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薬術剣士ミレイの医療白書  作者: 木原ゆう
診療録 様式第一号 薬師における責務および患者の治療について
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カルテ04 心を殺し、機械のように

 目を開ける。

 そこは光が届かぬ液状化された世界。


 新しい服に刻まれた紋章が輝きを灯す。

 途端に世界に光が差し込んだ。


暗視魔法ナイトヴィジョンは正常に発動しているわね。あとは……」


 複数の気配を感じ、後ろを振り向く。

 そこには大口を開けた獣型モンスターがしきりに辺りを気にしながら組織内を徘徊していた。

 あれは免疫細胞のうちのひとつ、マクロファージだ。

 一度でもあれに取り込まれたら厄介なことになる。


 しかし奴らはこちらに視線を向けようともせず、別の細胞間へと移動していった。

 大丈夫。擬態魔法ミメシスも正常に自動発動している。

 免疫細胞らに異物として認識されなければ、安全に体内を探索できるというわけだ。


 通常、擬態魔法を使用するには相当な精神力を使う。

 私が確保している魔力量では、一度使用してしまうとその他の魔法が使用できなくなってしまうほどだ。


「さて、お目当てのものが見つかればいいんだけど……」


 そう呟き、液性耐性魔法アクア・トレランスを詠唱する。

 これにより液状化された細胞間を自由に行き来でき、呼吸困難に陥ることもない。

 薬師メディサーにだけ与えられた希少魔法というわけだ。


 人の体内はダンジョンのそれと似ている。

 一度、冒険者らのパーティに後方支援要員として誘われたことがあった。

 ダンジョンの最下層を目指す途中で、魔物たちが仕掛けた罠にかけられ、危うく命を落としそうになったのだが――。


「はぁ……。嫌なことを思い出しちゃったわね」


 頭を振り、意識を集中する。

 体内だろうとダンジョンだろうと、気を緩めたら命取りになることには違いがない。

 腰に差した騎士剣の柄を掴み、いつでも抜ける体勢で集合魔法ギャザリングを詠唱する。

 これも薬師にだけ与えられた希少魔法で、しかも私はある周波数・・・・・をこれに仕込んでいる。


 特定の細胞にだけ反応するように、何度も試行錯誤を重ねて作成した魔法――。


「……来たわね」


 徐々に細胞間から特定の免疫細胞が集まってくる。

 私が探したいのは、『肥満細胞』と呼ばれる花粉症に関する免疫細胞だ。

 大きな角を二本生やした、ミノタウロスのような大型モンスター。

 IgE抗体が擬態したその角の先に特定の花粉が付着し、奴の大口からヒスタミンが放出されていれば、ミーシャは『花粉症にかかっている』と結論づけることができる。


『グルルルル……』


 数十体のミノタウロスが私の周りを取り囲む。

 しかし自動で擬態魔法ミメシスが発動しているから、私に襲い掛かってくることはない。

 私は一つ一つ奴らの角を確認し、花粉が突き刺さっていないかを確認する。


 ……無い。

 ここに集合したミノタウロスは、正常に作用している。


「仕方ないわね。あそこには行きたくないのだけれど……」


 少しだけ溜息を吐き、騎士剣を鞘にしまう。

 そして腰を落とし、地面を大きく蹴った。


 細胞間を高速で移動する。

 これも紋章に刻まれた敏捷魔法クイックネスが発動しているお陰なのだろう。

 リンクをスタートした場所はミーシャの大脳の視床下部だ。

 そこから細胞間流に沿って免疫細胞が多く集まる小腸まで移動しよう。


「……いや、違う。ちょっと待って」


 走り出した足を止め、大事なことを見落としていたことに気付く。

 ここは、ミーシャの脳内だ。

 ということは・・・・・・白血球などの・・・・・・免疫細胞は・・・・・通常・・侵入することは・・・・・・・ありえない・・・・・


 脳に侵入することが出来るのは、脳血管に損傷がみられたときだけのはず――。


 まさかの出来事に、一瞬青ざめてしまう。

 しかし、すぐに気持ちを切り替える。


 これは『好機』だ。

 たまたま脳にリンクしたお陰で気付くことができた。

