カルテ03 付加効果(アビリティ)
「ああ、ミレイ。ちょうど良かった……くしゅん!」
洋裁店に入るや否や、一人娘であるミーシャがくしゃみをしながら私を出迎えてくれた。
歳は私とそんなに変わらない。
この街に来て、最初に知り合いになったのも彼女だ。
「大丈夫? 鼻水出ているわよ、ミーシャ」
「ぐしゅ……もう、仕方ないじゃない。止まらないんだから……くしゅん!!」
鼻に布をあて、何度もくしゃみをしているミーシャ。
店内には私以外の客は誰もいない。
ふと窓に視線を向けると『CLOSE』の立て札が立てられていることに気付く。
「おじさんとおばさんは? 今日はもう店じまいかしら」
「うん。隣町のお得意様に商品を納品しに行ったわ。二人仲良く馬車デートを兼ねて、だって」
鼻を啜りながらげんなりした表情でミーシャは言った。
彼女の両親が非常に仲が良いことは近所でも有名な話だ。
まるで付き合ったばかりの男女のように、初々しい関係でいられるのはすごいことだと思うけれど。
「で? 何か私に言いたいことがあったんじゃない?」
「へ……? あ、そうそう。これを渡そうと思って……くしゅんっ!」
カウンターの下からだいぶ前に注文をしていたオーダーメイドの洋服を取り出したミーシャ。
作るのに相当時間が掛かると聞いていたから、いつ出来上がるかは聞いていなかった。
「まったく……。貴女も遠慮なしに色々と付加効果のある服を注文するんだから」
文句を言いつつそれを私に手渡すミーシャ。
まるで白衣のような純白の生地。
所々に紋章が刻み込まれ、魔法による追加効果が付加されていることを示している。
私が彼女に頼んだ付加効果は四つ。
『自動擬態魔法』。
『自動敏捷魔法』。
『自動暗視魔法』。
『自動脱出魔法』。
どれも迅速な治療に必要な魔法ばかり。
それらが半永続的に、もしくは必要な場面で、精神力を消費せずに自動発現するように調整されている。
「さすがはこの街きっての洋裁師ね。おじさんとおばさんが帰ってきたら改めて御礼に伺うわ」
丁寧にたたまれた服を広げ、袖を通してみる。
サイズもぴったり。
袖の部分も騎士剣が引っ掛からないように隙間ができない素材で加工されている。
これなら施術中でも存分に動くことができるだろう。
「まるで白銀の騎士様よね。白い色の服なんて汚れが目立っちゃうから、冒険者はまず選ばない色なんだけど」
「そんな有名人と一緒にしないでよ。まあ、確かに悪い気はしないけど」
彼女の言う『白銀の騎士様』とは、王都に滞在している剣聖アースディバルのことだ。
先に行われた世界最大級の闘技大会で、彗星のごとく現れた無名の若い剣士。
大会で優勝をかざり『剣聖』という最高位の称号を王から授かった彼は、もっぱら周辺国の若い女の話題の種となっている。
「じゃあ、さっそく診察をしてもいいかしら。ここでもいいけれど、貴女の部屋のほうが落ち着いていいんじゃない?」
「そうね。ちょっと待ってて。準備してくるから」
そう言い店の奥に向かっていったミーシャ。
そしてすぐさま私を呼ぶ声が聞こえ、私はそのまま彼女の部屋へと向かった。
◇
ベッドに横になった彼女に対し、簡単な問診を済ませる。
症状が出始めたのは、つい先日からだそうだ。
これがもしも花粉症の症状だとしたら、本来は人体に無害のはずの花粉を有害物質だと誤認した免疫異常だと推察される。
(やっぱりリンクしてみないと分からないか……)
もしかしたら流行型のウイルスである可能性もある。
それならば早めに『型』を知っておいて、ワクチンを大量に生産しないといけない。
先程、ジーノさんとの話でも『原因不明のくしゃみが流行っている』と聞いたばかりだ。
心配に度が過ぎる、ということはない。
私はすでに前世でそれを学んだはずなのだから。
「ミーシャ、睡眠魔法をかけるわね。ちょっと身体の中を見せてもらうけど、いいかしら」
「いいけど、エッチなこととかしたら駄目だよ。私、まだ嫁入り前なんだから」
「あら、それはして欲しいってことかしら? 馬鹿なことを言ってないで、早く目を閉じなさいな」
二人して軽く笑い、彼女の緊張が解れるのが伝わってきた。
まだ私の治療法はこの世界に広く確立されているわけではない。
薬師団の中にはまだ、懐疑的な意見を述べる人物もかなりの数が存在する。
しかし、私は多数の実績を残してきた。
これは私自身ではなく、前世の私が齎してくれた恩恵ではあるが。
(ミーシャには悪いけど、この新しい服の性能を試すにはちょうど良いし……)
治験、とまではいかないが、やはり少しだけ心が痛む。
彼女は私の親友だ。
実験台のような扱いだけは絶対にしたくない。
「ふふ、ミレイ。今、貴女が考えていることを当ててみせましょうか。大丈夫よ。その服は私の大好きなお父さんとお母さんが作ってくれたんだから」
「ミーシャ……」
目を瞑ったまま、彼女は笑顔でそう言ってくれた。
心の中で感謝した私は、彼女に睡眠魔法を唱える。
しばらくすると、彼女の静かな寝息が聞こえてきた。
私は彼女の前髪を軽く払い、自身の額をそこにつける。
「……治療開始」
呟きと同時に私の全身を光が覆う。
麻酔魔法は特に必要ないだろう。
ケミル神父のときのように細胞を傷つけるような戦いは恐らくない。
――意識が徐々に落ちていく。
私はゆっくりと横にある椅子に座った。
きっとまた目覚めたら身体の節々が痛むのだろうな。
そんなことを考えながら、私はミーシャの体内へと向かった。