 剣術に自信のあった私は、恐れるものなど何も無かった。

 剣一本で、どこまでもいけると信じていた。


 しかし、不幸は突然私を襲った。

 ダンジョンの中層で、異常発達オーバーアドヴァンス化したモンスターと出くわしたのだ。

 パーティ全員で攻撃しても、ほとんどダメージを与えることが出来なかった。

 そして一瞬の隙を突かれ、後方で支援していた魔道師に敵の攻撃が当たってしまったのだ。


 瀕死状態になってしまった魔道師。

 戦線を一瞬にして離脱できるはずの脱出魔法イヴァキュエイトを唱えられるものは他にはいない。


 ――この世界に『回復魔法』は存在しない。

 つまり瀕死状態まで至ってしまった魔道師を、すぐさま回復させる手段がないのだ。

 

 次々とやられていくパーティのメンバー。

 ひとつ、またひとつと命の灯火が消えていく。


 私は、自身の不甲斐なさを呪った。

 何故、魔道師を一人しかパーティに誘わなかったのか。

 何故、高価な薬を用意しておかなかったのか。


 死んでしまっては元も子もないというのに――。



 ――死にたくない。

 

 そう、心から願った。

 

 ――もう一度、やり直したい。


 そう、心から叫んだ。



 絶望に打ちひしがれた私の耳に、神の声が聞こえた気がした。

 私は声のする方角に手を伸ばした。


 淡い光が私を包んだ。

 その光を嫌ってか、モンスターは私を残しその場から去っていった。


 私の脳裏に浮かぶ光景。

 見たこともない世界。

 聞いたこともない言葉。

 

 それらが渦を巻き、脳のありとあらゆる部分を刺激した。

 

 ――そして私はいつの間にかその場に倒れ、気絶してしまっていたのだ。





 冷めた珈琲を飲み干し、日記帳を閉じる。

 嫌なことを思い出してしまった。

 あの頃のパーティメンバーは、さぞ私のことを恨んでいるだろう。


 気絶した私を発見した別の冒険者は私を抱え、王都にいる薬師に私を見せた。

 そして一命を取り留めた私はまず、彼らの遺族に謝罪した。

 それまでに貯めていた金を全て慰謝料として支払い、無一文となった私は途方に暮れていた。


 見かねた薬師は私を助手として雇ってくれた。

 これが私の『薬師』としての第一歩だったわけだが――。


「お元気かしら、メリック先生……」


 台所で洗い物をしながら、恩師のことを考える。

 薬師メリック・ローグランド。

 私を一人前の薬師として育ててくれた師匠であり、薬師教会の大司祭という立場の実力者でもある。

 教会の洗礼を受け薬師の一員となった私だったが、冒険者出身という特異な経緯と前世の記憶により異端扱いをされているのが現状だ。


 この街で診療所を経営していけるのも、メリック先生の存在が大きい。

 結局私は他者により生かされているだけの存在というわけだ。


 薬師教会にも属せず。

 冒険者にも戻れず。

 かつての仲間を死なせ、自分だけはのうのうと生きている。



 誰かを助けることで、重い十字架が軽くなることなど、絶対にないというのに――。



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