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薬術剣士ミレイの医療白書  作者: 木原ゆう
診療録 様式第二号 薬師における意義および傭兵の補佐について
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カルテ13 アナフィラキシー

 ゆっくりと目を開ける。

 ミーシャの両親に作ってもらった服の付加効果のお陰で、即座に暗視魔法ナイトヴィジョンが発動。


 視界が良好になり、周囲を見回す。

 壁面には無数のヒダ状のものが蠢いていた。


「この輪状のヒダは……小腸のどこかね。良かった、都合がいいわ」


 リンクが開始される場所は一定ではない。

 目的の場所まで遠く離れていれば、行き着くまでにかなりの時間が掛かってしまうことがある。

 だが今回の治療は時間との勝負だ。


「……大丈夫。擬態魔法も敏捷魔法もアビリティが機能している。これなら――」


 服の状態をもう一度確認し、大きく息を吐く。

 カイトの症状から判断するに、彼はガフガリオン・キャタピラーの毒による『アナフィラキシー』に間違いはない。

 ならば、治療に向かう先は――。


「こんなときにララがいてくれれば……」


 例え服の効果があったとしても、体内では何が起こるか分からない。

 彼女がいてくれれば、それだけ治療に専念することが出来るのに……。


「呼びましたか! ミレイ様ぁ!」


「……へ?」


 どこからともなくララの声が聞こえてきた。

 そして次の瞬間、私の胸ポケットから飛び出してきたのは――。


「とうっ! 極小魔法ミニマム、解除!」


 魔法を解除し、通常の大きさに戻ったララ。

 通常とはいっても、私目線での『通常』ではあるのだが、それよりも――。


「ララ! どうしてここに?」


「ふぃー。まさか二重で極小状態になるなんて思いもしなかったですよぅ……。これ以上ちっちゃくなったら、元に戻れなくなるところでした……」


 額の汗を拭い、そう答えたララ。

 そして私を見上げ、申し訳なさそうな表情に変化する。


「ごめんなさい、ミレイ様ぁ……。お留守番を頼まれていたのですけれど、どうしてもミレイ様のクエストに付いて行きたくなっちゃいまして……。なので、こうやってこっそりとミレイ様の服に隠れていたというわけなのです」


 モジモジしながら言い訳をするララ。

 きっと私が怒ると思っているのだろう。

 確かに内緒で付いてきたことには感心しない。

 だが、今は状況が違う。


「ひょぇ?」


 私は無言でララを抱きしめた。

 本当は、不安で仕方なかったのだ。

 心を殺して治療に専念しなくてはならないのに、この状況でララがいてくれることに心底勇気が湧いてくる。


「……今の状況は把握しているつもりであります。あのカイトという重剣士を救うのですよね? 全力でサポートいたしますから、大丈夫です!」


 ニコリと笑い、私を励ましてくれたララ。

 彼女から身体を離し、笑顔を返した私。


「本当にありがとう、ララ。でももう、黙って付いてきたら駄目よ? 今度からちゃんと連れて行くから」


「了解したのであります!」


 ビシっと敬礼のポーズで元気に答えたララ。

 彼女がいてくれれば百人力だ。

 もう、不安なんてこれっぽっちも感じない。


「行きましょう! ミレイ様!」


「ええ、そうね」


 ララの掛け声とともに、私とララは小腸の内部へと潜り込んだ。





「《液性耐性魔法アクア・トレランス》」


 小腸から吸収された私とララは、炭水化物やタンパク質に紛れながら毛細血管に移動。

 血流に沿いながら門脈へと向かう。


「目的の場所はどこなのですかぁ? ミレイ様ぁ?」


 血液の中を足をバタつかせて泳ぐように移動しているララが、私に質問する。


「副腎よ。その先にある副腎髄質という場所で治療をするの」


「フクジン……ズイシツ?」


 首を捻りながら、ララが同じ言葉を繰り返す。

 その仕草が可愛くて、少しだけ笑ってしまう私。


 通常、アナフィラキシーの治療にはアドレナリンを筋肉から注入するのが一般的だ。

 しかし、当然この世界に治療薬は存在しない。

 ならば直接、カイト自身の副腎髄質に向かい、細胞を刺激してアドレナリンを強制的に放出させるしかない。


 分泌させるアドレナリンの量は筋肉注射の場合と違い、完全に私の経験則で放出させる。

 大丈夫。

 今までにも何度か治療したことがある。

 

 絶対に、成功する――。


「あ、なんか大きな洞窟が見えてきましたぁ!」


 ララの指差す先に、無数の毛細血管が繋がっている巨大な洞窟が出現した。

 あれは人体の中で最も太い血管と言われている門脈だ。

 このまま血流に沿い門脈を通過し、私達は肝臓へと向かう。


(……やっぱり、どこにもいないわね)


 血液の中を泳ぎながら、あるものを探す私。

 しかし見つかる確率は非常に低い。

 副腎に向かう途中で発見できれば、ついでに破壊してカイトの生存確率をさらに高められるのだが……。



 そのまま門脈を通過。

 肝臓へと到着し、再び薬師魔法を詠唱する。


「あれ、ミレイ様ぁ? ここでも薬師魔法が必要なのですかぁ?」


 彼女の質問に軽く頷く。

 発動する薬師魔法は『清浄魔法リピュア』。

 これを私自身とララに向かい詠唱する。


「そ、そんな……! 私ちゃんと昨日の夜にはお風呂に入ってきましたよぅ! ひどい! ミレイ様ぁ!」


 泣き叫ぶララ。

 しきりに自身の腕やら脇の匂いを嗅いでいる。


「ふふ、そうじゃないわ。ほら、あれを見て」


 指差す先には、まるで工場のような施設が立ち並んでいた。

 自動的に機械で動き、様々な栄養素が選別され、また別の場所へと運ばれている。


「肝臓は栄養素の分解や合成、そして解毒が行われている場所なの。私達は外部から来た、云わば『異物』なのよ。下手をしたら、毒だと間違われて解毒作用に引っ掛かってしまうかもしれないわ」


