カルテ10 終焉のダンジョン
街を出発し南へ約十キロメートルほど歩くと、突如目の前に中規模のダンジョンが出現した。
ダンジョンの名は『終焉のダンジョン』。
不吉な名前のダンジョンだが、出現モンスターはさほど強くはない。
数年前に冒険者らによって踏破され、今では新人冒険者が訓練目的で利用している場所だ。
「たしか最下層は十三階層だったよな。最後の階層主であるボスモンスターも撃破済みだと聞いたが」
グランから渡された地図とクエストの概要書を確認するカイト。
「ええ。未踏破エリアを発見したのは、熟練度を上げようとしていた新人の冒険者みたいね。十三階層にあるボス部屋の奥で、さらに地下へと降りるための魔法陣を発見したのだとか」
カイトに続き私も概要書を確認する。
世界中に点在するダンジョンは、その約七割が冒険者らにより踏破されている。
しかし、中にはこういった形で未踏破エリアが発見され、ギルドに報告されることもある。
恐らく十三階層に待ち構えていたのは通常の階層主で、このダンジョンのラスボスではなかったのだろう。
「ギルド長によれば、再調査で最下層は十八階層だということで修正されたらしい。まったく、検索魔法も当てにならないね」
やれやれといった表情でクライムが溜息を吐いた。
当初このダンジョンは王都にあるギルド本部により十三階層までと報告されていたのだから、彼が言いたい気持ちも分かる。
「まあでも、楽勝なんじゃない? いくら未踏破エリアが出現したっていっても、残りはたった五階層なわけだし。私もクライムも次の仕事が控えているから、ちゃちゃっと終わらせてグランに報告を済ませちゃおうよ」
大きく伸びをしたジルはさっそくダンジョンの入り口へと向かって行った。
確かに彼女らからすれば物足りないクエストだろう。
あのグランのことだから、念には念を入れて熟練冒険者である彼女らに要請したのだろうけれど。
それに、重剣士カイト。
彼の実力もギルド長の折り紙付きだ。
あの巨大な重剣もかなりの代物なのだろう。
このメンバーならばきっと大丈夫だ。
私がきちんと後方支援をして彼らを援助すれば、何も問題は起きないはず――。
「おい、大丈夫か? 顔色が優れないようだが」
「……え? あ、うん。大丈夫よ」
カイトに心配され、何故か咄嗟に顔を背けてしまった。
一体何を恥ずかしがっているのだろうか。
いつまでもこんな気持ちでは先が思いやられる。
「へぇ……」
クライムが何か言いたそうな顔で私とカイトを交互に見つめた。
反論しようと口を開きかけた私だったが、そのまま彼はジルの後を追いかけて行ってしまう。
「俺達も行くぞ。あいつらはダンジョンを舐めている。踏破済みならばまだしも、未踏破エリアにはどんなモンスターが潜んでいるのか分からないからな」
それだけ答えたカイトは二人を追い、ダンジョンへと向かって行った。
私は大きく息を吐き、呼吸を整える。
そしてザザノから手渡された魔法剣をぎゅっと握り締める。
「……よし!」
気持ちを引き締め、気合を入れる。
久しぶりのダンジョン探索だ。
自身に与えられた役目を全うし、必ず依頼を成功させよう。
◇
『キキキー!!』
「はっ! えいっ!!」
ジルが華麗な身のこなしでダンジョンのモンスターを駆逐していく。
両手に構えた二本の曲刀で確実に急所を突き、一撃で敵を葬り去っていく。
「生ける屍よ。死せる魂の導きに我の言葉を伝えたまえ。《死者の叫び》」
クライムが詠唱した魔法により彼の周囲に闇の眷属が出現する。
それらが悲痛な叫び声を上げ、一瞬だけモンスターの集団を怯ませた。
「はあああああ!!」
その瞬間を見逃さずに、カイトが大きく地面を蹴った。
大きく振りかぶった重剣を豪快に振り下ろし、あっという間にモンスターの集団を撃破する。
「へぇ、結構やるんだぁ」
カイトの戦いぶりにニヤリと笑ったジル。
