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薬術剣士ミレイの医療白書  作者: 木原ゆう
診療録 様式第三号 薬師における検査および難病の指定について
16/42

カルテ14 迷宮からの脱出

更新再開します。

宜しくお願い致します。

「ん……」


 薄く目を開ける。

 そしてすぐに傍らに倒れているカイトの容体を確かめた。

 脈拍、正常。

 口元に耳を当て呼吸音を調べる。

 これも正常。

 顔面蒼白も解消され、正しい血の循環が戻りつつある。


「お帰り、ミレイ! その様子だと治療は成功したみたいね! はああぁぁ!!」


 大きく身体を反転させ、眼前のモンスターに回し蹴りを喰らわせたジル。

 後方に数メートルほど吹っ飛んだ後、黒煙を上げ消滅したモンスター。


「こっちも何とか凌ぎ切ったよ。今ジルが倒したのが最後の一匹だ」


 額の汗を拭ったクライムが笑顔で私に話しかけてくれた。

 現状の把握と頼もしい二人の仲間の顔を見た瞬間、私の心に人としての感情が戻ってくる。


「あ……」


 何かがぽたりと落ち、地面を濡らす。

 それが安堵の涙だと理解するまでに数秒を費やした。


「ちょっと、急に泣かないでよ……。こっちまで泣きそうになるじゃない……ぐすっ」


 そう言ったジルはそっと私の肩を抱き、一緒に泣いてくれた。

 彼女の細い腕は傷だらけで、命懸けでモンスターの群れから私とカイトを守ってくれたのだとすぐに分かった。

 私は涙を拭い、傷薬を彼女の腕に塗布した。


「少し休もう。恐らくこの階層のモンスターはほぼ倒し尽くしただろうからね。カイトの容体はどれくらいで回復しそうなんだい?」


 ダンジョンの地図を確認したクライムは膝を突き、心配そうな表情でカイトを見下ろしている。


「大分安定してきたと思います。もうじき目覚めると思いますけれど、出来れば脱出魔法イヴァキュエイトで地上に戻って診療所で休ませたいのですけれど――」


「……その必要はない」


 私の言葉を遮ったのは目を覚ましたカイトだった。

 彼は軽く頭を振った後、ゆっくりと身を起こした。


「はは、流石は重剣士君。回復力も凄まじいね」


「……」


 クライムの言葉に反応せず、カイトはただじっと私を見つめているだけだった。


「何よ、何か言いたいことでもあるの? ていうかお礼すら言えないの? ミレイが命懸けであんたを助けてくれたってのに」


「ジル。命懸けで助けてくれたのは重剣士君も一緒だろう。彼が身体を張ってくれたから僕らが無事でいられるのだから」


「そ、そうだけど……!」


 クライムに諭され慌てて弁明するジル。

 彼らに視線を向け、そして立ち上がったカイトからは意外な言葉が漏れた。


「……記憶の片隅で、何があったのか少しだけ覚えている。ジル、クライム……そして、ミレイ。迷惑をかけた。助けてくれたことを感謝する」


 きちんと姿勢を正し、深く頭を下げたカイト。

 その様子を見てぽかんと口を開けたまま何も言葉を発さないジルとクライム。


「はいはい、は~い! 今回の治療は私の功績もあるんですからねぇ!」


 ぽんっと音を立て静寂を打ち破ったのはララだった。

 登場するタイミングを計っていたのだろう。

 小さな体で得意げな表情を浮かべつつ腕を組んでいる。


「へ? ララちゃん? もしかして街からずっと付いてきてたの?」


「はい! そうなのですよぅ! 皆さんの微妙なやりとりも常に監視しておりました!」


「いや……。そんなに堂々と言われても……」


 満面の笑みで答えるララに呆れ顔のジルとクライム。

 当然この二人もララとは面識がある。


「……この子は?」


 突然現れたララに戸惑った様子のカイト。

 私は彼女を抱き上げ、カイトの目の高さに合わせてやった。


「彼女はララ。サキュバス族の子で、私の診療所で助手を務めてるの。ララがいなかったら今回の治療は成功しなかったわ」


「そういうことなのです! だからもっと私を褒めてくださいなのです! 頭とか撫でても良いですよぅ!」


 ここぞとばかりに褒めてもらおうとするララ。

 彼女は褒められるたびにやる気を出し、それを活力にして生きていると言っても過言ではない。

 本来であれば他者の精力を吸い、それを生命力とするはずのサキュバス族が、『褒められること』で活力を得るとは不思議な話なのだが。


「ふふ、褒めてあげて、カイト」


「う……」


 一瞬躊躇したカイトだったが、ララの目は爛々と輝いたままだ。

 そして諦めたように肩を落としたカイトは、優しく彼女の頭を撫でてくれた。


「あーあ。何か幸せオーラみたいなのが出ちゃってるねぇ。娘を可愛がっているお父さんみたい」


「な、何を言ってるんだお前は!」


 ジルの言葉に反応したカイト。

 そして口笛を吹きながら後ろを向いてしまったジル。


「……?」


 しかし私は一瞬、違和感を感じた。

 その違和感が何なのかは分からないが、ジルの横顔が何故か寂しそうに見えたからなのかもしれない。

 私はララを地面に降ろし、小さな声でジルに話しかける。


「どこか具合でも悪い?」


「え? あー……、うん。ちょっとだけ疲れたのかな。いやまあ、疲れて当たり前なんだけど」


 違和感の正体は少し疲労の浮き出たジルの表情からなのだろうか。

 ここはやはり、一旦地上に戻って出直すべきかもしれない。


「クライムさん、やはり一度地上に戻りましょう。この先の階層にもガフガリオン・キャタピラーが多数出現するかもしれません。グランさんに駆除モンスターの存在を報告しないといけませんし、毒棘対策の装備も必要ですから」


「そうだね。今の我々の装備だと、また同じ目に遭うかもしれないからね。それで良いかい? 重剣士君」


 私とクライムの顔を交互に見つめたカイトは、諦めたように首を縦に振った。

 特に危険なのはアナフィラキシー症状を発症させたカイトだ。

 彼は以前に少なくとも一度、ガフガリオン・キャタピラーの毒棘に刺された経験があるはずだ。

 異物の再侵入に備えて生成されるIgE抗体と結合したマスト細胞の、いわば『暴走』がアナフィラキシーショックと言われるアレルギー症状なのだから。


「まあ、それが良いかもね。駆除モンスターの報告だけでもそれなりの報酬が出るし、グランさんも私達よりももっと熟練の冒険者を派遣するかもしれないし。どうせ駆除モンスター専門の狩人ハンターも出動するんでしょう? あいつら荒稼ぎには目が無いからね」


 狩人ハンターとは高難易度のクエストや、駆除モンスターの討伐を専門とする熟練中の熟練である冒険者のことだ。

 特に駆除モンスターはギルドによる討伐報酬も高いうえに、女神アルテナの祝福により相応の貨幣が手に入る。

 荒稼ぎを生業とする彼らにはこれ以上とない獲物なのだ。


「決まりね。クライムさん、精神力はまだ残っていますか?」


「ああ。脱出魔法イヴァキュエイト一回分くらいは回復したよ。皆、準備は良いかな?」


 クライムの言葉に皆が首を縦に振った。

 静かに詠唱したクライムの言葉がダンジョン全体に響き渡る。

 私達の周囲に描かれた魔法陣から光が零れ、徐々に全身の感覚が麻痺していく。


 そして私達は終焉のダンジョン十四階層から脱出したのだった。



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