 ミーシャにはまだ自覚症状が起きていない。

 しかし、それが軽度だという確証はどこにもない。


「《探知魔法ディテクション》……!」


 焦る気持ちを抑え、血管損傷箇所を探す。

 探知範囲は大脳、小脳、脳幹を含めた脳全体だ。

 範囲を脳内に狭めることで、より多くの、正確な情報を得ることができる。


 大丈夫。きっとミーシャは、大丈夫――。

 探知の間、何度もそう自分に言い聞かせる。


「…………あった!」


 損傷箇所を見つけ出した私は、もう一度大きく地面を蹴った。

 ありとあらゆる細胞内物質を避け、組織内を傷つけないように最大の注意を払いながら、しかし速度を緩めることなく走る。


 こんな時に、ララがいてくれたら――。


 ……駄目だ。

 弱音を吐くのは、いつだって出来る。

 恐怖に怯えるのは、患者を救えなかった時だけにする。

 そう、決めたんだ。

 絶対に、絶対に、ミーシャを救ってみせる――!





 到着した場所は脳幹の先にある椎骨動脈だ。

 そこの一部分が損傷し血液が漏れ、周囲が汚染されていた。


「良かった……! まだ初期段階だわ……!」


 欠損箇所には様々な免疫細胞が所狭しと集まっている。

 彼らに混ざり、欠損領域に結合魔法ユニオンを詠唱する。

 それと同時に血液で汚染した細胞内に向け清浄魔法リピュアを詠唱する。


 時間にして数分の作業。

 見る見るうちに塞がった傷は、魔法の糸により接合され修復が完了する。

 周囲に大量に集まっていた白血球らは興奮を静め、どうしてよいか分からないといった表情でうろうろと徘徊し始めた。

 

 彼らには申し訳ないが、不要な細胞は患部に負担をかけるだけだ。

 私は騎士剣を抜き、一体ずつ確実に仕留めていく。


 ――心を殺し、機械のように。


 魔獣の駆逐が完了し、大きく息を吐く。

 今回は本当にラッキーだった。

 発見が遅れれば、大変なことになっていたかもしれない。


「……さて。そろそろ最初の目的の場所に向かっても大丈夫かな」


 ひとりそう呟いた私は、もう一度細胞間を移動し、小腸へと向かったのだった。





「ふわぁぁ……。うーん……眠たい……」


 目を覚ましたミーシャを尻目に、私はホットココアに口を付ける。

 もう一時間前には治療が終了していた。

 眠ったままのミーシャをそのままにし、勝手に部屋で寛がせてもらっていたのだ。


「おはよう、ミーシャ。検査してみたけれど、普通の花粉症だったわ」


 あの後、小腸にたむろするミノタウロスの群れから、花粉を角に刺しヒスタミンを放出していた一団を発見した。

 流行型のウイルスでなければ、さほど気にとめる必要は無いだろう。

 前世の記憶では、周囲の人間のうち数十パーセントは花粉症状を訴えていたほどだから。


「特にお薬はないけれど、貴女ヨーグルトは好き?」


「へ? ううん、あんまり食べないかな。嫌いじゃないんだけど」


「乳製品を多く摂ったほうがいいわ。あとは野菜も多めにね。腸内環境が良くなれば、それだけ症状も治まってくるかもしれないし」


 メモをとりだした私は、今後必要な食生活改善案を記載しミーシャに手渡す。


「ニュウサンキン? ゼンダマキンを増やしてアクダマキンを減らす?」


 目を擦りながらメモを受け取ったミーシャ。

 その様子を見て微笑みながら、私はひとつひとつ丁寧に教えてあげる。


 それから少しの間雑談した私は、彼女に別れを告げてその場を後にした。




 診療所に戻り、診察書に記録をとる。


 患者名、ミーシャ・キャラベル――。

 数日前から鼻水、鼻づまり、くしゃみの症状を訴える。

 本人の希望により、洋裁店に訪問し診断。


 診断結果。

 奏蓮花の花粉によるⅠ型アレルギー。

 治療薬は必要ないと判断し、食生活改善を提案。


 そして、その下に追記項目を記載する。


 【追記】

 椎骨脳底動脈における血管の損傷を確認。

 クモ膜下出血までには至らず、これを治療。

 要、術後の経過を観察。



 私はそっと診察書を閉じ大きく息を吐いた。



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