カルテ17 幻獣捕獲
「……はは、僕が……父親? まさか、そんな……」
辺境の街メシアの南通りにある小さな酒場。
まだ昼間だというのに店内はすでに満員だ。
一番奥の席で口を開けたまま硬直しているクライム。
その横には同じく驚いた表情でこちらを振り返っているカイトの姿もあった。
「おいおい、それは本当か? まったく……。だから俺は嫌だったんだ。カップル同伴の奴らと一緒にダンジョンに潜るのは……。もしものことがあったら、どうするつもりだったんだ?」
ジルのお腹に視線を向けたカイト。
でもその目は以前のような嫌悪に満ちた目ではない。
本気でジルのことを心配してくれているように見える。
「それを言われてしまったら、言い返す言葉が見つかりません……。ほんっと、ありがとう! あんたが身を張ってあのウネウネから私達を守ってくれたこと、一生忘れないから!」
カイトの前で大袈裟に手を合わせて拝んだジル。
その様子を見て苦笑してしまったカイトと私。
「……で、クライム。さっきからずっと黙ったままだが、何かジルに言うことはないのか?」
カイトの言葉により、口が開いたままのクライムに私達三人の視線が注がれる。
私はそっとジルの横に立ち、彼女の手を握った。
その手から緊張が伝わってきて、私まで同じように緊張してしまう。
一体、クライムは何と答えるのだろうか。
「……ジル」
それだけ呟いたクライムは椅子から立ち上がり、彼女の傍に近づいた。
一瞬ビクッと肩を揺らしたジル。
周りの客も私達の会話に聞き耳を立てており、どういった展開が待ち受けているのか興味津々のようだ。
「な、何よ……。言いなさいよ。どうせ『僕の子じゃないんだろう?』とか言うに決まって――」
緊張に耐えられなくなったジルが口を開いたその瞬間。
クライムは彼女を抱き締め、こう答えた。
「~~~~!! よくやった、ジル! 今日はなんてめでたい日なんだ! マスター! 今日は全部僕のおごりだ! 店の客全員に酒を配ってくれ!」
「はいよ! てめぇら、今日は祝杯だ! どんどん飲めやぁ!」
酒場のマスターの号令で店内の客から歓声が上がる。
何が起きているのか分からず、今度はジルが口を開けたまま硬直してしまった。
「……あれ? あ……あはは。なんだろ、これ。夢なのかな」
クライムに抱き締められたまま、一筋の涙を流したジル。
つい私ももらい泣きをしてしまい、ジルを抱き締めたい衝動に駆られたが、二人を邪魔してはいけない。
私はそっとジルから手を放し、カイトの横の席に座った。
「……俺と入れ違いで診療所に来た理由は、これだったってわけか」
「……うん。でも本当に良かった。ジルもずっと不安がっていたし」
クライムがジルをお姫様抱っこしている様子を眺めながら、私は涙を拭き笑顔でそう答えた。
顔を真っ赤にしながら叫ぶジルだが、その顔は幸福に満ち溢れている。
でもこれからが大変だ。
私がしっかり彼女をサポートしてあげないと。
薬師として。友人として。
「あ、そういえば、クライムさんに話って何だったの?」
カイトとジルが入れ違いで診療所に訪れた時のことを思い出し、何となしに聞いてみる。
「いや、大した用じゃないさ。俺はこの街の出身じゃないし、この前のクエストも失敗しただろう? 今朝、王都のギルド本部から帰還命令があってな」
酒に口をつけ、そう切り出したカイト。
そういえばギルド長のグランからは、カイトが『外部から来た応援要員』としか教えられていなかったことを思い出す。
まさか王都にあるギルド本部から派遣されてきたとは驚きだ。
「帰還命令があったってことは、新しいクエストが発生したってこと?」
通常、ギルドに所属する冒険者には常に仕事が回ってくる。
今回カイトはグランの要請により王都から派遣されてきたので、クエストが終了次第、また次のクエストに出向かなければならない。
「ああ。今度のクエストは『幻獣捕獲クエスト』だそうだ。つまり俺は魔道師達のボディガード役ってわけなんだが、その魔道師が一人足りないみたいでな」
「なるほど。それでクライムさんを……」
「でも、断られたよ。今回は少し長丁場になりそうだからな。王都とメシアはかなり距離があるから、ジルと離れて暮らすことになるのが嫌だったんだろう」
そう答えたカイトはグラスを煽り、席を立った。
「……出発は、いつなの?」
「ん? ああ、二日後の早朝だ。それまでに腕の良い魔道師を探さなくちゃな。グランにも頼むつもりだが、出来れば自分の目で確かめて、信頼できる奴に頼みたいと思っている」
「……そう……」
カイトが王都に戻る――。
もしかしたら、もう二度と彼に会うことはないかもしれない。
冒険者はいつ命を落とすか分からない。
それが王都にあるギルド本部に所属する冒険者なら尚更のことだ。
口を開き何かを伝えようとしたが、思い止まる。
私はこの街の薬師だ。
私以外にこの街の人々を診察できる者はいない。
結局何も答えないまま、カイトの背を見送るしか出来なかった。
でも、これで良いのだ。
二日後には笑顔で彼を見送って、また日常の生活に戻るだけ。
「ちょっとー! もういい加減に降ろしなさいよ! 恥ずかしいっての! 馬鹿ーー!」
ジルの叫び声で我に戻る。
そして私も祝杯を挙げるため、彼らに混ざり少量のお酒に口をつけた。
 




