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薬術剣士ミレイの医療白書  作者: 木原ゆう
診療録 様式第二号 薬師における意義および傭兵の補佐について
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カルテ09 先行き不安

「じゃあ、お留守番お願いね、ララ」


「かしこまりましたのであります! 気をつけてお勤めに行ってらっしゃいなのでありますぅ!」


 ビシっと敬礼のポーズで私を見送ってくれたララ。

 私は軽く微笑みながら診療所を出発する。


 ゆるい坂を下り、道行く街の人々に挨拶をしつつギルドへと向かう。

 すると鍛冶店の前で店主のザザノに声を掛けられ、私は振り返った。


「やあ、おはようミレイちゃん。グランから聞いたよ。これからダンジョンに向かうんだって?」


「おはようございます、ザザノさん。そうなんです。久しぶりのダンジョンだからちょっと緊張していますけど」


 挨拶を返し、軽く微笑む。

 緊張している、というのは本当のことだ。

 ダンジョン探索というものは、一歩間違えればパーティ全員が命を落とす危険性がある。


「そうか。でもクライムやジルが一緒なんだろう? あいつらが同じパーティなら滅多なことにはならないと思うがな」


 そう答えたザザノは周囲を見回し、軽く手招きをした。

 なにか内緒話でもあるのだろうか。

 私はそっと彼に耳を傾ける。


「(で? まだギルドの人間には内緒にしたままなのか?)」


 ザザノが言いたいのは、私の過去のことだろう。

 この街に住んでいる人間で、私が冒険者だったことを知る人は少ない。

 特に口止めをしているわけではないが、皆事情を察して秘密にしてくれているのだ。


「(……はい。内緒、というわけでもないのですけど、なんとなく言い辛くて)」


 正直にそう告げる。

 過去に仲間を死なせてしまった冒険者に、再び命を預けようとする者がいるはずもない。

 私はこの重い十字架をずっと抱えたまま生きていくのだ。

 これは私の勝手な自己犠牲の精神なのだろうけれど。


「(もう、いいんじゃねぇかな。確かにあの事故はミレイちゃんにも原因があったかもしれねぇ。だけどあの階層で異常発達オーバーアドヴァンスモンスターが出現するなんて誰にも予測できねぇよ。あんまり一人で抱え込んだら駄目だぜ)」


 そう言ったザザノは私の頭をぽんっと軽く叩いた。

 まるで兄が妹にするみたいに。

 いつも私を優しく見守ってくれるザザノ。


「あ、そうそう。今回は薬師としてクエストに参加するんだろう? いつもの騎士剣は置いてきたのか?」


 私から顔を離したザザノは、普段どおりに会話を再開した。

 確かに今回、騎士剣は診療所に置いてきたのだが――。


「ええ。私は後方支援ですし、前衛に出ることはないですから」


 あのカイトという男がどれくらい腕が立つかは分からない。

 しかしグランがわざわざ他国から召集したメンバーだ。

 相当な実力者であることは間違いないだろう。


「まあ、そうだろうけどよ。踏破したはずのダンジョンに突如現れた未知の領域に足を踏み込むんだろう? 冒険者だったっていうのを内緒にしておきたい気持ちは分かるが、いざというときのためにちょっとした・・・・・・得物・・は必要なんじゃねぇか?」


