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薬術剣士ミレイの医療白書  作者: 木原ゆう
診療録 様式第二号 薬師における意義および傭兵の補佐について
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カルテ12 一瞬の油断

「はああぁぁ!」


 前衛のカイトがガフガリオン・キャタピラーの群れに重剣を振り下ろした。


『ピギイイィィ!』


 真っ二つに斬り裂かれたモンスターは断末魔の叫びを上げ、死の象徴である異界の黒煙に包まれた。

 後に残ったのはモンスターの素材とこの世界の貨幣である銀貨と銅貨だ。

 女神アルテナの祝福により、指定された『駆除モンスター』を討伐すると相応した金が手に入る。

 これはこの世界におけるルールのひとつだ。


「へぇ、この芋虫、駆除モンスターに指定されていたのか」


 後方から魔法で支援しつつ、貨幣を拾うクライム。


「ちょっとクライム! お金なんて後でいいから……ひやあぁ!?」


 注意しようとしたジルから一際大きな悲鳴が漏れた。

 芋虫の群れの中から一匹が大きく跳躍し、パーティの中央に飛んできたからだ。


「しまっ――」


「《スライドレイド》」


 地面を滑るように移動し、魔法剣を構えたまま垂直に跳躍した私。

 青白い剣閃が輝き、モンスターを一撃で両断した。


『ギャピィィ!』


 空中で黒煙を上げ消滅したガフガリオン・キャタピラー。

 先ほどと同じように素材と貨幣が空中から降り注いでくる。


「ひゅう~。やるねぇ、ミレイちゃん」


「死ぬかと思った死ぬかと思った……! 私、死ぬかと思った……! うわああぁぁん!!」


 地面に着地した私に抱きついてきたジル。

 普段はこんな姿を見せないというのに、やはり彼女も年頃の女の子なのだろう。

 虫系のモンスターと対峙するときは、常に気にかけてあげないと危険かもしれない。


「泣かないで。すぐに退治するから、ね?」


「……うん。グスン」


 泣き止んだジルを確認し、再び前衛に復帰する。


「やはり、お前のその動きは――」


「!? カイト!!」


 一瞬の油断だった。

 モンスターの群れの中から、今度は数匹が一斉に跳躍したのだ。


「ちぃぃ!」


 振り向きざまに重剣を振り抜いたカイトだったが、消滅させたのは三匹が限界だった。

 瞬時に地面を蹴った私が、急所を貫き消滅させたのも三匹。


『ギッギッギ!』


 黒煙を上げ消滅したモンスターの隙間から、生き残ったの四匹のモンスターがカイトに圧し掛かってきた。

 大きく両手を広げ、後衛の二人に被害が及ばないように防ぐカイト。


「重剣士君……! くそ、《ファイアランス》!」


『ギイイィィ!』


 クライムの放つ炎の槍は的確に敵を貫き、どうにか残りの四匹を消滅させることに成功した。

 しかし、カイトの腕には数箇所の刺し傷が見てとれた。

 あれは、芋虫の背中の毒棘を――。


「クライムさん! 援護をお願いします!」


「『毒』か……! ジル! 緊急事態だ!」


「ああもう、分かっているわよ! 目を瞑ってでも切り刻んでやるんだから!」


 私の言葉で即座に動いてくれたクライムとジル。

 ジルにいたっては本当に目を瞑りながら突進している。


「腕を出して!」


「お、おい……」


 躊躇するカイトの腕を無理矢理引っ張り、道具袋に仕舞ってあった水を遠慮なくぶちまける。

 そして、そのまま傷口に口を当て患部を吸い出した。

 全身に毒が回る前に少しでも体外に排出しておかないと、後々厄介なことになる。


「お前……」


 何度も何度も、血の混ざった毒を吸い、吐き出す。

 その間、私が初期治療に専念できるように、ジルとクライムがモンスターの群れに全力で立ち向かってくれている。


「……どう? 痺れとか感じる?」


 吸い出した血と毒にまみれた口を拭い、カイトの表情を窺う。

 彼の目の焦点はきちんと定まっているように見えるが、毒の種類によっては後遺症が現れることもある。


「いや……特には感じないな」


「腕は? ちゃんと動かせる?」


「ああ、問題ない」


 ならば神経毒や筋肉毒は可能性から除外するか……?

