カルテ20 異物記憶
ゆっくりと目を開ける。
すぐさま白衣に付与された自動暗視魔法が発動。
暗黒の体内に光が差し込まれ、周囲の状況が明らかになる。
「よいしょっとー! お待たせしました、ミレイ様ぁ!」
極小魔法により身体を小さくし、私と同じようにジルの体内にリンクしたララ。
彼女の存在を嗅ぎつけたのか、すぐに私達の周囲をスライム型のモンスターが取り囲んだ。
「好中球ね。今日は一段と異物発見能力が高いわ……。これも生理不順の影響かしら」
白衣の効果で私自身には自動擬態魔法が掛けられている。
奴らはララにだけ反応している。
以前カイトの体内にリンクしたときと同じようにララを懐に抱え、余分な免疫細胞らのサーチを避けなければならない。
「み、ミレイ様ぁ! あっち、あっちに……!」
「あっち?」
迫りくるスライムらを騎士剣で退けつつ、ララが指差す方角に視線を向けた。
そこには私の騎士剣の何倍もの長さの剣を構えている、甲冑を着たサムライ型モンスターの軍勢が列を成してこちらに向かっていた。
「どうして、あのお侍さんの軍勢がいるのですかぁ……! 見つかるの、早すぎますよぅ……!」
「あ……そうか。私としたことが、うっかりしていたわ……」
あの軍勢はキラーT細胞という、厄介な免疫細胞の集団だ。
免疫細胞の中で最強の攻撃力を誇る奴らにまで、こんなに早く見つかってしまう理由――。
以前ジルの体内に二人でリンクした際、ララは一度マクロファージに取り込まれている。
そこで異物記憶が発動し、今回のリンクで奴らに最短で危険信号が送られたのだ。
ということは、つまり――。
『ガガ……! ギガガガ……!』
大きな機械音と共に侍の軍勢の後方から数発のミサイルが発射された。
私は即座にララを抱え、バックステップで奴らとの距離をとった。
「ぎゃああー! 機械兵達までー! ミレイ様ぁ! ここは一旦、外に脱出しましょうよぅ!」
すでに涙目になり発狂寸前のララ。
好中球、キラーT細胞にB細胞……。
あのミサイルに触れると体に付着し身動きがとれなくなる。
そのようなオプソニン化状態になったら最後、侍の持つ長刀により首を刎ねられて死ぬだけだ。
「……いいえ、まだリンクしたばかりよ。ヘルパーT細胞まで出てきたならまだしも、この程度で諦めていたら先が思いやられるわ」
「そ、そんなぁ……!」
私の胸で情けない声を上げたララ。
運が良いと言えるかは分からないが、奴らはまだヘルパーT細胞のサイトカインにより強化をされてはいない。
B細胞のオプソニン化ミサイルを白衣に付与された自動敏捷魔法を駆使し避け、進軍してくるキラーT細胞をララの火魔法で足止め出来ればどうにかなる。
「ララ。振り落とされないように、ちゃんと掴まっていてね。それと援護もお願いできる?」
「……褒めてもらえば、できるかもしれないです」
白衣の袖をそっと握り、潤んだ瞳で私を見上げてくるララ。
私は優しく微笑み、彼女の頭を撫でつつ、子供をあやすようにこう言った。
「ララはできる子。凄い力を持った、サキュバス族のエースなのよ? ララがいないと、この窮地を脱することはできないわ」
「…………」
ララの表情が徐々に変化する。
本当にこの子は素直で良い子だ。
「~~~!! 元・気・百・倍---!!! ミレイ様の援護は私に、お任せあれーーーー!!」
俄然やる気になったララはメラメラと闘志を燃やした。
その間にも軍勢はこちらに向かってきている。
このまま奴らを突っ切るか、それとも後退し別の経路を進むかは、まず現在地がどこなのか見当をつけなければならない。
リンクが開始される地点は毎回ランダムで決まる。
ジルは胸の張りを訴えていた。
よって、向かう場所は彼女の乳腺だ。
女性ホルモンであるエストロゲンやプロゲステロンによる影響を調べなくてはならない。
胸の張りの原因が女性ホルモンの過剰分泌によって起こる血管膨張であれば、さほど問題はないのだが――。
「ミサイル、来ましたぁ!」
ララの叫び声で意識を目の前の敵に戻す。
今は考えている暇はない。
ここが人体の何処であれ、目指すは血液の中だ。
そのまま血流に乗り、乳腺まで向かおう。
ララを抱いたまま、私は低く身を屈め地面を蹴った。
 




