カルテ11 毒を持つモンスター
――終焉のダンジョン、十三階層。
私達四人は特に苦戦を強いられることなく、かつて最下層といわれた十三階層まで辿り着いた。
このままの調子でいけば私の出番はないかも知れない。
最下層ではダンジョンの至る所に大きく穴が開き、壁が崩れ去っていた。
恐らく階層主との激戦の跡だろうと予想がつく。
「ええと、確か地図ではこの辺りに……。 お、あったあった」
ジルが更に下層へと続く魔法陣を発見する。
その魔法陣には光が灯っておらず、この先はまだ未踏の地であることを示していた。
「未踏破エリアということは、ここから先の十四階層は暗闇が続くわけだが……」
そう言いつつカイトは背後にいる私を振り返った。
ダンジョン内の各階層は、一度踏破されれば魔法の地図に自動的に内部構造が記録され、踏破された階層全体に光が灯される。
そうなれば隠された部屋や財宝などが発見できるほか、モンスターからの急襲を防ぐことも出来るので安全に階層内を探索することができるようになる、というわけだ。
「よかった。ようやく役に立てそうね」
ジルとカイトの前に立ち魔法を詠唱する。
詠唱開始と同時に契約幻獣である『ナイトメア』が異空間から出現し、異形の目を光らせた。
《暗視魔法》――。
一定時間暗視効果を得られる、薬師魔法のひとつだ。
「おー、明るい明るい。さあ、張り切って行きましょうか! 未踏エリア、魔の十四階層に!」
「不吉なことを言うんじゃない、ジル。君は中衛だろう? 前衛は重剣士君に任せて元の隊列に戻るんだ」
張り切るジルを諭すようにそう言ったクライム。
一瞬口を尖らせたジルだったが、未踏破エリアの危険性は十分に承知しているのだろう。
すぐに前をカイトに譲り、中衛に後退した。
「いいか。この先は何が起こるか分からない。モンスターの攻撃は俺が全て受け止める。確実に、一体ずつ仕留めるんだ。分かったな」
いつになく真剣にそう言ったカイト。
皆顔を合わせ、首を縦に振った。
そして私達は十四階層へと向かう。
◇
契約幻獣であるナイトメアが空中を漂いながら、ゆらりゆらりと前方を照らし出す。
私はもう一度魔法を詠唱し、別の幻獣である『レィディ』を召喚する。
使用する薬師魔法は《探知魔法》。
「このエリアの階層主はそこまで強くないみたいね。大丈夫、このまま先に進みましょう」
ふぅ、と息を吐きレィディを異界へ送る。
召喚のために必要な精神力は微々たるものだが、連続で使用するとやはり肩が凝る。
それに探知魔法が効果を及ぼすのは同じ階層のみだ。
十五階層に下りたら、また同じ魔法を詠唱しなくてはならない。
これを繰り返し、最下層を目指す。
「十八階層までこの調子で行ってくれれば助かるんだけどね」
「十八階層が最下層かぁ……。でもそれってギルド長のただの勘でしょう? 検索魔法の精度も疑問視されつつあるし、未踏破エリアがどこまで続くかなんて予想できなくない?」
クライムの言葉に反応したジル。
確かにダンジョンの階層を調べるための検索魔法は、その精度に欠いている。
だがグランは経験が豊富なギルド長だ。
数え切れないほどのダンジョンを踏破してきた有名な冒険者でもあったのだから、彼の予想を無下にもできない。
「……お喋りはそこまでだ。来たぜ」
カイトの言葉を聞き、皆に緊張が走る。
ナイトメアの光が照らし出す先に、芋虫のようなモンスターが群れを成して犇いている。
「うげぇ……。あれ、絶対に『毒』とか持っているよね……」
口を押さえ、クライムの後ろに隠れてしまったジル。
彼女はああいう虫系のモンスターが大の苦手だ。
「ミレイちゃん、分かるかな」
「ええ。ちょっと待ってください」
目を瞑り、ダンジョンに潜ってから三回目の薬師魔法を詠唱する。
異界から出現したのは、契約幻獣である『アルキメテス』。
使用する魔法は《解析魔法》。
人型の幻獣であるアルキメテスが空間に計算式のようなものを書き始める。
光り輝く数式は、まるでそれ自体が芸術作品であるかのような真円を描き、そして――。
「……うん。解析完了ね」
パリン、と音を立て異界へと戻って行ったアルキメテス。
その拍子に一枚の魔法書がひらりと空から舞い降りてくる。
それを受け取り、記載事項を読み上げた。
「モンスター名は『ガフガリオン・キャタピラー』。あの複数の足の先にある棘に毒がありますね。それと頭の後ろにも隠れている毒棘があります。注意してください」
「複数の足の先……ひえぇ!」
照らされた芋虫の群集をまともに見てしまったのだろう。
ジルが悲鳴を上げて目を覆った。
「足の先と頭の後ろだな。解毒薬は用意してあるんだろうな」
「ええ、もちろん。でも過信はしないで。全身に毒が回ったら解毒薬じゃ追いつかないかも知れないわ」
頭の中でいくつかのパターンを考察する。
毒が体内を巡るスピードを押さえ、尚且つ確実に解毒、または体外に放出する方法――。
一番怖いのは毒によるショック症状と、呼吸器への影響だ。
敵に囲まれている最中に心肺停止状態になってしまってはどうしようもない。
緊急時には脱出魔法を唱えるしかないだろう。
「ほら、ジル。君がしっかりしないと、重剣士君だけでは対処しきれないかも知れないよ」
「た、対処……? やっぱり私があのウネウネしたモンスターに止めを刺す役なんだよねぇ……ひぃぃ!」
もう完全に涙目になってしまったジル。
ヤレヤレといった表情でクライムがカイトの前に歩み出る。
「はぁ……。すまない、重剣士君。どうやら今回、彼女は役に立たないようだ。私が魔法で援護するから、それで良いかい?」
「私も加勢します。これでも一応、前衛を担った経験がありますから」
白衣の裾からザザノさんに渡された魔法剣を抜く。
上手く急所を狙えば、この短い剣でも一撃で葬ることは可能だろう。
「薬師が前衛の経験を……? お前、まさか元冒険者なのか?」
「それは……」
つい口籠ってしまう。
今、私の過去を話したとして、この二人は私を信頼してくれるだろうか。
でも今は悩んでいる時間がない。
「まあ、良いじゃないか。ミレイちゃんが戦えるなら、それに越したことはないだろう? じゃ、決まりだな。ミレイちゃんが中衛で、ジルが後衛」
「ご、ごめん、ミレイ……」
すまなそうに両手を合わせたジル。
私は軽く微笑み、彼女に解毒薬を手渡す。
「もしも誰かが毒を受けたら、すぐにこれを使って。私も持っておくけれど、誰かが予備で持っていたほうがいいと思うから」
「うん、任せて! ウネウネを触らなくていいなら、なんだってするよ!」
元気よくそう答えたジルに苦笑する私とクライム。
カイトのほうに視線を向けると、彼は何も言わず敵に向け騎士剣を構えていた。
特にジルを責める様子もないので、私はほっと胸を撫で下ろす。
ダンジョン攻略にはパーティの連携が不可欠だ。
疑心暗鬼や確執があっては、無事に帰還することが出来ないということを皆、本能的に分かっているのだろう。
私は魔法剣をぎゅっと握り締め、戦闘態勢に入った。




