カルテ30 黒い悪魔
メシアを出発してから丸二日が経過した。
幸いにもモンスターにはほとんど遭遇せず、私達は順調に旅を続けている。
この調子でいけば、明日にはメシアに最も近い街である行商の街リグロに到着するだろう。
リグロには国中の様々な素材が集められ、行商により周辺の街々へと出荷される。
通常では手に入りづらい薬草なども売っているため、情報収集も兼ねて露店を見て回るつもりだ。
「それにしても退屈な旅じゃのぅ。王都は危機に晒されとるというのに、この辺りは平和そのものじゃからの」
大欠伸をしながら、メリックがつまらなそうに言った。
それを見て真似をするカルマ。
「しかしリグロの行商も王都での情報は掴んでいるはずです。メシアまであの噂が到着するのも時間の問題かと」
「まあ、そうじゃろうな。あの辺境の街にまで噂が届くということは、ラグレス皇国全土に知られるということじゃ。国中がパニックになる前に、ワシらでどうにかせんといかん」
カイトの言葉に珍しく真面目な顔で答えたメリック。
「先生はどこまで情報を御存じなのですか? そろそろ私にも教えていただきたいのですけれど」
未だに詳細を伝えられていないのには何か意味があるのだろうが、それでは街で情報収集をするにも限度がある。
が、メリックは頭を掻きつつカイトに意味ありげな視線を向けるだけだった。
カイトもどう話してよいものかと困った表情をしている。
「……出来ればもう少しあとに話すつもりだったんだが、リグロに到着すればお前も耳にするだろう。『人類滅亡の危機』――。ギルド本部では奴らのことを通称『黒い悪魔』と呼ぶことにしている」
「……『黒い悪魔』?」
ギルド本部でコードネームを指定するということは、危険度が最高ランクであるという証だ。
私がギルドに所属していたときには、コードネームが発動されたことは一度も無い。
「奴らは無限に増殖する。確認されているだけでも、その数は一万を超えている。そして、決して死ぬことなく我々に襲い掛かってくる。……俺達が知らされている情報は、これが全部だ」
カイトの声が震えているのが分かる。
無限に増殖する、不死者の集団……?
私の脳裏に、つい先日のリンクの光景が浮かんだ。
「ほれみろ。やはりこやつはあの小娘の中におった魔物を想像してしまったじゃろう? まだ身体と心の傷が癒えておらんのじゃから、黙っておいてやれと言うたのに」
「ず、ずるいですよメリック殿……! 確かに王都に到着するまでは黙っていようと提案したのはメリック殿ですが、俺は先に話しておくべきだと、あの時言ったじゃないですか!」
「こやつはこう見えて打たれ弱いんじゃ。リンク終了直後に同じ光景を想像させたら、今度こそ立ち直れないとも限らん。それ以前に、友人一人を救うために命を投げ出すような奴じゃぞ? それが『世界』となったら、今度は一体どんな暴走を始めるか想像もつかんわ」
私の目の前で言い争うメリックとカイト。
詳細を黙っていた理由は、私のため……?
確かにショックは大きいが、そこまで心配されるほど精神力の鍛錬を怠ってはいない。
「聞きたいか? こやつが冒険者だった頃の話を。どのようにしてワシの所に転がり込んできたかを」
「!! せ、先生! それはもう過去の話です……!」
慌ててメリックの口を両手で塞ぐ。
あの頃の私は前世の記憶も蘇っておらず、ダンジョンで仲間を死に追いやったことで自責の念に駆られていた。
行く当てもなく、死に場所を探し彷徨っていたときに薬師教会の前に辿り着いたのだ。
「と、とにかく! 私のことはご心配なく! 傷もだいぶ良くなりましたし、お二人に迷惑はかけませんから!」
「ええい、分かった! 分かったからその手をどかさんか! まったく、年寄りの口を力ずくで押さえおってからに……。というか、ワシはおぬしの師匠じゃぞ!」
ようやく落ち着いた私はメリックから手を放した。
そしてふとカイトと目が合ってしまう。
「な、なによ……」
「いや、お前の過去を聞けるチャンスだと思ったんだが……。残念だったな」
目を逸らし頬を掻いたカイト。
そう言われ徐々に顔が赤くなっていく私。
「ほう? ミレイの過去に興味があるか。じゃがタダでは教えんぞ」
「先生!?」
再びメリックの口を塞ごうとしたが、今度は見事に避けられてしまった。
人に聞かれたくない過去をペラペラと話されてはたまったもんじゃない。
それがカイトであれば尚更だ。
「とにかく街に着いてからじゃな。この先もまだまだ長い道のりじゃし、酒も飲みたいしのぅ。ほれ、さっさと行かんか」
杖でお尻を叩かれ、更に顔が赤くなる私。
それを見てケラケラと笑っているメリック。
さっきからカルマが首を捻ったまま私を見上げている。
私と生命を共にしているこの子には、私の感情がそのまま直に流れ込んでいるのだ。
そう考えると余計に恥ずかしくなってしまう。
冷静にならないと。
いつもみたいに心を殺し、機械のように――。
大きく深呼吸をする私だったが、その後もまったく動揺が収まらず。
街に到着するまでメリックの豪快な笑い声が延々と道中を響かせていた。




