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薬術剣士ミレイの医療白書  作者: 木原ゆう
診療録 様式第二号 薬師における意義および傭兵の補佐について
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カルテ08 複雑な感情

 次の日の午後。

 午前の診療を終えた私はララを診療所に残し、南通りにあるギルドへと向かった。

 この手紙だけでは詳細は分からない。

 とにかく話だけは聞いてみて、依頼を受けるかどうかを判断しようと思った。


 ギルドの入口にある大きな扉を開け、建物の中へと入る。

 その瞬間、入れ違いに建物から出ようとした人物とぶつかってしまった。


「きゃっ!」

「うわっ!」


 出会い頭で衝突した私はそのまま尻餅をついてしまう。

 相手の人物はなんとか転ばずに体勢を立て直したようだ。


「わ、悪ぃ……。大丈夫か?」


 おずおずと手を差し伸べてきた大柄な男。

 お尻を擦りながら顔を上げた瞬間、私の表情は凍りついた。


 記憶の中にいる人物――。

 これは、今の・・私の記憶ではない……?

 前世の、私の記憶?


楷人かいと……」


 如月楷人きさらぎかいと

 前世の私の恋人。

 そして私が不治の病に陥ったと知り、私を見捨てた恋人ひと――。


「お、おい。どうした? ボーっとして……」


「え? あ……ごめんなさい」


 そのまま立ち上がり体裁を取り繕う。

 ……違う。彼は楷人ではない。

 他人の空似だ。


 高まる鼓動を抑え、軽く頭を下げる。

 まったくの別人だと自身に言い聞かせても、彼の顔を直視できない。

 しかしそのまま脇を通り抜けようとして彼に腕を掴まれた。


「な、なに……?」


「あ、いや、だってお前……。血が出てんじゃねぇか」


 そう言われて初めて、手の甲を擦りむいていたことに気付く。

 私はすぐに腰布から消毒薬を取り出し、傷口に軽く塗布した。

 これくらいの傷ならば、あとは自然乾燥しておけばすぐに治るだろう。


「『薬』……? まさか、お前が――」


「おい、カイト! まだ話は終わって……って、ミレイ嬢ちゃんじゃねぇか。ちょうど良いところに来たな」


 ギルドの扉から大声で出てきたのは、この街のギルド長を務めるグランだ。

 しかし、彼の言葉でまた私は凍りついてしまった。

 今、なんて――?


「なんでぇ、お前ら。二人してそんな変な顔しやがって……。紹介するから中に入れ」


 そう言い残し再び中へと戻って行ったグラン。

 その場に残された私と彼も渋々グランに付いていく。



 建物の一番奥にある大きなテーブル。

 そこに座るように指示を出したグランは、先に座っていた二人の男女を紹介する。


「こっちのロン毛の兄ちゃんが魔道師クライム。で、そっちの薄着の姉ちゃんが舞闘士ジルだ」


 グランに紹介され、二人ともこちらに笑顔を向けてくれた。

 どちらもこの街で顔馴染みの人物だ。

 何度か私の診療所に患者として来たこともある。


「んで、この白衣の先生が薬師ミレイ。三人ともこの街に住んでいるから、お前だけが外部から来た応援要員ってわけだな」


 グランの言葉で皆が彼のほうを向いた。

 ……相変わらず、私は直視できずにいるのだが。


「で、こっちが重剣士カイトだ。お前ら四人のパーティで例のダンジョンを探索してもらいたい。手紙はもう読んでくれたんだろう? 最下層で新たに通路が見つかってな。とっくに踏破されたと思われていたダンジョンに未踏破エリアが現れたんだ。他の街のギルドに先を越される前に、最も現場に近い街にいる俺らが――」


 ダンジョンの地図を広げ、さっそく詳細を説明し始めたグラン。

 まだ私は依頼を受けると返答したわけではないのだが、こういった強引なところが彼らしい。

 私のことだから、必ず引き受けてくれると信じているのだろう。

 確かにグランには恩があるし、受けるつもりでここまで来たのだが――。


 そっと横に視線を向ける。

 するとカイトと一瞬目が合ってしまい、慌てて視線を戻した。

 どうしてこんなに緊張しているのだろう。

 名前が一緒だから?

 ……でもそんなことは偶然にすぎない。


「――というわけだ。内部で拾ったお宝やモンスターの素材はお前らの好きにしていい。未踏破エリアの地図さえ完成させて納品してもらえれば、万事オッケーってことだな。何か質問は?」


 一通り説明し終えたグランは、一同の顔をぐるりと眺めた。


「一つ質問だ。このメンバーを選んだ理由は?」


 私の横にいるカイトが険しい表情で質問した。

 何か問題でもあるのだろうか。

 そういえばさっき、店内から彼が飛び出してきて、私とぶつかったことを思い出す。


「不服か? 魔道師に薬師。脱出魔法イヴァキュエイト対策と後方支援は問題なし。火力重視の重剣士が前衛に、スピード重視の舞闘士が中衛。戦力的にはバランスがとれているはずだが」


「そういう意味ではない。そっちの二人のことを言っているんだ」


 カイトは表情を緩めずにクライムとジルに視線を向けた。


「なんだお前、まだそんな細かいことを気にしてやがんのか。いいじゃねぇか、別に付き合っている二人が同じパーティにいるくらい」


「良いわけがないだろう! 命を共にする仲間になるんだぞ! そんな奴らに自分の背中を任せられるか!」

  

 テーブルを叩き、立ち上がったカイト。

 周囲にいる冒険者らが何事かと、こちらに視線を向けているのが見える。


「まあまあ、落ち着け。気持ちは分からんでもないが、実力は折り紙付きだ。今うちで登録している冒険者でこいつら以上に腕の立つ者はいないし、バランス的にも問題はない。それくらいは目をつぶってくれ、カイト」


 グランになだめられたカイトは、表情を硬くしたまま席に座った。

 ギルド長の頼みとあれば無碍にも出来ないのだろう。

 この二人がどういった経緯で知り合ったのかは知らないが――。


「ミレイ嬢ちゃんはどうだ? やっぱ気が散っちまうか?」


「え? あ、いや、私は……」


 急に話を振られ、返答に困る。

 確かに命の危険があるダンジョンの探索で、カップル同伴のパーティはどうかと思う。

 だがこの二人はお互いに信頼し合っているし、仕事に手を抜かないタイプだということも私はよく知っている。

 

「……クライムさんとジルなら大丈夫だと思います」


 私の言葉を聞き、にやりと笑みを零したグラン。


「決まりだな。よーし! 今日の昼食は俺のおごりだ! 酒場に行くぞお前らぁ!」


「あ、おい! 俺はまだ依頼を受けるとは――」


「細けぇことは気にすんな若いの! そんなんじゃ大成できんぞ! がはははは!」


 大声で笑ったグランは、そのままカイトと私の腕を掴み酒場へと連れていった。

 後ろから苦笑しつつ付いてくるクライムとジル。


 出発は、明朝。

 それまでに必要な薬を準備しておき、薬師としてパーティの役割をきちんと果たせるようにしておこう。


 食事中、幾度となくカイトと目が合ってしまった。

 その度に私の前世の記憶が呼び覚まされる。

 

 楽しかった記憶。

 辛かった記憶。


 複雑な感情が入り乱れたまま、私は明日の探索に思いを馳せることにした。



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