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薬術剣士ミレイの医療白書  作者: 木原ゆう
診療録 様式第四号 薬師における分析および患者の隔離について
31/42

カルテ27 出発当日

「こらー! カルマー! ちゃんと食べ終わったらお皿を下げるんですよぅ!」


「……お皿を下げる。分かった」


 朝食を終え、ララが後片付けを手伝ってくれる。

 何も言わずに部屋に戻ろうとしたカルマを注意するララ。


「ホント急にお姉ちゃんになっちゃったわね、ララちゃん」


「うん。でも幻獣もご飯を食べるとは思わなかったわ。それだったら、昨日の夕食も作ってあげれば良かった」


 ジルと二人でララとカルマのやりとりを見て微笑む。

 今日の昼にはメリックらと共にこの街を出発する予定だ。

 このあとは王都から来た三人の薬師見習いに診療所の引継ぎをしなくてはならない。

 薬師見習いとはいえ、あのメリックが連れてきた従者だ。

 それなりに知識と技術は備えているのだろう。


「ララ。昨日も言ったとおり、しばらくは貴女がこの診療所の薬師として街の皆を守るの。いつもララにばかり頼ってしまって、本当に申し訳ないと思っているわ」


「いえいえ! ミレイ様は私の誇りです! この街の皆さんのことは、私にドーンとお任せ下さい!」


 小さな身体を精一杯広げ、大きく胸を張ったララ。

 その横で首を傾げつつララの行動の真似をしているカルマ。


「こ、こら! お前は関係ないだろう! 真似をするんじゃありませんー!」


「カルマは私と一緒に王都に向かうのよ。私達は離れることが出来ないの。分かる?」


「王都……。ボクは、ミレイと離れない……。分かる」


「ミレイ、じゃなくて『ミレイ様』だと何度言ったら分かるんですかー! もう、ミレイ様もカルマに甘くするから駄目なんですよぅ!」


 私とカルマの間に割って入り、納得のいかない表情で騒いでいるララ。

 ジルは椅子に座ったまま腹を抱えて笑っている。

 こうやって見ていると本当に姉妹喧嘩みたいに見えるから不思議なものだ。



 しばらくして、薬師見習いの三人が診療所を訪れてきた。

 私は彼らを診察室に招き入れ、薬品棚にある薬の種類や診察記録などの引継ぎを済ませる。

 ララのことについてはすでにメリックから聞かされているようだ。

 サキュバス族の子供が薬師というのも変わった経歴なのだが、あのメリックのお墨付きとあれば文句を言うわけにもいかないだろう。

 彼はララを本当の孫のように可愛がっている。

 私にはあんな笑顔、一度も見せたことなどないというのに。


「出発まで、まだ時間はあるわね。ちょっとメリック先生の様子を見てくるわ」


 ララと薬師見習いに後を任せ、私はカルマを連れ診療所を後にした。

 恐らく、昨日の夜からずっと酒場で飲み続けているのだろう。

 カイト一人にメリックのことを任せてしまって申し訳ないような気がしたが、私と二人でいるよりはメリックも大いに楽しめるだろう。


 ゆるい坂を下り、南通りへと向かう。

 メリックと合流したら、その後は町長の所に報告に向おう。

 それと魔術学園の臨時講師もしばらくはお休みしなくてはならない。

 休職の手続きをするためにはオーナーのモルディ伯爵のお屋敷に向かわねばならない。

 あとは雑貨屋のジーノおばさん、洋裁店のミーシャとキャラベル夫妻。

 鍛冶屋のザザノさんに、教会のケミル神父、ギルド長のグランさんに、書士のヴィレンヌ――。


「……ミレイ。この世界は、好きか?」


「え?」


 カルマが急に口を開き、私は思考を停止する。

 彼女はたまに変なことを口走るのだが、そこに何の意味があるのかは分からない。


「『楽しい』、『愛しい』、『大切』……。そういった感情がミレイから溢れてくる」


 カルマは私の目をじっと見つめている。

 その目を見ていると、どこか別の場所に引き込まれてしまいそうな、そんなありもしない錯覚に陥ってしまう。

 私は屈み込み、カルマの目線に合わせてこう答えた。


「うん。私はこの世界が、大好き。この街の人達もみんな好きだし、ララも、カルマだって大好きよ」


 これはきっと私の本心だ。

 辛いことも苦しいことも沢山あるけれど。

 それ以上にこの場所が愛おしくて、この世界に生まれてきて本当に良かったと思っている。


「……そう」


 カルマはそれだけ答え、私の先を歩いていった。

 この会話に何の意味があるのか分からないが、彼女は私の感情を感じ取ることが出来る、ということは間違いなさそうだ。

 つまり、私はカルマに嘘は吐けない。

 削られた寿命を肩代わりしてくれているのだから、それくらいの対価は当然だろう。


「……でも、カルマが女の子で助かったわ。男の子だったら、ちょっと恥ずかしかったかも」


 彼女に聞こえないように、そっと呟く。

 いつか私もカルマの『本心』を聞くことが出来るのだろうか。

 人と幻獣の間に信頼関係を築くことは可能なのか。

 自身の命を賭け魔法を習得する側と、自身を拘束され使役される側との関係性とは、一体どんなものなのか。

 魔法を使うたびに異界から召喚される幻獣達は、一様に冷たい視線を術者に向ける。

 魔法書に囚われた神達は、恐らく人間全てを憎んでいる――。


 そう考えていると、ぽつりと一滴の雨が頬を当てた。

 上空に顔を向けると、ぶ厚い雲が太陽を覆い隠そうとしてるのが見える。

 この様子では出発の午後には天気が荒れるかも知れない。

 早い所、街の皆に挨拶を済ませて遠征の準備を整えてしまおう。


 私はカルマの手をとり、足早に酒場へと向かった。



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