 そう言ったザザノは店の中に入っていってしまった。

 しばらくすると店から出てきたザザノは、一本の小剣を私に手渡した。


「これは……?」


「まあ、なんだ。俺からのプレゼントみたいなもんだ。いつもミレイちゃんには世話になってるしな」


 照れたように頬を搔きながらザザノはそう言った。

 剣を抜いてみると、幾何学模様の紋章が刀身にびっしりと刻み込まれているのが確認できる。

 それが一目で魔法剣ウィッチ・クラフティだと分かるほど、丹念に精錬された業物だ。


「だ、駄目ですよザザノさん! 貰えませんよ、こんな高そうな魔法剣なんて……!」


「いいから受け取ってくれ。命の恩人に対して、これじゃ足りないくらいなんだぜ」


 満面の笑みでそう答えたザザノはドンと胸を叩いた。

 彼が患っていたのは心臓の冠動脈にアテローム様の塊ができた状態――いわゆる『狭心症』だった。

 ララと共に彼の体内にリンクし、溜まったコレステロールやマクロファージの屍骸を除去し、治療が完治したのはつい一週間前のことだ。


「この剣なら服の中に隠し持てるし、いざとなれば前衛でも戦えるだろう? ダンジョンの中では何が起こるか分からない。これはミレイちゃんが一番よく知っているはずだぜ」


「ザザノさん……」


 彼の言葉が心に染みる。

 悩んだ挙句、私は彼にこう告げた。


「ありがとうございます。大切に使わせていただきます」


「そうこなくっちゃ! まあ、なんだ。これからも、うちの店をごひいきに、てな!」


 そう言ったザザノは私の背中を軽く押した。

 もう一度礼を言った私は彼に手を振り、ギルドへと足を向ける。


 ダンジョンから帰ったらザザノに手料理でもご馳走しようか。

 それと拾った素材もいくつか彼に譲ろう。

 どうせ私には無用の長物だ。

 換金所で売るくらいだったら、ザザノに加工してもらったほうが街の人々も喜ぶだろう。





「よし、集まったな」


 ギルドに到着すると、すでにクライムさんとジル、それにカイトが待機していた。

 グランは懐から一枚の紙を取り出し、それに全員が魔法のペンで署名をする。


 クエストの正式な手続きが済んだ私達は、そのままギルドを出発し街の南門へと足を進めた。



「遅かったじゃない、ミレイ。どこで道草食ってたのよ」


 道中でジルが私に声を掛けてくる。

 相変わらず露出の多い服だが、舞闘士という職業柄仕方のないことなのかもしれない。


「ごめんなさい。ちょっとザザノさんのお店に寄っていたの」


「あー、そういうことか。あのイケメン鍛冶師はミレイに気があるもんね」


「ちょ……! な、なにを言うのよ急に……!」


 慌ててむせ返りそうになり呼吸を整える。

 何をどうしたらそんな話になるのか。


「へぇ、知らなかったなぁ。あのザザノがミレイちゃんに、ねぇ」


「クライムさんまで……! もう止めてくださいよ……!」


 顔が真っ赤になり二人を非難する私。

 それを見ておなかを抱えて笑い出したジル。


「……ちっ」


 私達三人を横目に、面白くなさそうに舌打ちをしたカイト。

 それを見て急に大人しくなったジル。


「ごめんなさい、カイトさん。これからダンジョンに向かうというのに、気を引き締めないのは命取りですよね」


「だから俺は嫌だと言ったんだ。お前はまだいいかもしれないが、そこの二人は覚悟がなさすぎる」


 私の横にいるジルとクライムに対し、鋭い眼差しを向けたカイト。

 怯えたジルはクライムの後ろに隠れてしまう。


「覚悟……とは何を指す言葉なのかな。ずっと気を張っていることが覚悟だと言いたいのか? 重剣士君」


「……あぁ?」


 クライムの言葉に反応したカイト。

 一瞬にして険悪な雰囲気になってしまった私達のパーティ。

 これではいざという時に連携をとることが出来ない。


「君はもっと肩の力を抜いたほうがいいよ。そんなにガチガチじゃぁ、前衛を任せきれないな」


「なんだと……!」


 とうとうクライムの胸倉を掴んだカイト。

 一触即発の雰囲気に慌てふためくジル。


「落ち着いてください二人とも。出発早々、こんなことではダンジョンに潜ることなんて出来ません。引き返しましょう。クエストは破棄します」


 そう答えた私は真剣な面持ちで二人の顔を交互に見た。

 グランには悪いが、人が死ぬよりはよっぽどマシだ。

 お互いに信頼できない仲間と、無理にダンジョンに向かう必要はない。


 しばらく無言だった二人だが、大きく溜息を吐いたクライムが先に謝罪の言葉を口にする。


「……悪かったよ、ミレイちゃん。重剣士君、このとおりだ。僕が悪かったから、許してくれないか」


 頭を下げたクライム。

 しかしカイトは後ろを向いてしまう。


「ちょっとぉ! 謝ってる人に対してその態度は何よ!」


「ジル。落ち着いて」


 食ってかかろうとするジルを諭す。

 どうしてだか分からないが、彼の後姿を見た瞬間、そうすることが正解のように思えたからだ。


「……重剣士君じゃねぇ。カイト・グランバースだ」


 後ろを向いたまま、それだけ答えたカイト。

 そしてそのまま私達を置き、先に進んで行ってしまった。


「……これは許してもらったと解釈してもいいのかな」


 私に振り向きそう質問したクライム。

 私は硬くしたままの表情をようやく緩め、小さく首を縦に振った。


「なーにが『重剣士君じゃねぇ。カイト・グランバースだ』よ! ああもう、むかつくー!」


 カイトの声真似をしたジルは収まらない気持ちを私とクライムに向けた。

 笑いながら彼女を諭すクライム。

 彼が大人で本当に助かった。

 でも――。


(……性格まで楷人と一緒なのね)


 前世の記憶が、また私の心に深い闇を落とす。

 優しいけれど、頑ななまでに自身の信念を貫こうとする性格。

 そんな彼が、闘病の末に死の縁に立たされた私を捨て、最後には行方を眩ませた。


 そこには一体どんな理由があったのだろう。

 知りたいという欲求と耳を塞ぎたいという葛藤が私の心を掻き乱す。


(……駄目だ。気を引き締めなきゃいけないのは、私のほうだ)


 軽く頬を叩き、意識を集中させる。

 これは前世の記憶だ。

 今の私にはやらなければならないことが沢山ある。


 それに前世の『楷人』と『カイト』はまったく関係がない。

 しっかりと自分の中で区別しておかなければ、いざというときに支障をきたす恐れがある。


 ジルが騒ぎ、クライムが宥める様を横目に見ながら――。


 ――私は大きく息を吐き、気持ちを落ち着かせることに意識を集中させていた。



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