 しかし、安易に判断は出来ない。

 軽く息を吐き、用意しておいた解毒薬を患部に塗る。

 解毒薬とは言っても、この世界でわずかに取れる植物や鉱物から採取した成分を独自の配合で作り出した、気休め程度にしかならない薬だ。

 早くこのクエストを終えて本格的な診察が出来る場所に戻らないと危険――。


「う……あ……?」


「……? カイト?」


 目を見開き、うめき声を上げたカイト。

 そしてその場に倒れ、そのまま全身を痙攣させている。


「まさか……。アナフィラキシー……!!」


 ――アナフィラキシー・ショック。

 IgE抗体が関与するⅠ型アレルギーのうちのひとつだ。

 過剰な免疫反応により血管が拡張し、血圧が急激に低下。

 放っておけば死に至る、この世界では難病に指定されている病だ。


「こっちは全てやっつけたぞ! ……重戦士君!」


 カイトの様子に気付き、慌てて駆け寄って来るクライム。


「あ……ああ……! 私のせいだ……! 私がしっかり戦わなかったから……!」


 クライムの後ろで動揺したまま顔を覆っているジル。

 その目には涙を浮かべている。


「クライムさん。すぐに私の診療所に連れて行きます。クエストは一旦破棄――」


『グルルルゥ……』


 クエストは破棄しましょう、と叫ぼうとした瞬間、別のモンスターの集団が私達を取り囲んでいることに気付いた。


「ちっ、次から次へと……!」


「クライムさん! 脱出魔法イヴァキュエイトを!」


 とにかく今は、すぐにでもカイトの治療を始めなければならない。

 彼の身体にリンクして、体内から直接アドレナリンを注入しなければ――。


「まだ精神力の回復に時間が掛かる……! ミレイちゃんは?」


「私も……もう少し時間が掛かってしまいます……」


 緊急時のための対策である脱出魔法イヴァキュエイト

 二人の人間が唱えられるはずの魔法を、精神力不足で今すぐには発動できない。


 ――何のための、緊急処置だ。

 クライムさんは私の初期治療に邪魔が入らないように、残りの精神力を全て使って助けてくれたのに。

 何故、私は十四階層に下りた時から、薬師魔法を連続で使用したのだ?


「どどどどうするのよ! 囲まれちゃったし、脱出できないし! カイトはどうなっちゃうわけ?」


 ジルの言葉も空しく、徐々に間合いを詰めてくるモンスター達。

 私は立ち上がり、ぽつりと呟く。


「……今、ここで、リンクを行います」


「え?」


「ほ、本気かい……? ミレイちゃん」


 二人が同時に私に振り向く。

 アナフィラキシーを治療するための処置方法は、すでに脳内でシュミレーション済みだ。

 あとは早急に対処するだけだ。


「二人とも、ごめん。絶対にカイトを助けてみせるから、なんとか防ぎ切れるかしら」


 今きっと、私は情けない顔をしているのだろう。

 また、この二人に無理を強いるのだ。


「……重剣士君は、助かるんだね」


 そう言ったクライムは私に背を預けた。


「虫系のモンスターじゃなかったら、私だって全力で戦えるんだからね!」


 同じく反対側で私に背を預けたジル。

 私は泣きそうになる気持ちを抑えて、そっとその場に屈みこんだ。


「……ありがとう、ジル、クライムさん……」


 震える声でそれだけ答え、大きく息を吐く。

 ここから先は、心を殺そう。

 治療に感情など必要ない。


 私は痙攣するカイトにそっと触れ、自身の額をゆっくりと彼の額に密着させた。

 そして、小さくこう呟いた。


「――治療開始リンク・スタート」 



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