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薬術剣士ミレイの医療白書  作者: 木原ゆう
診療録 様式第一号 薬師における責務および患者の治療について
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カルテ01 薬術剣士ミレイ・シルベリア

「はああぁ!!」


 力いっぱいに騎士剣を振り切る。

 周りの壁を傷つけないよう注意をしながら、襲い掛かってくる敵だけを的確に――。


「ミレイ様ぁ! 次から次に湧いて出てきますよぅ!」


「頑張って! あともう少しだから!」


「ふえぇぇ……!」


 使い魔のララが泣き言を漏らしながら火魔法フレイアで敵を蹴散らしてくれる。

 予想ではそろそろ到着するはずだ。

 制限時間はさほど残ってはいない。

 患者に掛けた睡眠魔法スリーパーは、もってあと二時間ほどだろう。


 私は必死に目的のものを探す。

 前方には蠢く無数の塊が、壁一面に規則正しく並んでいる。

 探知魔法ディテクションで早期に発見したものだから、まだそこまで増殖していないはず――。


「は、早くしてくださいぃぃ! もう押さえきれないですぅ!」


 小さな羽をパタパタとさせ、必死に軍勢を押さえてくれるララ。

 どこだ。

 どこかに必ずいるはず――。


『ギギギ……! ギギギギリギリギリ……!!』


「……いた」


 規則正しく並んでいた塊の中で、一箇所だけ歪な形の集合があった。

 それらが私を発見すると、壁を捲りはがすように塊から這い出てくる。


「まだステージⅠといったところかしら。これなら他に転移はなさそうね」


 塊から這い出てきたアメーバ状の化物は、身体中にある無数の目をギョロつかせている。

 そのおぞましい造形とは別に、異常なまでの繁殖力と生命力を兼ね備えた厄介なモンスターだ。


「ララ! あと少しだけ頑張って!」


「そんなぁ……! 無理ですよぅ……!」


 後ろを振り返りもせず、ララに声援を送った私は騎士剣を構える。

 アメーバ状の化物達は徐々に一つに融合し、私の背丈の三倍ほどの大きさに変化した。

 ちょうど良い。

 一撃で葬り去ることができれば、他に危害を与えずに済む。


 剣を額に当て、詠唱する。

 騎士剣に埋め込まれた青い宝石に光が宿る。

 もう何度目だろう。

 今まで数え切れないほどの数の、患者の病気を治療してきたというのに――。


 鼓動が高鳴る。

 緊張が収まらない。

 落ち着こう、きっと大丈夫――。


 ――私なら、やれる。


「はああああぁ!!」


 地面を蹴り、モンスターに突進する。

 その瞬間、モンスターはありえないほどのスピードで動き、壁をよじ登っていった。

 あのアメーバ状の姿に騙されてはいけない。

 奴らは生命という名のリミッターを外された、異常繁殖型オーバーグロウスモンスターなのだ。

 予測不可能の動きで転移を繰り返し、自身の仲間を無尽蔵に増やしていく。


 突進のスピードを緩めず、そのまま壁を蹴り、私は飛んだ。

 青色に輝く剣が大きく弧を描く。

 一瞬、化物と私の視線が交差した。

 そして――。


『ギュワアアアアアアアアアァァァァ!!』


「やった! 真っ二つですよ! ミレイ様ぁ!」


 振り切った剣は見事にモンスターを真っ二つにした。

 地面に着地した私は、すぐさま屍骸へと駆け寄る。


『……ンギ……ギギギ……』


 胴体を半分にされても、まだこいつは生きている。

 切り口には緑色の液体に混ざって見え隠れしているコアが露出していた。


「……また、どこかできっと会うのでしょうね」


 ララに聞こえないようにそう呟いた私は、騎士剣を天に構え――。



 ――そして、無慈悲に振り下ろしたのだった。





「ミレイ様! はやく脱出魔法イヴァキュエイトを!」


 もう魔力が底をついたのか。

 焦りの表情でララが私の元に駆け寄ってくる。


「ええ、帰りましょう。厄介な敵がくる前に、ね」


「ひいぃ! あれはもう嫌ですよぅ! このちっこいのだけでも厄介なのにぃ!」


 慌てるララの姿に笑みを返した私は脱出魔法を唱える。

 私とララの周囲に淡い白い光が集まってくる。

 そしてそのまま目を閉じ、意識が遠退くのを感じた。



「……ん」


 目を開けると、そこは私の経営する店の中だった。

 寝台には患者のケミル神父が静かに寝息を立てて眠っていた。


「ふいー。一時はどうなることかと思いましたよぅ。まさかあんなに沢山敵が集まってくるなんて……」


 大きく肩を落とし、溜息を吐いたララ。

 私は軽く彼女の頭を撫で、椅子から立ち上がる。

 治療中はいつも椅子に座ったままリンクしてしまうのだが、これがどうにも身体に良くないらしい。

 腰や腕が微妙に痺れてしまっている。


「ケミルさんはじきに目覚めるでしょう。ちょっと疲れたから外の空気でも吸ってくるわね」


「はいであります! お勤め、ご苦労様でしたのであります!」


 ビシっと敬礼のポーズをとったララを尻目に、私は扉を開け外に出た。


 降り注ぐ日差しに目を細め、まだ時刻は正午を過ぎたばかりなのだと気付く。

 汲み上げ式の井戸から水を汲み、軽く顔を洗う。

 ふう、と大きく息を吐き、掌を見つめた。


 この街で薬師の仕事に就いてから、もう三年の歳月が流れようとしていた。

 様々な魔法が溢れるこの世界で、唯一存在しない魔法。

 だからこそ必要な薬師メディサーという仕事――。


「はぁ……。だれか早く回復魔法ミラクリアを開発してくれないかしらね……」


 もう何度も同じような不満を一人呟いている。

 薬師はこの世界に必要不可欠な職業だが、あまりにも数が少な過ぎるのだ。

 冒険者の数は年々増える一方なのに対し、力のある薬師は王都に召集され、辺境の街にはほとんど配備されない。


 しかも、この世界の薬師・・・・・・・には知りえない病魔が無数に存在する。


 そう――。

 

 ――私のようにイレギュラーな存在・・・・・・・・・でなければ解決できない未知の病が、この世界にはあるのだ。




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