ライバル意識でも持ったのだろうか。
彼女もいつもより張り切っているように見える。
「はは、この様子だったらミレイちゃんには出番がないかもね。まあ、薬師に出番がないことは良いことなんだけど」
「そうですね。でも油断は禁物です。問題は十四階層……。未踏破エリアからですから」
クライムの言う通り、この様子だったら私に出番は回って来ないだろう。
だが、何故か気持ちが落ち着かない。
「ミレイちゃんは、なにをそんなに恐れているんだい?」
「え……?」
急にクライムに質問され、目を丸くする。
「さすがに分かるよ。いつも冷静沈着な君が、ダンジョンに潜った途端にそわそわしているんだから。ダンジョンは初めてじゃないんだろう? そんなに僕らのことが信頼できない?」
「そ、そんなことは……!」
クライムの言葉に慌てて反論する。
その様子を興味深そうに見ているクライム。
「……まあ、話したくないこととか色々あるだろうけど、もう少し信頼してもらってもいいと思うんだけどな。あの重剣士君だってかなりの腕前だ。このメンバーなら、難易度の高いダンジョンだって滅多なことにはならないと思うのだけど、どうかな」
何も話そうとしない私に、そう優しく声を掛けてくれるクライム。
いつかは話さなくてはいけない。
でも、その勇気が今の私には――。
「クーラーイームー?」
「うわっ! な、なんだ……ジルか……。驚かせるなよ」
急に怖い顔をしたジルが私とクライムの間に現れ、驚きのあまり飛び上がったクライム。
「なーにを二人で内緒話をしているのかなぁ? もしかしてミレイを口説いていたのかなぁ? わ・た・し、というものがありながらぁ?」
「ちょ、ちょっと待てジル。誤解だ、誤解。だからその短剣をこっちに向けるんじゃない。危ないから」
両手を挙げ、降参のポーズで言い訳をするクライム。
それを遠目に見て溜息を吐いているカイト。
「ごめん、ジル。ちょっと久しぶりのダンジョンだから緊張しちゃって……。それをクライムさんが心配してくれて……」
「ミレイは黙ってて! 一体今までに何度、この男が浮気をしたか知らないわけじゃないでしょう? こちとら親友にまで手を出されたら黙っちゃいられないってーの!」
そう言ったジルは更にクライムを追い詰める。
これは彼女の愛情表現のひとつなのだろうが、浮気癖があるクライムからしてみれば冷や汗ものだろう。
「だから違うと何度も……! ちょ、危ないから! 振り回すんじゃない!」
「この浮気ものー!」
逃げ惑うクライムと彼を追いかけ回すジル。
確かにこれでは緊張感の欠片もない。
「……見ていられん。いくぞ、ミレイ」
「え? あ、うん……」
じゃれ合う二人をそのままにし、先に進もうとするカイト。
ある程度このダンジョンのモンスターの強さを把握できたのだろう。
当初に比べて肩の力が抜けたように思う。
でも、あの二人のお蔭で少しだけ緊張が解れた。
もしかしたら私のことを気にしてくれて、わざとあんなにはしゃいで――。
「こらあぁ! 逃げるなクライムー!」
「悪かった! もうしないと誓うから!」
……気のせいかもしれない。
彼らの間に割って入り、とりあえずジルを落ち着かせる。
下の階層に降りるためには、パーティ全員が一度揃ってからでなければならないという『暗黙のルール』が存在する。
単独でダンジョンを進むことが命取りとなることは、冒険者の誰もが心得ていることだ。
この世界には『回復魔法』が存在しない。
一歩間違えれば、その先に待ち構えているのは『死』――。
いくら初心者向けのダンジョンだからとはいえ、油断は禁物である。
クライムとジルが揃ったところで、四人同時に下の階層へ向かうための魔法陣に乗った。
一瞬だけ意識が遠のく、この感覚――。
大丈夫。
もう、同じ過ちは繰り返さない。
再び気持ちを引き締めた私は、更にダンジョンの下層へと向かう。




