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おちる  作者: 石子
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疑心

 僕はファーストフード店の窓際の席に腰かけて、外を眺める。

 制服姿の女子高生達が何人かずつのグループで楽しそうに笑い合いながら窓の外を通り過ぎていった。この辺りはいくつかの高校の通学路になっているので複数の違う制服を見ることができる。

 僕が目で追っているのはそのうちでもお嬢様学校といわれる女子高の制服だった。

 決して変な意味ではない。

 僕の彼女が通っている学校なので、彼女が通りかからないか探しているだけなのだ。

 まぁ、何か約束をしているわけではないし、SNSをきっかけに付き合い始めたのだってつい数週間前のことだけれど。

 僕だって、三十もとうに過ぎた僕みたいなおじさんと彼女みたいにかわいい女子高生が付き合うのを気にしていないわけではない。だが彼女は歳の差なんて全く気にしないと言ってくれた。

 それだけで充分じゃないか。




「あのスカートが欲しくてね、でも今月おこづかいがもうなくて買えないんだよねー」

 デート中に彼女はいつも自分が気になっているものを僕に教えてくれた。

 それ以外にも、今流行っている物や期間限定商品なんかの話を楽しそうに僕に向かってしてくれる。今の学生の流行りなんて僕にはわからないし、会社でも若い子と話す機会なんてないので、なんでも新鮮に聞こえた。

 もちろん彼女がせっかく話してくれることなんだから、僕は彼女が望まなくても話題に出たモノを買ってあげる。

 スカートだって、ブランドのバッグだって、化粧品だって。

 話題のカフェに入るために順番待ちに並んであげることだってある。順番が近づいてきたら携帯で彼女に連絡してあげるのだ。

 彼女はいつだって心から喜んでくれているし、僕に信頼を寄せている様子だ。

 もっと僕だけを頼って、僕にだけやさしくしてくれたらいいのに。




 あ、と思って僕はそちらを凝視する。

 三人組の女子グループがこの店に近づいて来るのだが、その中に彼女がいた。

 まさか本当にここで会えるとは思わなかった。今日はただ彼女の学校の近くで彼女の存在を感じられればそれでいいと思ってたから。

 会えたのは嬉しいが、予想していなかったので思わず僕は顔を伏せる。

 彼氏なのにおかしいかもしれないが、彼女は事前の連絡なしに会うのをあまり好まない。急に僕が来たとわかったら、彼女は機嫌が悪くなってしまうかもしれない。

 こんな些細なことでケンカしてもつまらないし。

 そう思って、店に入ってきた彼女達の方から顔をさらに背けた。




 もともと賑やかな店内に、彼女達のひときわ賑やかな声が追加される。

 こんな中でも僕は彼女の声をすぐに聞き分けることが出来た。付き合っているからこそなんじゃないかと思って、優越感でにやけそうになるのをとどまる。

 そうこうしているうちに彼女達は店に先に来ていたらしい友達を見つけ、そのテーブルについた。それは僕のいる場所のすぐ近くだった。

 気づかれないかちょっと心配したが、ちょうど僕の方に背を向けるようにして席についたので、僕がいることはわからなかったようだ。

 ほっとした反面、気になることもあった。待ち合わせてたらしい友達というのは他校の男子生徒なのだ。そちらも三人おり、合計六人でおしゃべりがはじまる。

 僕と言う彼氏がいるのに、ってちょっと思う。でももちろんそんなことで怒ったりはしない。

 彼女だって学生生活で付き合いもあるだろうし。僕の方が年上なんだし、そのくらいの寛大な心はあるんだ。




 僕の席は店内のちょっとした仕切りに隠れるような位置になるが、今立ち上がって店を出ようとすればさすがに彼女に気付かれてしまうだろうな、と思ってしばらくそこから動かないことにした。

「そういえば、美咲、前に言ってたおじさんとまだ付き合ってんの?」

 盗み聞きしていたわけではないが、場所が近いため会話が聞こえてくる。

 美咲。彼女の名前だ。

「うん。ご飯行ったりしてるよ。全部おごってくれるし、お金ない時は助かるー」

「はぁ? それ彼氏とかじゃなくて援交だろ?」

「そんなんじゃないよー。援交とかヤバそうな感じじゃなくて、ただ一緒に遊びに行ったりしてるだけだし」

 彼女は、歳が離れてるってだけで援交だなんて下らないことを言いはじめた男子高生に笑いながら言い返す。

 そうだよ。僕と彼女の関係は他人がどうこう言うようなものじゃない。物騒なニュースとかを見て、女子高生が年上の男と付き合うことに偏見があるんだろうな。くだらない。

「でも美咲は彼氏いるだろ? そんなおじさんに付き合ってて彼氏に怒られたりしないの?」

 さらに言い募る男子高生。その言葉に僕の動作が一瞬止まった。

 彼氏がいる? 僕以外に?

 まさか。そんなことは一言も言ってなかった。

「うーん。彼氏、最近連絡とってなくて。そのおじさんの方がマメなんだもん」

 彼女は事も無げにそう言った。

 僕はただ、彼女に他の彼氏がいたということにショックを受けて、その後、あんなに賑やかだった彼女たちのグループが店を出ていったことすらしばらく気づかなかった。




「彼氏と別れたとか、カッコ悪いでしょ? だからテキトーに答えちゃったんだよねー」

 迷ったあげく、数日経って、僕がファーストフード店で聞いてしまったことを伝えると、ちょっと嫌そうな顔をした後で彼女はそう答えた。

「ほんとに? じゃあ前に付き合ってた奴とは別れたってことだよね? 今は僕以外の奴と付き合ったりしてないんだよね?」

「っていうか、そんなことわざわざ聞かれるの嫌なんだけど」

 ああ。確かにそうだな。わざわざ聞くなんて僕が彼女を信用してないみたいだよな。

「ごめん。もう聞かない」

 彼女が機嫌を損ねるのも当然だ。僕の配慮が足りなかった。

「うん。わかってくれてよかった。そういうとこ好きだよ」

 一転して彼女は笑顔になってそう言ってくれた。



 うそかもしれない

 ほんとうかもしれない



 追求したってしょうがないじゃないか。

 彼女が僕に笑顔を向けてくれるのが一番大事だ。

 だけど。

 その笑顔が他の男に向けられるくらいなら。

 いっそのこと。

 彼女のために用意してきたナイフをポケットの中で握りしめる。

 いや。

 彼女は今のままでも僕のものだ。

 いろんなところに一緒に出掛けてくれるし、楽しそうに会話してくれる。

 どうしても彼女が僕から離れてしまうようなことがあればその時に考えればいい。

 ああ。

 彼女と一緒にいるとこんなにシアワセなのに。

 危うい橋の上に立っているような。

 彼女が存在する限り続くのだろうこの感情に、いつか決着をつける日がくるのかもしれない。

 それがどんな方法かはわからないけれど。

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