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薬術剣士ミレイの医療白書  作者: 木原ゆう
診療録 様式第三号 薬師における検査および難病の指定について
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カルテ15 幸せの法則

 辺境の街メシアに戻った私達はすぐにグランのいるギルドへと報告に向かった。

 ジルやクライム、カイトといった熟練冒険者にて挑んだパーティが『終焉のダンジョン』の踏破に失敗した――。

 この噂は瞬く間に街中に広がり、すぐさま王都にあるギルド本部へ使者が送られた。


 数日も待てば王都から狩人ハンターが派遣されるだろう。

 最近では駆逐モンスターの数も少なくなり、彼らの稼ぎ口が減ってきていると聞く。

 これもアースディバル公の功績のひとつだが、かの白銀の騎士は今回の件についてどう考えるのだろうか。


「……はい、診察終わり。もう大丈夫みたいね」


 自作の聴診器を耳から外し、診察書に目を落とす。


 患者名、カイト・グランバース――。

 終焉のダンジョンにて遭遇したガフガリオン・キャタピラーの毒棘により昏睡状態に陥る。

 問診の結果、以前にも同モンスターとの戦闘で毒を受けた経歴あり。


 診断結果。

 同モンスターの毒によるアナフィラキシー症状。

 IgE抗体を介するⅠ型アレルギー反応と断定。

 リンクにより直接、副腎髄質を刺激。アドレナリンを強制放出。

 術後の経過は良好。

 ただし同モンスターとの接触は禁忌。


「ああ。今回は本当にすまなかった。あの芋虫の毒を受けた経験があることを、事前にお前に話しておくべきだったよ」


 素直にそう謝罪したカイト。

 街を出たばかりの頃よりも大分打ち解けてくれるようになった。

 これも治療のおかげなのだろうか。


「仕方ないわ。貴方も冒険者ですもの。今までに負った傷なんて数え切れないでしょう? でも、ジルとクライムさんが居てくれたおかげで本当に助かったわ」


「そうだな。あいつらにも感謝している」


 椅子から立ち上がったカイトは診察台に座っているララに視線を向けた。

 そして自然な動作で彼女の頭を撫でてくれた。


「カイトさんの手、大きくて暖かくて大好きなのであります!」


「そうか。俺もお前の頭を撫でていると、なんかこう、落ち着くよ」


 彼の言葉に一瞬だけ心が揺らいでしまう。

 ……本当にそっくりだ。あの人と。


「……? どうかしたか?」


「い、いえ……。なんでも」


「?」


 首を傾げたカイトだったが、それ以上は何も聞いて来なかった。

 私は小さく胸を撫で下ろし、数本の魔法針の入った小箱をカイトに手渡す。


「もしもまた同じような症状が現れたら、この針を五分ごとに太腿の外側に軽く刺して。闘争魔法ストライフを付与してあるから、ショック症状を未然に防げると思う」


「驚いたな……。こんなものも作れるのか。王都にもお前みたいな薬師がいれば、命を落とす冒険者も少なくなるだろうに」


 驚いた様子のカイトだが、王都にはあのメリック先生がいる。

 私が薬師としてそれなりに活躍できるのは、先生の指導のおかげと前世での医療の知識があるからだ。

 私自身の力ではない。


 当然、この世界にはアナフィラキシーショックの治療で使われるエピネフリンは存在しない。

 付与魔法である闘争魔法を込めた魔法の針を、太腿に筋肉注射することでどうにか代用できる程度のことだ。


「何かあったら、いつでも来て頂戴。その……ララも喜ぶし」


「ミレイ様ぁ! 何だかお顔が真っ赤ですよぅ!」


「ち、ちょっと、ララ……きゃっ!」


 慌てて立ち上がったせいで体勢を崩してしまう。

 そして倒れそうになった私を支えてくれたカイト。

 彼の頑丈な腕に支えられ、余計に顔が赤くなっているのが自分でも分かる。


「……ありがと」


「……ああ」


 微妙な空気が流れ、つい無言になってしまう。

 これも全てララのせいだ。

 今はそう考えることしか出来ない。


「こんちわー。ミレイいるー? ……って、あれ? もしかして、お邪魔だった?」


 急に診療所の扉が開きジルが顔を覗かせた。

 その瞬間、光の速さでカイトから離れた私。

 ……一体何を焦っているのだろう、私は。


「いや、大丈夫だ。ちょうど今、診察が終わって帰るところだからな。今日はクライムは酒場にいるか?」


「うん。昼間っから飲んでるよ。この前、駆除モンスターを倒したからお金に余裕が出来たじゃない? でもさぁ、昼間から飲むとかありえないよね……。ほんっと、あの馬鹿は――」


 話が長くなりそうだと判断したのか。

 愛想笑いを浮かべたカイトは、ちらっと私に目だけで合図をしてそのまま診療所を後にした。

 彼女の話の続きを聞きながら、私は暖炉に火を灯し薬缶で湯を沸かす。


「今日はどうしたの? クライムさんの愚痴を言いに来たの?」


 三人分のカップを用意して熱々の珈琲を淹れる。

 私が勧めるまでもなく、ララを抱っこしたジルは勝手に椅子に座った。


「ううん、そうじゃなくてね。ほら、この前、終焉のダンジョンの帰りにちょっと体調が悪いって言ったじゃない?」


 私から珈琲を受け取ったジルは特に表情を変えることなくそう答えた。

 確かにあの時、少し違和感があったことを思い出す。


「ダンジョンに向かう前から、ちょっと吐き気が続いてたっていうか……ものすごい眠い日もあったりして。一度相談しようと思ってたのよ」


「吐き気?」


 珈琲を冷ましつつ彼女の言葉を真剣に聞く。

 吐き気に眠気……。

 これらの症状が発症しそうな病気を知識の中から探し出す。


 感染症による胃腸炎。肝臓疾患。膵炎。メニエル病。不眠症。自律神経失調症――。


「なんか胸も張ってる気がするし、お腹も痛いし、とにかくダルいし……。何だろうね、これ」


「……ジル。それって、まさか――」


「ふぇ?」


 珈琲カップに口を付けたまま、あどけない顔でジルが返事をした。

 彼女の膝の上に乗っているララもまた、同じような顔をしている。

 私は真剣な表情で彼女の目をまっすぐに見つめ、こう答えた。


「もしかして妊娠かもしれないわ。ケミルさんのところで調べてもらいましょう」


「……え? ………え?」


 私の顔とララの顔を何度も見比べたジル。

 そして彼女は椅子から立ち上がり、叫んだのだった。


「…………ええええええぇぇぇぇぇ!?」



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