 機械工場の中には、無数の巨大なギロチンや大きな茹で釜のようなものもある。

 あんな場所で処理などされたら、命がいくらあっても足りないだろう。


「ひぃぃ……! は、早くここを抜けましょう! ミレイ様ぁ!」


 青ざめた表情でララが私の服の袖をひっぱりそう言った。

 確かにあまり長居したい場所ではない。

 私達は工場の前で大槍を構えている衛兵の脇をそっと抜け、心臓へと繋がる別の門脈へと急ぐ。


 今のところ、付加効果である自動擬態魔法ラ・ミメシスもしっかりと機能している。

 ララは身体が小さいから、私が抱っこをしていれば見つかることはないだろう。

 解毒の検問では、そこまで細かいところを把握する能力はない。


 私に残された精神力であと一回、消耗量が『中』の薬師魔法であれば使用できる。

 ならば、ギリギリいけるはず――。



 無事に門脈に到着し、再び血流に乗る。

 そしてすぐに心臓に到着し、弁の開きに合わせ、勢い良く大動脈へと放り出された。


「うんぎゃーー! 怖いですぅぅ! ミレイ様ぁ!」


 私に抱えられ、再び泣き叫んだララ。

 まるでウォータースライダーを滑っているような感覚だ。

 次々と打ち寄せる波により、どんどん加速していく。


「あそこね! ララ、しっかり捕まっていて!」


「はひいぃ!」


 目的の場所を確認し、血流に沿って血管内のコースを切り換える。

 いくつも分岐した血管を一つでも間違えれば、また最初からやり直しになってしまう。

 そうなってしまえば、もう時間がない。


「…………見えた!」


 腎臓への入り口を確認し、飛び込むように毛細血管へと侵入する。

 ここまでくれば、あと一息だ。


『ピギギ! ピギッ! ピギッ!!』


「げっ! モンスターですよぅ、ミレイ様ぁ! 逃げましょう!」


 スライム型のモンスターを発見したララは私の背中を押す。

 私達の目的は副腎髄質だ。

 確かにここで戦闘をしている暇はないのだが……。


「……ララ。お願い、火魔法であのスライムの角を燃やしてくれる?」


「! 何を言っているのですか、ミレイ様ぁ! 私達には時間が無いのですよぅ!」


「違うの。あれは好塩基球よ。……本当に、ついているわ」


「??」


 目の前には角の生えた変わった様相のスライム型モンスターが数体、こちらを警戒していた。

 免疫細胞の一種だが、その数は非常に少ないと言われている。

 肥満細胞であるミノタウロス型モンスターとは『角がある』という部分で似通っているが、決定的な違いは、好塩基球は常に血液の中にいるという点だ。

 そして――。


「あの角に何か付着しているでしょう? あれがカイトの血圧低下の原因なの。ここにいるスライムが全部ではないと思うけど、少しでも治療の成功率を高めておきたいから」


「??? なんだかよく分かりませんけれど、治療の一環なのですね? 了解したのであります!」


 それだけ答えたララは、スライム型モンスターに向かって行った。


「あ、ちょっと、この! 逃げるな! 待てー!」


 すばしっこい動きで逃げ回るスライム達。

 何度も火魔法を唱えながら、追い掛け回すララ。


 アナフィラキシーはⅠ型アレルギーの一種だ。

 あのスライムに生えた角――つまり好塩基球に付着しているIgEがガフガリオン・キャタピラーの毒(=アレルゲン)と結合して、血液中に存在する血小板を凝固させる物質を放出している。

 それが原因で急激に毛細血管が拡張し、ショックが起きてしまうのだ。


 私はこの場をララに任せて副腎へと向かった。





 無事に副腎へと到着し、皮質を潜り抜けた私は、そのまま髄質へと向かう。

 全身をネバネバとしたものに覆われるが、気にしている場合ではない。


 目を瞑り、最後の薬師魔法を詠唱する。


「《闘争魔法ストライフ》」


 両手から放たれた光は、髄質の奥深くへと染み込んでゆく。

 本来は戦闘中に使用する付与魔法の一種である闘争魔法。

 しかし副腎髄質ではこれが刺激となって、アドレナリンというホルモンを放出する助けとなる。


「ミレイ様ぁ……ぜぇぜぇ……。全部やっつけましたぁ……! うわっ! なにこのネバネバ!」


 タイミングよく合流してきたララ。

 これで、出来ることは全てやった。

 後はここから脱出するだけだ。


「ありがとう、ララ。私の精神力も、もう底を突いたわ。あとはこの『自動脱出魔法ラ・イヴァキュエイト』で戻りましょう」


「了解であります! お勤め、ご苦労様でしたのであります! ネバネバ気持ち悪いのでありますよぅ……!」


 敬礼したまま涙目のララ。

 

 私はそっと微笑みながら彼女を抱き、服の付加効果を使用しカイトの体内から脱出した。



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